あれから1週間、3月11日午後2時46分
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3月11日午後2時46分のほんの少し前、研究室にいた私のポケットの中の携帯電話、机の上においてあった研究員、学生の携帯電話が一斉にブルブルブルと振動する。学生がメールが届いたと思い携帯電話を手にした瞬間・・・校舎が大きく揺れる。大きな揺れにみんな一斉に近くの机の下へ避難。長く大きな揺れ・・・棚の薬品瓶、書類が落ちてくる大きな音・・・・「長いね、大きいね・・・」と近くの学生と声を掛け合ううちに、パチンと電気が切れる・・・「もうダメかも・・・校舎は古いし」と意外と冷静に思う。天井付近を見ると、しなるように校舎は揺れている・・・そんな状況を見る余裕があるほどの長い長い揺れでした。
揺れが収まると同時に廊下から聞こえる「避難、避難」の声。私のとなりの先生は、「書類で出られない」と叫んでいます。見ると先生の机の前には書類の山。近くにいる学生と私とで、犬のように書類の山を掘り返し、先生を救出することが出来ました。ホッとするのもつかぬ間、バッグとコートをいち早く掴み階段を駆け下りて校庭へ。まずは実家へ「大丈夫」と一言メール。この時はまだメールが出来て母からも返事がもらえました。校庭にはたくさんの人・・・みんなの安否を確認。その間も余震は何度も起こり、駐車場にとめてある車が大きく揺れます。
少し落ち着きを取り戻し、ワンセグを見て、マグニチュード8.いくつといままでに見たこともない大きさにみんなで唖然。そのうちに津波のニュース。茨城の海沿いに実家のある生徒が同様し始め、雪も降ってくるし・・・4時過ぎに自宅待機という指示が出て帰路に着きました。4時過ぎに学校を車で出ましたが、信号も消え大渋滞。途中日が暮れて真っ暗になった仙台の中心部を横目に、暗くて歩行者がよく見えず、信号も消えているので、ふいに目の前に現れる歩行者に何度もドキッとしながら、家に着いたのは7時過ぎ。時間の帰宅途中、ottoともottoの母とも連絡がつき無事を知らせることが出来てラッキーでした。たった12キロの距離なのに3時間をかけて家にたどり着きました。3もちろん部屋は真っ暗。ダイニングはグチャグチャでした。まずはギロちゃんと思い探すも暗い中に黒い猫はなかなか見つからない・・・。「ギロちゃん、ギロちゃん」と何度も呼ぶも、いつもは出てくるギロちゃんの気配すらなくて、下敷きになってるかもとグチャグチャのダイニングを無理やり探す・・・いない・・・涙が出そうになったそのとき、どこからか出てきたギロちゃんを発見。少し逆毛のギロちゃんにめぐり会えたときは本当にうれしかったです。
そして今日まで1週間。2日間電気のない生活。こんなにも星が多いのかと避難所に情報収集に行く間の道すがら、星を見上げながら「あ~みんな無事でよかった」と心から感謝しました。
寒いけど昼間はエアコンなしで過ごしました。東北電力も電力が不足ぎみですし、今日は東京電力に東北電力の電気を送電するということでしたので、更なる節電です。昼間ほんの少し日がでて、ギロちゃんと日向ぼっこしました。
ありがとう!!~東北地方太平洋沖地震8日目
おはようございます。今日も雪交じりの寒い1日。昨日積もった雪も残っています。
節電や買い控えに協力してくださっているみなさん、本当にありがとう。
ちょうど1週間前の朝、その後起こる大地震なんて考えもせず、朝ごはんを食べていました。それでもその前に起こったNZの大地震、その後の中規模な東北での地震で、「太平洋プレートは繋がってるからいつきてもおかしくないね」なんて学校の生徒やブログ仲間の人と話していた矢先でした。まさか現実にしかもこんなにすぐに起こるなんて・・・。
1週間がたち、随分落ち着いてきましたが、これからの東北、そして日本のことを考えると、日本中が一致団結して行かなければ、日本は駄目になってしまうと痛感します。
どうか震災地から遠くにいるみなさんも、今だけでなく長く長く祈り続けてください。
午前中は、「お野菜を買いたいな」と歩いて、近所のCOOPへ行きましたがお休み。反対方向のもう少し大きなスーパーならと思い頑張って行ってみたものの、行列は屋上にまで続いていました。3時間待ちは必至な上、たとえ買えたとしても点数限定で欲しいものがあるとも限らず・・・骨折り損のくたびれ儲けで引き返してきました。途中にある3軒のコンビにもすべてお休みでUFJ、三井住友のない仙台(仙台駅前に1軒づつあるけど)ではお金も下ろせない私。3時間並んで欲しくもないものでも、せっかく並んだからと買う。そのことにより本当に物が足りていない人には商品がいきわたらないという負の連鎖が起きているように思います。こんな状況がいつまで続くのでしょう・・・。
もしこれが、スーパーでなく昔のような商店街のようなら、欲しいものが売っているお店限定で並ぶことができるので、今は必要ないものを買ってしまうなんてことも起きないのになと・・・便利は豊かな生活の中でしか機能しないことを改めて知らし目られました。
洗濯機も今は全自動でボタンを1回押すだけで終了。今の子は、洗濯にかかる時間、すすぎにかかる時間とかしらないんだろうな。便利になることと正比例して人間の感覚というものはどんどん衰えてしまうのね。
ということで、とりあえず家にあった貝割れの種を育てることにしました。
ありがとう!!~東北地方太平洋沖地震7日目
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おはようございます。
計画停電に協力して頂いてありがとう。我が家は東北電力ですが震災者として、福島で震災されている方々に、みなさんの協力により電力がダウンすることなく供給されていることにお礼を申し上げます。
私たち震災者は、震災されているからとおごれることなく、協力してくれる遠くの皆様、応援や励ましを送ってくれる方々に本当に感謝しています。本当に計画停電に協力してくれてありがとうございます。
今日も仙台は雪まじりの厳しい寒さです。昨日は近所の避難所に電気カーペットや使っていない靴下などを差し上げて来ました。
大地震から1週間が過ぎて、この生活にも随分慣れてきました。我が家は水もでるようになったので、被災者の中ではすごく恵まれた環境です。食品などの物流が早く通常に戻ることを願うばかりです。街中のお店はしまっていてゴーストタウンのようです。遠くに買出しに行くにはガソリンがありません。いつまでの我慢ていうメドがたたないのが一番のストレスです。
職場の大学は4月の下旬まで休校です。もしかしたらこのまま失業かも知れません。私のように今後たくさんの失業者が出るんだろうな。親が失業すれば子供へも直接影響がでます。地震の被害はいろんな面で更なる損失を生みそうです。
私の髪の毛は、ベタベタなのにギロちゃんはサラサラヘアでうらやましい。
TVでは仙台市以外の被害状況ばかりが映されていますが、仙台市内も大きな打撃をうけています。空港は水没。仙台駅もめちゃくちゃで人の立ち入りは禁止されています。空路も、鉄道も遮断されています。宮城から脱出するには、今はバスしかありません。そのバスも経路は限られています。自家用車ではガソリンがありません。
仙台空港:
仙台駅:
東北地方太平洋沖地震による被災地の空中写真






