その日は病室で、うだうだと過ごさなければいけない。
退屈で死にそう。
何より病院特有の匂いは、どうも昔から苦手だった。
個室部屋なのは有り難いが、話相手も何もいない静かな部屋にいるくらいなら何となく賑やかな共同部屋のほうがよかった。
といっても、怪我自体はそんなに酷くないらしいから明後日には退院できるらしい。
それだけは助かった、というべきか。
今頃、流羽はどうしてるんだろう、とぼんやりした頭で考えてみる。
御飯は外食に頼っているんだろうか…。
家のことはどうなってるんだろう。(一応合鍵もたせたけど)
そもそも、結月とは…。
駄目だ、頭がついていかない。
今にもパンクしそう、この情報量を頭に叩き込むなんて。
どうしたらいいのか、わからない。
ふと、窓の外から楽しそうな子供の笑い声が聞こえてきた。
小さいっていいなぁ、と思う。
何も知らないで無邪気に笑っていた頃が、あんなにも懐かしい。
結月とは昔から一緒にいたし、あの頃は…。
―――――あ。
不意に、頭に過ったのは結月の隣りで笑っている少女だった。
誰だったか思い出せないけど。
とても、大切な人だった気がする。
記憶なんて曖昧だから、それが真実かどうかは謎だ。
「刹」
聞きなれた声がして、くるりと振り返ると案の定、結月が立っていた。
律儀というべきか、生真面目というべきか。
そこは親友だから、と答えられたら嬉しく思える要素。
手には花と菓子が入っている袋をぶら下げている。
「昨日も貰ったし」
「でも、さすがに手ぶらで来れないだろ」
「だったら今日は来なくても…」
そう苦笑して遠慮すると、ムキになったように結月が睨んできた。
「オレが来たいから来たんだよ」
「あ、ありがと…」
何だか照れくさい気もするけど。
直球だといえば、直球なんだろうなぁ。
我ながら、妙な親友を持ったと思う。
言った本人は照れもなくそんなことを言えるんだから、そこは尊敬する。
僕だったら、恥ずかしくて言えそうにないから。
椅子を引っ張り出してドッカリ座ると、結月は天井を見つめたままボソリと何か呟いた。
『ごめん』
そう言ったような気がしたけど、聞き間違いかもしれないから聞くのは止めた。
暫く沈黙が続いて、さすがに居心地が悪くなってくると、それとなく話をふる。
何でもない日常的な会話。
「試合、どうだった?」
「順調好調、今最高のときだよ」
「そ、か」
「…一部のことを除いては、だけど」
「……」
何て言って良いのかわからなかった。
怒ってるなら来てくれなくても良いのに。
なのに、親友だからで来るなんて馬鹿みたいだ。
むしろ、僕は来て欲しいなんて思ってない、今は会いたくないのが本音。
会ってしまったら、聞きたくて仕方ないことが一気に溢れ出してしまう…そんな気がした。
「流羽…今さー家出中でさー」
「ふーん」
勝手に流羽の話を進めるんだから、どうにもならない。
もうどうにでもなれ。
シーツを被って、聞かないフリ、を。(どっちみち聞こえるけど)
「何処にもいないんだ」
「へぇー」
「行く当てなんてないくせに」
「…知らない、の?」
「…ああ。情けない話、そんな詳しいことはオレにもわかんなんだよなぁ」
結月はボサボサ頭を掻きながら、溜息混じりにぼやく。
知らない、それは何処までなんだろう。
チラリと視線を上げると、結月は困ったように笑っていた。
そういえば、結月が流羽を選んだ理由を僕は一度も聞いたことがない。
好きなのは知ってるけど、それが本気だってことも。
でも、どうしてそこまで好きなのか…は聞いてなかった。
「流羽のどこが好き?」
口について出た言葉は、何てことを聞くんだろうと思ったけど後悔はしてない。
尤も、始めのうちに聞けばよかったのだが。
「どこが、ねー」
悩んだように言葉を詰まらせてるあたり、聞いてはいけなかったことだろうか。
マズイなぁと思いつつ、訂正の言葉を考える。
「結月」
「初恋なんだ」
声が重なった。
ほぼ同時だったらしい。
慌てて相手の言葉を促すけど、結月は「いいよもう」と渋って言ってはくれなかった。
「あのさー、入学式のときとか覚えてるか?」
「え?」
いきなり話題を変えられて、一瞬言葉に詰まった。
入学式?何でまたそんな…。
少し前の記憶を必死に思い出させていると、先を結月が言ってくれた。
「入学式で、流羽に会ったんだ。その日は雨で、傘持ってなくて…。で、お前…親と一緒に帰っちゃったからさ」
「ああ」
「それで少し止むまで雨宿りしてたら、声かけてきて」
「……」
いいたいことは何となくだがわかる。
ベタだが、それで「傘一緒に入りませんか?」とか言われて、それに惚れたとかだろう。
以外と単純な性格してるから。
でも、僕が考えてることとは少し違った…。
違ったというか、ズレていた。
「声をかけたかったのは本当は違う奴なんだってわかったんだ。すぐに。でも、『傘一緒に入りませんか?』って言ってくれたから、その言葉に甘えることにした」
「一緒に帰ったんだ…」
「で、別れ際に告白した」
「早っ」
「…運命だと思ったから」
俯いて苦笑する姿に、どことなく胸が痛くなる。
僕のせい、なのか。
二人の仲を壊していってるのは理解してるけど、何も意図的にやったわけじゃないから誤解はしないでほしかった。
結月がモテるのは小学からわかりきってることで、傍にいた自分はいつも羨ましく思ってた。
自分にない部分を羨ましがるのは当然だけど、それと同時にない物強請りをしてるのは嫌でもわかってたんだ。
憧れ、みたいなものは消えることはなかったけど。
今でも、そう。
結月を羨ましいって思ってる。
相当じっと見入っていたんだろう、結月が手をブンブンと僕の目の前で振っていた。
「大丈夫か?」
「あー…うん」
「流羽とはさ、本当は何もないんだよ。手を繋いだりもキスもまだだし、肩を抱いたりだって…」
「ちょ、何言って…」
「聞けって」
「いーやーだー」
聞きたくない、何だか凄い嫌な思いが鉛のように降って来て耳を塞いだ。
それでも、結月は遠慮ナシに言ってくる。
「流羽が傘を差し出したかったのは、オレじゃない。お前なんだって」
「話が意味不明~」
「だーかーらー!」
ガンと手すりを蹴り上げるのに驚いて、スッと目を細めた。
結月が言いたいのは流羽が本当に好きなのは、って話だろう。
言われて嬉しくないわけはないけど、こんなときに言われると複雑な気分になる。
否定、したくなるし。
何より、ここで肯定してしまったら結月から流羽を奪うことになってしまうから。
そんなことは、したくなかった。
「とりあえず、さ。流羽のことは…」
「お前はいいの?」
不意に紡がれた一言に、え、と聞き返した。
「後悔しないか?」
「何を?」
「…何でもねぇ」
急に不機嫌になってそっぽを向く親友に、ただただ溜息が零れた。
本当は、わかってるけど言う勇気なんてないんだ、まだ。
<つづく>