そんすブログ「映画もええが読書も徳っしょ」 -29ページ目

そんすブログ「映画もええが読書も徳っしょ」

映画も良いです。
読書も徳です。
それらを伝えるブログです。

「次は日暮里〜、日暮里〜」


そろそろお腹の限界だ。我慢という文字を頭に浮かべれば浮かべるほどお腹が痛くなってくる。この文字に悪い菌が住み着いているのかもしれない。我慢は地獄だ。我慢をするということは痛みがあると同義だからだ。お腹の痛み、みんなも経験あるだろう。天国と地獄の反復横跳び。お腹が痛くないだけで天国と感じるなんて、よっぽど地獄が地獄なのだろう。


それにしても痛すぎる。収まる気配が一切ない。この腹痛の正体を暴くためにも一旦ホームに降りよう。日暮里駅か。よく耐えた方だ。僕はしょっちゅうホームを降りる。降りなくていい駅で。まさに今のような状況で、だ。そんな僕にとって今日という日はなんともない平日、それに限る。駅のホームが長すぎると困ることがある。トイレがどっちにあるかわからない現象だ。きっとこっちだろうというシックスセンスで右か左を選ばなければならない。行き先は天国か地獄か。人生最大の決断を迫られるわけだ。選ばなければ生き地獄。3択のうち2つが地獄だなんて、この世はどうかしてる。


プシュー。

僕は降りる。下準備も忘れなかった。日暮里駅へ一番乗りだ。で、ここで決断を迫られる。どっちを選ぶかは考えていなかった。考えようとしなかったと言う方が正しいか。ホームに降りた瞬間のそのときの咄嗟の判断に全てを任せることにした。人の流れを読む。右がやや多いか。近くの階段を探すが、見事な曲線を描くホームが、僕に結末を見せてくれない。今日は晴れか。風は強いか。向かいの電車はもう来るか。この駅にトイレがあるか。昨日何を食べたか。もう支離滅裂だ。それほど限界が近づいている。ええい、左だ。力強く踏み出す。その先に天国があることを信じて。私が歩いているこの道は天国へと通ずる光の道。周りの人々が止まっているように見える。天国という響きが僕の歩みを早めてるのかもしれない。