ヤセ夫からは、調停証書通りの養育費をいただいています。
それが、ヤセ夫が元気でやっているという
無言のメッセージなのでしょう。
ヤセ夫とは音信不通です。どこで、どうしているのか。
あれだけの思いを私たち家族にさせたのだから、
彼が不幸になったとは言わせたくありません。
子ども達とは、あのころの事については、
全く、話し合うこともありません。
記憶からスッポリ抜けているようです。
調停の時、付添いの姉とホテルにみんなで過ごした事も、
子ども達は、父親との辛い別れの話し合いとは
全然意識していなかったようです。
調停中、明るく姉の息子と遊びに繰り出してくれたものね。
今は、全ての、出来事を記憶から消して、
その日その日がとにかく無事に終わればと
過ごしていくのが精いっぱいです。
子ども達はあのころの時のことは、
記憶から消されているようです。
人間って、あまりショックを受けると、
言葉を失うものですね。
協議でヤセ夫と向かい合ったとしても、
ひまわりの口がらでてくるのは、
悲痛な叫びばかりで、
解決には至らなかった。
二年前のひまわりは、
全ての言葉を失うほど、
ショックを受けていたのです。
だからこそ、ひまわりは、資料を用意して、
現状を書き記すことで、戦いを進めていける、
調停の場を選びました。
そこでは、ヤセ夫からの罵詈雑言のメールや
乱暴な言葉や無視や冷たい態度から
自分の心を守ることができました。
間に、弁護士、家庭裁判所に入ってもらうことで、
ひまわりは、本来の自分を取り戻し、
戦いに臨むことができました。
周りの方々にどれだけ助けられたことか。
全ての人に十分な感謝を伝えていません。
その事実を忘れないよう、
今日ここに、書き記しておきます。