本来の「箱庭療法」とは少し話がズレてしまうのだけど、以前何かの本で読んだ覚えがある。どの本だっただろうと、本棚を探してみようと思うのだけど、ある一部分に書かれていた話なので探すのが面倒臭い(;´Д`)


内容的には…


夜になると階下から不思議な風が吹いて来て、少年は怪訝に思って階下に向かう。すると、ある筈の無い場所に扉が在り、不思議な風はその扉の隙間から流れて来ていた。

少年がおそるおそる扉を開けると、そこは草原で、出会った事も無い少女が居る。少女は少年の事を良く知っている風で、親しげに話し掛けて来る。少年にとってその場所で過ごす時間はとても心地良くて、でも朝になれば何時の間にか、いつもの自分の部屋のベットに居る自分に気が付く。「何だ、夢だったのか」と。


だけれど次の日も、真夜中に目が覚めれば、再び階下から不思議な風が。期待と好奇心で少年はまた階下へと向かい、前日見た扉がある事を確認すると躊躇い無く扉の中へと踏み出す。明くる日も、その次の日も。

ある時は扉の外は草原であり、ある時は海辺でもあり、変化自在な空間だった。一つだけ変わらない事は、いつも最初に出会ったままの少女が居る事。少年は少女と会話を重ねていく毎に、自身の内の知らなかった事を自覚していく。そして、少女から色々な事を学ぶ。


それが日常となったある日、少年は自身の内が変化している事に気付く。

ある夜、何時もの様に階下へ向かった少年は、例の扉が無くなっている事に気付く。だけれど、不思議と寂しいという気持ちは起こらず、満ち足りた、自身の内で何処か充実したモノを感じる。


そして少年は、本当の外の世界へと、一歩を踏み出す。


と、いう様な内容だった気がする。あんまし覚えてないから脚色してたり間違っているトコもあるかもだけど*o_ _)o

その後の解説か何かで、「少年にとってその扉は、ある種の箱庭で、少女は自分自身だったのだ。少年は自身と対話する事で、自身の内に何かを見出したのだ」みたいな事が書いてあった様な…(;´Д`)うろ覚え


どの本のどの部分に書いていたのか思い出したい*o_ _)o


主治医の先生が毎回の様に言うのだけど、「庭作業とブログは続けて下さい。良い事ですよ」との事。

ブログを書く事は、自身と対話する事になるのかな?私はHPも持っていたり、作っていたりするのだけど、そこでは自由に自分の好きな世界が造れる。それはある意味、自身の箱庭とも言えるかも知れない。

6~7年前、私は多分精神的に絶頂期だったと思います。

何やるにも楽しくて毎日が楽しかった。

疲れも知らずに遊んでいた。まぁ、若かったってのもあるんだけどね。ちょっとやそっとの事じゃヘコんだりしなかったし、撥ね退ける元気があった。

ネットをし始めたのも、多分その辺りの頃だと思うのだけど、その時に知り合った人から、昨日電話来たよ。


その人とは全然マジメな話はした事がない!!あっちも私の事を変なヤツだと思っているし、私も相手の事をオカシナヤツだと思っている。多分ね、色々大変な事も、ツライ時だってあるんだろうけど、お互い口にした事は無い。何となく調子で分かったりもするけど、敢えて聞かない。

でもこの前ついに、「いやー、それがさー鬱病なっちゃったんだよねー」って冗談ぽく言ったらビックリされた。「あの○○○(←私の名前)が鬱病?!!在り得ないべ!!」って( ゚д゚)

確かに…昔の私を思い出すと在り得ないかも知れない(;´Д`)


「早く、昔の○○○(私の名前)を見せてくれよ!!」って喝入れられた。


うん、そうだよね。

確かにそうだ。


昔を思い出すとね、鬱になった後に知った色々な感情もあるから、昔の自分が如何に無知だったかも思い知らされるけれど、昔はもっと強かったんだ。無知だった頃の私を考えると、鬱になった事はある意味、色んな事を知れて良かったのかも知れない。無知であるという事は、それと知らずにヒトを傷付ける事があるから。「知らなかったから」でヒトを傷付けて赦される訳が無い。


鬱が治れば、今の感情を持ったまま、昔の強さを取り戻す事が出来るのかな?そしたら、私に何が出来るだろう?

7回目ともなると慣れてくる。週1のペースなので、まだひと月半位しか通ってない筈なのだけど、正直言って前通っていた医者より断然イイ。いや…ヒトに寄って合う合わないはあるかも知れないけれど、前の医者は何言っても「ハハハ」って感じだったから。半年も通ってたのにちっとも良くならんかった。金返せーヽ( `Д´)ノ


取り合えず、毎回似た様な事を聞かれるのだけど、前回薬が代わったので念入りにその調子を聞かれる。

確かにトリプタノールよりは眠気はマシだし口の渇きもマシ。次の日動くのもトリプタノールよりは全然ラク、感じた通りに伝えると、「じゃあトフラニールでいってみましょうか」との事。1錠増えました。その代わりトレドミンが減った('-'*)


自分では…どうなんだろう、良くなってる気はする…。


いつもの「元気だった頃と比べて今は何%位??」という質問、本気で元気だった頃の事なんてもう昔過ぎて覚えていないんだけど、「多分半分以上は…」と答える事が出来た。


以前は集中力が本当に欠如していて、映画を観ても途中で寝てしまったり、小説を読んでもちっとも続かなかった。そう言えば…、心療内科に2週間に1度通う事すら苦痛で堪らなかった。

けど、最近は映画も観れている、本も読み終える事が出来た。今の病院に行くのはそれ程苦じゃない。コレって一応快方に向かっているんだよね??


主治医の先生に今後の治療の方針を聞いてみると、もう少し元気になったら、3時間程度の心理テスト?試験?とリハビリ?みたいなのをやる方法もあるらしい。薬は、良くなってからも少しずつ量を減らしていって約1年位は飲み続けないといけないらしい。


多分、快方に向かっていると信じたい。


仕事はするなと言われているけど、銭がナイとやはり色々と不都合があるのでソコんトコは内緒でスルーです。水曜日に面接もあるし(;´Д`)


どうなるか分からないけど、なってしまった以上鬱と上手く付き合っていくしかない。

薬が代わる前日に熱を出して寝込んでいて、その次の日辺りには熱は引いた…!ハズなのに、未だに朝起きたら寝汗をかいた感じがする。

そりゃ、寝ている間に普通は汗かくだろーッて感じなのだけど、私は普段ならそんなに感じない方なんだよね。
それが熱でもあったのか?と思う程の汗、何かオカシイ…、と思ったら、今回代わった薬の説明書きのトコに書いてあった!副作用に「発汗」って!!

コレかー!!

薬、恐ろし!!

今日は久しぶりに晴れたので、もういい加減畑作業をしてしまわないと夏に収穫出来なくなってしまうだろう!という訳で、一気に畑耕していました。

北海道の夏は短い。去年も折角育ったミニトマトも秋には青い実を沢山付けたまま枯れてしまった。
気温が低くなると実が熟さないのだ。今年は去年より気温が低い夏らしいけれどどうなるだろう?

親が苗や肥料を買い出しに行っている間、私は畑内の石や雑草を取り除く作業をしていた。

ずっと同じ様な作業を繰り返していると、色々な事が頭に浮かんできた。


殆どの人がそうかも知れないけれど、私は、自分が欝病だという事を家族と、片手で数えられる位の人数の人にしか言っていない。

言えば退かれるという危惧からでもあるけれど、言われても困るだろうという思いもある。わざわざ言いたいとも思わないし、私の親がそうだった様に、鬱病だと告げても理解されない場合が多い。
決して理解しない相手が悪い訳ではない。鬱病に限らずどんな病気も事柄も、経験した事のない人には、想定して同情は出来るかも知れないけれど、理解は出来ない。

今の主治医は「鬱病は気の持ち様で治る様なモノではない。」と言っていたけれど、殆どの人は、「鬱病など気の持ち様で治るだろ」と思っているだろう。


私もそう思っていたよ。

そう思って、1年と半年、自分でどうにかして元の私に戻ろうと、色々心理学系の本を読んだり、自分なりに色々やってみた。けど、無理で、どうしても、重い気持ちを毎日引き摺って、仕舞いには身体は疲れているのに、一睡も出来ないという不眠症ってヤツになった。もう、自分独りじゃどうにもならないって思い知らされた。それで心療内科に行ってみる事に決めた。

それから半年間、親はやっぱし納得のいかない顔をして、「薬なんかで治るの?鬱なんて気の持ち様でしょ」と言っていた。私としては、自分なりに色々試して、それでも駄目で藁にも縋る気持ちで、病院行きを決心したから、そう言われる度にツラかったな。


なので、今の主治医に言われた「鬱は気の持ち様では治りません。」という言葉で、気持ちが軽くなった。

鬱病の友人の震える手を握ったり、実際自分の身体が思うようにままならなくなって、初めて分かったよ。


このブログは、今まで他のブログを見てくれていた友人には教えていないけれど、いつか知られる事もあるかも知れない。けど構わないと思う。私が独りで悩んだ1年半と、もしかしたら、同じ状況に居る人もいるかも知れない。


上手く纏まらないけれど、そんな事を考えながらずっと穴掘りしていた。