さて、私には、もう一つ北渋でやることがあった。

 

レースの後、

今回何かの縁に導かれたボランティア、

四分の三人の彼らの当時の家を見にいってみようと思った。

 

まず、本町6丁目へ向かう、地図をみながら水道道路を渡り、

まっすぐな道は「かつて私はここを歩いたことがある」と確信した。

その後不動商店街を歩き、路地を右に曲がった。

 

あの辺だろうか、とアパートを探した。

あった。

昔のままだ。

何一つ変わっていない。

あのドアは変わっていないし、その前の石段に腰かけ、

長野に帰る話を聞いたんだっけ。

もう一度その記憶を思い出す日が

今日の今日まで来るなんて思わなかった。

 

次は本町5丁目、遊歩道が近くにあった家だ。

6丁目からのアパートからは、5分もかからず、

地図を見て一番の近い道を通った。

あった。

昔と同じままだ。

2階の窓の感じが同じだった。

まわりに家は密集しておらず、家の中にいると

いつもすりガラスの窓に陽が差し込んでいた。

もう彼の家族は、引っ越したみたいだ、

表札の名前は別人のものだった。

この場所を訪れることは、一度も考えたことがなかったので、

時のひずみの縁に自分自身驚かずにはいられない。

 

 

あと一か所幡ヶ谷を目指す。

そのまま、まっすぐ歩いていて、気づくと住所表記は南台になってた。

行き過ぎた。

仕切り直しで、中野通りを目指した。

今回の水道道路の『1Way』レースのゴール近くの通りだ。

少し歩くと南台から住所表記は幡ヶ谷になった。

本町5丁目から大分遠回りで、かなり歩いてしまった。

 

見つけた。

場所はここだ。

新しいアパートがたっていた。

よかった、あの冷房の室外機はもうないんだと思った。

 

3人が住んでいたところは、

当時は、そのアパートや家だけをピンポイントで行っていた。

今日は、初めて3か所を全部まわった。

そして、その3件は、大して離れてはいなかった。

 

あらためて、こんな偶然ってあるのだろうか?

そして、もうこの場所には2度と来ないと当時は思ったのに、

今回の北渋マイルに導かれ、結局、来てしまった。なぜだろう?

答えはでない。

いろいろ自分の頭の中で自分自身と会話する。

 

でも、もういいや、当時の場所や家を見たら、なんだか気は済んだ。

あの頃の自分も彼等も、もはやここにはいないのだから。

 

気がついたら中野通りに出た。

ここから笹塚駅に行き、そこから帰ろうと思った。

ボランティアの帰りでいつもより足どりが重たくなっていた。

その瞬間、枯れ葉をお伴とした小さな竜巻が私の周りをくるくると回りながら、

中野通りに抜けた。

小さな竜巻は、いつの間にか枯れ葉を地面へ戻し、消えた。  —完―