ホスニ?ムバラクは自らを国の父だと自認していた。しかしエジプト革命で自分の治安部隊に殺された犠牲者たちの家族の気持ちを感じ取るまでに、丸々一週間もかかってしまった。
亡くなった若者300人を追悼する反ムバラク集会に参加するため、11日には何百万人ものエジプト人が街中へ出た。大統領が遺族たちに「皆さんと同じように私の胸も痛んでいる」と告げたのは、その数時間前のことだった。さらに言えば大統領がエジプトの若き革命家たちに、自分もかつては祖国の未来のために戦った青年だったのだと、君たちの気持ちは分かると告げるまでに、実に2週間以上もかかってしまった。
大統領の言葉をエジプト人が信じなかったとしても、無理はない。10日の声明でムバラク氏は自分も、骨化した独裁政権の仲間たちも、1月25日以来エジプトを席巻した事態を理解できていないのだと露呈してしまった。アラブ世界で今まで目に見えず忘れられていた世代が、力を獲得するという、実に希有な事態だったにもかかわらず。
実のところ1月25日革命の真実をムバラクと政権幹部に無理やり納得させたのは、軍部だった。軍は国民の尊敬を最後までとどめていた唯一の政府機関でその軍部が11日夜にムバラク氏を脇に追いやり権力を掌握する様子に国民は声援を送った。
タハリール広場の人々からすると、見事な反乱の18日間にムバラク氏が吐き出した言葉は、ただひたすら偽善に過ぎなかった。大統領の口から次々にあふれ出る約束はどれも、自分自身と政権を守るための保身作戦に過ぎないと見られていた。
「どれもこれも、僕たちをだます手口だ。ムバラクは今になるまで、政府の腐敗や市民の拘束や不正選挙に気づいてなかったって言うのか?」 大統領宮の前で11日の抗議に参加していたセールスマン、アデル?マフムードはこう言った。副大統領が大統領辞任を発表する前のことだ。
1~2週間前なら、オマール?スレイマン副大統領に権限を移譲するだけでエジプトの若き革命家たちは満足したのかもしれない。しかし民衆蜂起が始まって以降、ムバラク政権の対応は全てが少なすぎて、遅すぎた。
抗議運動は連日拡大し続け、要求は日に日に大胆に、声高になっていった。10日の時点でタハリール広場に集まった市民は、自分たちの求める民主的な政権移行を司るべき人物は大統領でもなければスレイマン氏でもなく、与党?国民民主党(NPD)でもないと、はっきり認識していた。
エジプトの若者運動は、運転士不在のまま高速で走る電車のようだった。ゆえに美しく、ゆえに強力だった。
著名な投資銀行家で革命を支持するハッサン?ハイカルは言う。「これは若者の運動じゃない、これは国家の脈動そのものだ。体制側が見下した態度をとったせいで、国民は反発した。そして要求は前より大きくなっていったんだ」。
確かに、5つの若者組織が作り上げた政治集団が、抗議集会を巧みに組織し、連日その日その日の動員テーマを作り出していったのは事実だ。13人からなる委員会も、タハリール広場の奇妙な即興性に秩序をもたらした。警備、衛生、食糧調達などテーマごとに小グループを作ったのも、この委員会だ。
しかし驚いたことに、抗議する市民たちに政治指導者はいない。彼らの多くは、誰かに引っ張ってもらいたいとは思っていない。そうなれば独裁政権に懐柔されかねないと、懸念するからだ。「自分で選びたいんだ。自分で自分の未来を作りたいんだ」。彼らはそう主張してきた。
ムバラク氏の約束は自分たちが保証すると軍が11日に宣言した後、革命のシンボルとなったGoogle幹部のワエル?ゴニムは、これは熟慮に値することだと話した。軍の宣言は、今後の展開の出発点となり得るものではないかと。しかし革命の熱気はゴニム氏をさえ追い越していた。現場には現場の考えがあるとゴニム氏も認めざるを得なかった。
タハリール広場の脈動は、明確な区切りを必要としている。ハイカル氏はそう言った。これはつまり、ムバラク氏からスレイマン氏から大臣たちに至るまで、政権の主な顔ぶれ全員がいなくなることを意味した。政府の代わりに軍が保証する組織が政権移行を管理する、その方向に進まなくてはならなかった。
タハリール広場は18日間、民衆蜂起の狂騒的な中心地点であり続けた。しかし広場は国全体をも解放した。そのことが何より大事だった。タハリール広場を中心に、弁護士から医者から織物工まで、社会のあらゆる層が体制に反対して立ち上がり、もっと給料をもっと仕事をと要求したのだ。
毎日午後になるとタハリール広場へ向かっていた30歳のエジプト人は、若者たちのおかげで目が開いたと話した。自分たちが持つ力、持っているだけでなく実際に行使できる力に初めて気づいたと。
「若者たちの運動は地を揺るがし、火山を噴火させた」 政治評論家のマムーン?ファンディは言う。
エジプト軍はまず、ムバラク氏の約束実現を保証するために事態に介入した。市民の抗議がそれでさらに高まると、今度は大統領の権限を掌握するために動いた。軍がなぜそうしたか。それは、タハリール広場から発せられる抵抗のメッセージが、ここ数日で野火のように国中に燃え広がったからだ。
カイロでは今週、製粉工場の職人たちがストライキを準備しているという噂が飛び交っていた。もしそうなれば、エジプト人は毎日のパンに事欠くことになる。
エジプトの野党は、非合法化されたムスリム同胞団を別にして、ほとんどが弱く小さい組織だ。そしてどれもが、街頭の高揚に追いつこうとしている。
その一方で政治家たちは、抗議活動が独自に動くようになる様を見ながら、独裁政権がいかに頑固か警告していた。抑制不能で無軌道な反乱を前にしたこの政権は危険だと。
エジプト軍による11日の介入を経て、エジプトの未来に対する疑問はまだたくさん残っている。しかし少なくとも軍は、エジプトに新しく台頭した権力集団、つまり国民の声を聞かないのは危険だと、その点には気づいたようだ。
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(翻訳?加藤祐子)
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