お久しぶりです。
前回は長月に知られて話をする、という所で終わってましたね。
長月とは話をしましたが、彼は大反対でした。
正直喜んでくれるとしか思ってなかったのでショックでしたが、話を聞いているとイライラするし、自分勝手な意見も多かったけど、出産するとなると少なからず迷惑をかけるのは間違いないから、とグッと我慢して話を聞きました。
まぁ結局産めない訳ですからここでは割愛させていただきます。
2月8日 7w1dで産婦人科を受診したのですが、胎嚢の大きさは35㎜~40㎜(超音波写真が2枚あってそれぞれ35㎜と40㎜だったので角度などによる誤差の範囲かと思いました。)だったのですが中は真っ黒…。
心音確認どころか胎芽すら確認できませんでした。
かろうじてこれかな~?いやこれは卵黄嚢かな~?っていうのが見えたのですが、明らかに小さくて…。
先生『これはもう典型的な稽留流産ですねー。
残念だけど、お母さんのせいでも何でもなく、初期の妊婦さんの7人にひとりは起こる事だからあまり気にしないでね。 でも、万が一って事が無いとも限らないから来週もう一度診てみましょう。』
何も言えず、何も聞けず、そのまま家に帰りました。
前回の検診でやたら胎嚢が大きかった気がしてたから、心のどこかで予想してたような気はしてたのに、旦那さんに診断結果を話してると涙が溢れてきて…。
稽留流産というワードで検索を繰り返すうちに、稽留流産と診断されたけど違った、という内容のブログにたどり着き、その人の状況が私ととても似てたのでその内容に励まされながら葉酸を取ることも塩分を控える事も続けつつ1週間を乗り切りました。
そして2月15日 旦那さんを伴って産婦人科を受診。
本当なら8w1dで赤ちゃんも写らないとおかしい時期、超音波に映る映像は38㎜と成長の見えない大きさで形が歪になった胎嚢と全く動かない胎芽でした。
でも、前回見えなかった胎芽が見えてるのでダメ元で先生に尋ねたんだけど、心音が確認出来ないから残念ですが…と。
うん、分かってた。
色々調べる中で胎嚢が歪になったら妊娠継続は不可能って書いてあったから。
先生の説明の時に旦那さんを中に呼んで一緒に話を聞いてもらいました。
私は涙が止まらずただただ泣くことしか出来ませんでした。
別室に連れていかれ、手術の説明と血液検索の為の血液採取をされたのですが、手術の同意書には「手探りの手術のため合併症で子宮に孔があく事もある」とか「全身麻酔の合併症で呼吸停止する事がある」とか書いてあって、のしかかる悲しみに不安まで上乗せされる状態でした。
合併症怖い…(´;ω;`)
それに私、局部麻酔しかしたことないけど、麻酔効きにくいんですよね…。
不安はつのるばかりです…。
手術は明日の朝。
色々、ホントに色々考えました。
私は「赤ちゃんは親を選んで産まれてくる」とか「寿命も宿命も自分で選んでその人生での課題をこなすためにこの世で生き、課題を終えてあの世に帰る」とかっていうスピリチュアルな心理を信じているので、なぜこの子は私を選んだのか、なぜ産まれない人生を選んだのか、不思議でしょうがなかったのです。
死んだら会えるとか産まれてなくてもちゃんと我が子だと分かるとか成長した姿で迎えてくれるとか書いてあるけど想像も出来ないし…。
それに、よく励ましの言葉で書いてあるような「忘れ物を取りに戻った」とかって言葉も、今回は出来たから産むって決断をしたけど、長月にもさんざん反対されたし、出来ればおろしてほしいとまで言われて次をチャレンジ出来るほど余裕のある年齢でも家庭環境でもない…。
万が一また次が出来たら産む決断をするだろうけど、次をつくろうっていう決断はさすがに出来ません…。
一人暮らしする大学生と私立中学生にこれからどんどんお金かかるのに…。
ずっと欲しいとは思ってたけど踏み込めなかった理由ですね…。
そこで今回の妊娠。そして流産。
産んでも生活厳しくなるから諦めろって事なのか…。
だったら最初からお腹にこなけりゃいいのに…。
障害持ってたらはっきり言って育てる自信は無かった。
だから戻ったのか?
だったら最初から…と自分勝手な考えはエンドレス…。
日常のふとした時間にそんなことばかり考えてたせいなのか、今日の二度寝の時に不思議な夢を見ました。
どこかに出掛ける旦那さんと霜月。
それを玄関で見送る私。
どこかから聞こえる赤ちゃんの泣き声。
霜月『ママ、赤ちゃん泣いてるから抱っこしてあげんにゃいけんよ?』
私『え!?あ、うん。』
夢の中の私は急いで部屋に戻り、寝室に行くと確かに赤ちゃんが泣いていました。
(余談ですがこの時戻った寝室はなぜか今の部屋に引っ越す前の和室の寝室でした。)
赤ちゃんを確認した次の瞬間、何の不自然さもなくその赤ちゃんは微笑みをうかべた立派な成人男性に変わっていました。
イケメンとは言えなかったけどw
(決して不細工でも残念でもなかったけど)
有名人二人を足して2で割ったような顔で、結構がっしりしていて(座っていたけど)背も高く、私は彼を泣いていた赤ちゃんだと自然と認識し、彼もまた確かに私を母親だと認識していました。
夢の中で目が覚めて、長月に報告。
私『さっきね~、お腹の赤ちゃんが夢に出てきてね~、◯◯と□□を足して2で割ったような顔してたよー。イケメンでは無かったけど結構濃い顔してたから雰囲気はあんたに似てたよ。やっぱり兄弟やね。』
みたいな感じの事を言ってる夢でした。
この◯◯と□□という有名人はこの時ははっきりと人名を口にしたんだけど、リアルに長月に起こされた瞬間に忘れてしまいました…。
結構男くさい顔立ちの二人だった気がする…。
ひとりは鈴木亮平(変態仮面の主演をした人)だったような気がする…。
今改めて思い返してみれば、だからそうと
思えばそうだし違うと言われたら違うような気もするけど…。
でも、ふと思ったんです。
ああ、この子はこの姿で私を待っててくれるのか、と。
家族の誰よりも先に死んだとしても、彼が私を迎えてくれるのなら寂しくはないな、と。
夢の中では確かに親子の絆を感じたのだから。
念願の背の高い息子だったじゃないか。
少し濃いけど、優しい顔してたじゃないか。
まだお腹にとどまってる我が子がお別れの前に姿を見せてくれて、私の別れの時に出迎えてくれる事を教えてくれたんだ。
ずっと想像も出来なかった「死んだら成長した姿であの世で会える」というのを、明日のお別れの前に教えてくれたんだ。
もちろん、そんな悩みが見せた勝手な夢かも知れません。
でも、今回の妊娠について霜月は全く知りません。
その霜月が赤ちゃんの存在を認め、兄としての優しさからの発言をし、なんとなく長月に似た濃い顔で旦那さんと同じかそれより少し高いくらいの背丈の子ども(とはいえ二十歳は越えてた)が手術前日の夢に出てきた、というのが悩んだ末の妄想が見せた夢とは思えなくて…。
交わした言葉は無かったように思うけど、触れる事もしなかったけど、すごくあたたかな空気の中で穏やかな気持ちでごく自然にお互いを親子だと認識出来たのは、きっとこの子の親孝行だと思います。
この姿がホントにこの子の成長した姿なのかは私が死んだ時に分かるから、死が目の前に迫った時、置いていく家族への心残りはあっても迎えてくれる人がいる今、死に逝く事への恐怖は薄れるんじゃないかな?
そうなってみないと分からないけどねw
稽留流産が確定し、手術の日程が決まった夜からなかなか寝付けない、寝ても頻繁に目が覚める…を繰り返してたけど、今日の夢のおかげで明日の手術も何とか乗り切れそうな気がします。
手術後の安静期間をどう霜月に説明するかは悩み所だけど…(´・ω・`)
中途半端な所でブログを止めてたのがずっと気になってたけど、今日まで書く気にもなれなくて…。
でも、今日の夢を忘れたくないからここに遺す事にしました。
何だか一歩踏み出せたような気がします。
手術でまたブルーになったとしてもきっと次の一歩を踏み出せるような気がします。
ありがとう。また会おうね。