さくらたましい魂の雄叫び

さくらたましいの雄叫び

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モンゴル手前

   信じていたことがあった。  自分は特別な存在なんじゃないかって。  自分には無限の可能性が秘められているんだって。  思えばなんにでもなれるんだって。  でも、気づき始めてきたんだ。    自分はなんら特別な存在なんかじゃないことを。  自分はただのぐうたら坊やだってことを。   今、怖いんだ。  モンゴルに行っても、なにもできないんじゃないかって。  ただ歳を重ねて、マイナスにしかならないんじゃないかって。  数年前の自分が夢なんだ、って言ってきたモンゴルが、目前に迫る今。    ただただ、コワいんだ。

給料

そう、よく生徒に勘違いされる。


結構前、「先生のネクタイやばい!先生、お金持ちでしょ?!」


イタリアの@バレンチノ@という刻印が発見されての発言だったが、即座に言ってやった。


「いやいやいや、これドンキで3本1000円のやつだから。」



塾に行く途中、ウォークマンが発見された。


「先生、これいくら?」


「2万円はしないよ。」


「先生、がっぽり稼いでいますね。」



授業中も、


「先生、絶対500万以上稼いでるでしょ。1000万とかいってますか?」



そんな言葉を聞くたびに悲しくなってくる。


給料の額に注目してしまっている生徒のベクトルと、自分の境遇と。

おやっさん

姉が今日、久しぶりにわが家へとやって来た。


昼の1時。千葉の会社から埼大への営業の途中、気まぐれで寄ったみたいだ。



わが家では離婚調停を経験した。


別に珍しくもない。こと、かの大国にいたっては茶飯事の出来事だ。


いつだったろうか、確か自分が高校1年くらいの頃だったと思う。


調停が始まる以前から別居をしていて、今では補償の件などで裁判が続いている。



母が夕刊の配達に出かけた。


姉が「裁判のこと聞いた?」と尋ねてきたので、


「あんまり。」と答えた。


姉は続けて言った。


「なんかねー、弁護士の人が、娘さんはご結婚されていますよ。って言ったら、


あの人は、それは知りませんでした。結婚式に出席したかったです。って言ったんだって。


結婚式してないのにウケルよねー。」


「ふーん、確かに。」


結婚した姉夫婦はしかし、式は敢えて挙げていなかった。


どの程度気持ちを載せていたかわからない父の言葉。それを伝えさせた母の気持ちと言葉。さらにそれを受けての姉の心と言葉。


そしてそれは、冷静なブラックジョークに包まれて自分の耳へと入って来た。


元家族。


境遇、心情を違えながらどこへ向かうのだろう。


50隔てたおやっさんはもうすぐ、世界第4位、日本男性の平均寿命へと突入する。

S田くん

中学3年生は3クラス編成。

S田くんの2番目のクラス在籍中に、国語を担当していた。

毎月のテストで結果を出し、S田くんはトップのクラスに上がった。

自分は3年生の担当から外れた。

モンゴル行きを控えているため一年間継続してクラスを持てないことが理由とのことだが、本当のところはわからない。

保護者含め生徒のクレームが、講師へと直接は伝わりにくいシステムになっているのだ。

怖い気持ちはもちろんあるが、クレームや要望を知りたい。

改善できるところをどんどん直して行きたい。

それは、生徒のためにも自分のためにも、レッドのためにもなるはずだし、そう思うのだ。


担当を外れてからしばらく経った6月のある日、3年生のトップクラスのテスト監督を引き受けた。

いわゆる雑用なのだが、不器用で要領の悪い自分としては、この仕事から学ばされることも多い。

テスト中の一番のサプライズは、一番前に座っていた女の子が、テスト中に居眠りを始めたことだ。

しかも、昏睡か?!と疑わんばかりの深さで眠る。

シャーペンでつついたくらいでは全く起きないのだ。

その後ろの女の子はその状況に気づき、ちょっときつめの突っ込みを入れて起こしてくれた。

ふぅ~、と胸をなでおろしたのも束の間、またまた女の子が居眠りを始める。

雑用と揶揄されるようなお仕事中の、心揺さぶられるストーリーだった。


テストの終わり、みんなに向けて説教くさいが一言伝えた。

「みんなにとってはこの一瞬一瞬が、入試に向けた中学生活最後の一瞬一瞬になるよね。今しかできないこと、今の自分がやるべきことをしっかりと見据えてがんばってください。」

「ちっ!お前が言うのかよ。」

と言わんばかりの表情を湛える子供たちの中で、ちゃんと聴いてくれた風な男の子がいた。


板書を消し片付けをしていると、一人の男の子が寄ってきた。

S田くんだ。

「先生。国語の担当、オレ先生が良かった。」

んなうれしいこと言ってくれんなよ~。

平静を装うのが難しくなるほど、とってもうれしかった。


自分にはまだまだまだまだ何の力もない。

でも、一人でも自分を信頼してくれる生徒がいるかと思うと、すごく、うれしいのだ。

イッショウケンメイ。

 クロネコとは正反対に、「一歩後ろへ!」が得意だった今までの自分。

 だけど、いろんなことを懸命にできたなら、これからの日々が、これまでの日々とはちょっと変わる気がするんだ。

 新しい日々を、新たな輝きを、見てみたいんだ。

人間トリビア

 時宗先生は多彩だ。

 てっきりバリバリの理科の先生だと思っていたのだが、そうではなかった。

 大学の専攻は日本文学、太宰治。しかし、うんちくとサイエンスに懸けても博士級。そして歌もプロ並。さらに本当についでだが、おやじギャグも得意である。

 それと今日判明したのだが、詩集を自費出版し友達には詩人と呼ばれるほどであること、さらに作曲も手がけ数十万単位で収入も生み出すほどの価値を持つこと、等々語ってくれた。プラス、今日はノートPCデータかた自慢の生物・宇宙関連写真データを披露してくれた。知識有り余る解説付きの宇宙浪漫スライドショーに、おなかいっぱい打ちのめされた。

 そんな人間トリビアと出会った。



優治が教えてくれたこと

6月27日(火)

(1) with治虫 午後1時 霞ヶ関駅集合

 ガスト⇒カラオケ『All』(いっぱいのため撤退)⇒カラオケ『うたうんだ村』でアルコールの見放題2時間⇒大学 CALL事務室で語り合い

(2) 午後6時 Mongol Mtgに参加

(3) 午後10時半 早稲レッド


 今日、昼間っからアルコールを飲んでいた自分は、夜遅く「おはようございます!」の掛け声と共に塾に突入した。全職員の中でも、塾から一番家が近い自分は、よくこういう行動を起こす。職員さんは「また来たよ(笑)」風な笑みを浮かべて出迎えてくれる。


 塾講師を始めてから9ヶ月が経過しようとしている。今月中旬、友達の優治を講師として紹介した。

自分の心の中には、どこかで優治を下っ端に見るような、そんなさげすんだ想いがあった。でも優治は、自分なんかよりはるかに尊敬すべき人物であり、先生だった。

 会う先生、会う先生皆に「優治先生はまじめだね」と言われ続けた。今日は優治の中2の社会の授業があった。彼は毎授業の準備のために睡眠時間を削って準備をする。そこに妥協という概念はない。まだ2度しか授業を終えていない彼のもとには、信頼を寄せる生徒たちが集まる。

 優治への尊敬の念以上に自分の意地汚い心が許せなかった。自分は己を覆い隠し、上辺だけで生徒たちと接することを繰り返している。優治は初回の授業でさえ、本気で生徒たちと向き合った。優治は言っていた、生徒たちと本気を交わしたことを。

「なんのために勉強するのかわかる?」

「なんかなりたいものとかないの?」

「そのために勉強するんでしょ。」

「まだ見つからないやつは探すために勉強するんじゃないの。」

 生徒たちはこのような話を聞いたことはなかったそうだ。目を輝かせて聴き入っていたという。

 知識じゃない、技術じゃない、経験でもない、優治の心が、生徒に届いた。そこに在ったのは、純粋な、人と人、心と心のぶつかり合いだと気がついた。

 ありがとう、大切なことに気づかせてくれて。

 さあ、自分にはなにができるだろう。

目標

25(日) 午前9~午後5時半 塾@埼玉ブロック研修


 ちんぷんかんぷんな個人情報テスト、さらに県立高校入試進学知識テスト後に盛りだくさんなイベントがあった。

 ①各校舎校長の保護者会モデルトーク拝聴

 ②個別面談ケーススタディ

 ③県立入試分析発表コンテスト見学

 第一線で大活躍を遂げるプロの先生に圧倒された。 自分がどんなにちっぽけなのか、逃げ出したくなるほど思い知らされた。

 そこには、尊敬すべき数多くの姿があった。あふれ出すほどの知識で熱を語る先生。真摯な姿勢と厳かな礼とで愛を謳う先生。親身に情報を伝達しながらもひたすらおもしろい先生。同じ時間講師でありながら40年間分もの入試を研究され生徒のために尽くす先生。


 校長が、絶対の信頼と共に自校舎の講師を「命」と言い切る。その言葉に心が震えた。


この塾はスゴイ!!


 自分はずっと、人材育成に携わりたいという夢を抱いてきた。塾での講師もその夢のための準備でしかないと捉えていた。でもそれは間違っていた。


 自分は今、まさに、夢を生きている!!