第14回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール。結果が発表され、すべてのイベントが終わりました。
結果は以下の通りです。
■ゴールドメダル
ヴァディム・ホロデンコ, 26, ウクライナ
■シルバーメダル
ベアトリーチェ・ラナ, 20, イタリア
■クリスタルメダル ショーン・チェン, 24, アメリカ
■優秀現代作品演奏賞および、■室内楽演奏賞 ヴァディム・ホロデンコ, 26, ウクライナ
■審査員特別賞 クレア・フアンチ, 23,アメリカ
■聴衆賞 ベアトリーチェ・ラナ, 20, イタリア
■John Giordano 審査員特別賞 スティーヴン・リン, 24,アメリカ
■Raymond E. Buck 審査員特別賞 アレッサンドロ・デルジャヴァン, 26, イタリア
こちらの聴衆や関係各位と話していると、“なんとなく、納得の結果だね”という人が多いかなと思います。とくにゴールドメダルとシルバーメダルについては、全ての演奏を聴いた後に、わりと多くの人がこの結果を予感していたようです。いや、最後までわからないぞと私は思っていましたが。
若いラナさんと、すでに貫禄のあるホロデンコさん。しばしばコンクールの審査で論点となる「年齢も上ですでに成熟しているピアニストと、若く今後大きく伸びる可能性のあるピアニストを比較することの難しさ」。これを考慮に入れても、ホロデンコさんが一歩上だった、という審査員の判断なのかなと思います。審査員の野島稔さんにお話を伺いました。レセプション会場を抜け出してお話しさせてもらったこの時間が異様に楽しかったです。野島先生、3週間で焼けちゃってねぇ、とおだやか~な口調でおっしゃっていました。なんだか独特のふんわり感とスルドい発言が絶妙なバランスの、素敵なお方です。
それで野島先生曰く、「ホロデンコはオールマイティで、群を抜いていた。室内楽賞、現代音楽賞も総なめしたことにもあらわれている」とのこと。それに付け加えて、「でも、あまりに出来上がっていて、もはや聴衆を手玉にとるような雰囲気すらありましたよね。審査員もそのあたりは感じて見ていたと思いますけどねぇ。それでも、あれだけ抜きんでていましたからね」。
…手玉にとる(笑)! しかし確かに、思い起こせば自分もすっかり手玉にとられていたような。とくに後半戦。やられたー。やられたー。
クライバーンコンクールは、優勝者に3年間のマネジメント契約とたくさんのコンサート機会を与えるため、すぐに演奏家として活動できるピアニストを求めていることでも知られています。それを考慮に入れれば、さらに納得の結果かもしれません。とはいえ、ホロデンコさんもまだ26歳なんですよね。やたらベテラン風味出ていますが。
ラナさんは浜松アカデミーで牛田智大さん(当時12歳)と優勝を分けたので、日本でもすでに生演奏を聴いている方がいるかもしれません。それにしてもこのラナさんの、すでにアーティストとしての強い意志を感じる演奏を思い起こすにつけ、彼女と当時12歳で優勝をわけた牛田くんもまたすごいなと思ったり(もちろん、この場合も年齢や将来性を考慮しての結果だと思いますが)。以前、職場の先輩が「かとうかずこが選んだんだから、そのまんま東っていい男なのかなぁ、と思うよね」と言っていたことを今ふと思い出しました。すみません、全力で関係ないし、状況が全く違いますね。
クリスタルメダルについては、誰が入ってくるかな…と感じていました。結果的には、“ジョン・ナカマツ以来のアメリカ人入賞者”ショーン・チェンがこの賞に輝きました。Star-Telegramの記事に出ていましたが、彼は高校卒業後、ハーバードやマサチューセッツ工科大学からも入学を認められていたけれど、ジュリアードで勉強することを選んだそうです。高校生まではピアノは趣味だったとのこと。ビデオゲームが好き、なんて言っていてへぇ~と思っていたけど、MITと聞いたとたん、ものすごい次元の高いメカを使ったゲームをしているんじゃないかと想像してしまいます。会場には、師であるホン・クワン・チェン氏(ユジャ・ワンさんがカナダで師事していた先生でもある。前回のクライバーンコンクールでは審査員を務めていた)も駆けつけていました。
クライバーンコンクールでは、この3年間のマネジメント契約によりたくさんの演奏機会が与えられるため、しばしば、若い人が入賞した場合その後のキャリアを心配する声があがります。しかしすでに演奏家として活動をしているホロデンコさんにはそんな心配もなさそう。「お酒を飲みすぎたりしないでコンディションを整えていれば大丈夫! それに、僕には家族の支えがあるし」…と、家族の話になったところで、2歳半になる娘さんとのコミュニケーションが自分のモーツァルトの演奏を変えた、という興味深い話を聞かせてくれました(詳細はこちらを参照)。とはいえ、公式のインタビューで娘をピアニストにしたいかと問われて、すごい勢いで「No!」と言っていましたね。ちなみに、奥さんはピアニストでヨガのインストラクターなんですって。なんかオシャレというか、ミステリアスというか。
あ、それと娘と子供の話で思い出しましたが、チェルノフさんに会ったのでちゃんとご本人に確認しました。お子さんは3人、もう音楽を勉強していて、音楽家になってくれたらいいかなぁ、と思っているらしいです。奥さまも仲良さそうに寄り添っていましたが、なんとなくふたりの雰囲気が似ていて、夫婦って一緒に生活していると似てくるのかなぁ、おもしろいなぁと思いました。
一方、日本からの期待の星、阪田さん。ご本人も、「この場所で(クライバーンを象徴する作品である)チャイコフスキーを弾くことほどおそろしいことはない」なんて言っていましたが、今日地元の記者と話していたら、「ここであれを弾いたら、聴衆はパーフェクトな演奏しか絶対受け入れないよ。それはみんな知ってる。サカタはチャレンジャーだ」と言い切っているのを聞いて、そうなのね…と改めて思いました。
ご本人は終演後に、とくにチャイコフスキーではベストの力が出せたとは言えないとおっしゃっていました。今回のオーケストラはどの作品でもわりとゆっくりめのテンポをとるように見受けられましたが、とくにこのチャイコフスキーでは、阪田さんはもう少し速く前に行きたいんだろうな、と感じる場面がしばしばありました。実際阪田さんによれば、リハーサル時に「オーケストラはあのテンポがやりやすいと言われたので、こちらが合わせた」とのこと。
入賞は果たせませんでしたが、この大舞台での経験、そしてこれだけ聴衆に愛された記憶は、今後の彼の演奏活動にとって大きな糧になるのでしょうね。
今回はヴァン・クライバーン氏が亡くなって最初のコンクール開催でした。特別なイベントは行われなかったのがちょっと意外でしたが、それでも結果発表のセレモニーでは冒頭に7分間ほどのクライバーン氏の追悼ビデオが流れるなど、フォートワースの人々のクライバーン氏への愛情を感じる場面が時折ありました。これがまた、クライバーン氏のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の演奏をバックにしたコラージュ映像なのですが、プレゼントされた帽子のかぶり方がわからなくてクルクルしている様子とか、聴衆から渡された花束をソッコー指揮者に横流ししちゃう様子とか、クライバーン氏の愛らしいキャラクターのわかるシーンが随所にちりばめられていて、会場からはクスリと笑いがもれていました。映像が終わると、ステージ中央に置かれたピアノの傍らにある無人の椅子にスポットライトが当たって、徐々に会場が明るくなるという、素敵な演出でした。
さて、今回も私たちの耳を喜ばせてくれた素敵なピアニストたちの情報、審査員のコメント、そしてテキサスのよもやま話、まだちょっと出し切れていないものもあったり、考えがまとまっていないこともあるので、またこの後もなんとなくぼちぼちと書いてみようと思います。
このブログはだいぶ勢いで書いているので、少々読みにくい箇所もあったかもしれません。毎回長ったらしい文章にお付き合いいただき、ありがとうございます。明日東京に帰ります。おいしいカレーが食べたいです。