RYU#LGBTのブログ

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LGBT及び日記のブログです!

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久々の投稿です。

今日は生と死の価値観について
少し長めに話したいと思います。

今、僕の母親は重度の鬱病で
ここ半年くらい
ずっと薬を飲んで生き続けています。

しかもその薬というのも
もちろん精神病院から
ちゃんと頂いた薬なのですが
1日、約30錠も摂取しています。



そのせいで今では
意識が朦朧(もうろう)として
生きてるのか死んでるのか
よくわからないとゆう印象すら感じます。


生きようとも思わず
死にたいとゆう壁すら越えて
虚ろのような目をしています。


仕事は来月いっぱいで辞めると
仕事先の店長と話したそうです。

毎日仕事から帰ってきては
「また車ぶつけちゃった」
と運転すらままならない状態です。


正直、昔の母親に戻ってほしいとゆう
願いすら届かなそうなくらい
末期です。

半年前まで
ずっと母親は死にたい死にたいと
泣きわめいてはパニック状態になったり
自殺未遂をしたり………

もう見てるこっちは
何も手の施しようがありません。


そんな時に、自分の中に浮かんだのは
「安楽死・・・」
「母親を殺してあげたい」

こんな事を思ってしまいました。

そんな自分の考えは
間違ってるんでしょうか?

生きる事が
本当に苦な人に
生き続けさせることの方が
罪深いとすら感じます。


歳をとった犬に
安楽死を決める飼主はよくて
我々人間同士はダメだなんて
命の価値観に偏見を感じます。


愛してるからこそ
大好きな母親の
昔の姿を想像するからこそ
今の状況がとても辛いです。

"命"を大切にすること
それがいかに大事かなんて
馬鹿な自分でもわかります。

こうゆう自分の考えに対して
この記事を読んだ人には
是非、意見を聞けたらなと思います。