当時、大阪の某病院に勤務していました。
地震そのものは、同じ建物内にいても、
感じた人と感じなかった人が半々くらい。
エレベーターやその他機械も止まることなく
全てが普通に動いていました。
ただ、数日後から全く意味不明な会議が招集されたりして
現地とは全く異なった、それも超低次元な問題が山積されたそうです。
例えば、「被災地域内で人工透析をしている方々をどうするか」。
当然被災地では透析器がまともに動く保証もなく、
それどころか電源、水(透析液含めて)の確保すらままならず、
自宅、避難先からの移動手段も無く、透析施設の稼働状況、
透析患者さんの安否確認すら満足にできていない状態で、
「出張人工透析」を行うという案が出たそうです。
その際の「経費はどこが負担するか」とか、「出張手当はどうするか」とか
「移動、輸送手段をどうするか」、「どこ(誰)主導で行うか」
「(すべての意味において)事故が起きたとき、どこ(誰)が責任を取るのか」
と言ったことが、明確な答えが出ないまま延々と話し合われたとか伝え聞きます。
結局のところ、関西広域連合として、各都道府県がそれぞれ被災した県1つを担当し、
医療支援を行う事になったそうですが、独自の移動・運搬手段があるわけでもなく、
移送ルートも所によっては寸断されている事等々から、
自ら被災地に赴くことは殆ど無く、「呼ばれたら交通手段を点けてもらって出かけよう」
程度で終わったそうです。
問題となった透析患者さんたちですが、山を越えて日本海側の県のお世話になった
方々が多かったそうです。