雪が降った。
 まあ、山の多い地方なんかだとこれからが雪の季節だししょうがない。起きたばかりの私は、閉め忘れたカーテンの外に広がる白い世界にため息をついた。
「あれ?」
 そして気付く。今日は、毎朝部屋まで届く味噌汁の香りがしない。一瞬トムになにかあったのかもと考えたが、もう一度窓の外を見て合点がいった。
 案の定、トムのベッドを覗いてみれば、すっぽり布団をかぶった大きな丸い塊がのっかっている。
 一分の隙も無くしっかりと包まっていて、綺麗に編み込んだコーンロウの先っぽまで完璧に隠れていた。息苦しくないんだろうか。
「トムー、起きて、もう朝だよ!」
 完璧に丸まっているので体の部位も判断できないが、適当にゆさぶってみた。よかった、背中だ。反応が無いのでもう少し強めにゆさぶってみる。
「トムってば!雪降って寒いのは解るけど、そろそろ起きようよ!」
 もぞもぞ。反応があった。もう少しだ、がんばれ私。
「トーームーー!!」
 もぞもぞもぞもぞ。ひとしきり布団がうごいて、ひょっこりと見慣れた無精ひげの顔が出てきた。よし!
「起きなって、トム!雪が降ってるよ。一面真っ白でキレイだよ」
「………お前のせいで完全に起きる気が失せた」
「なんだって?ちょっ……、こら!寝るな!」
「嫌だ。ただでさえ布団が恋しいこの季節に、雪なんて聞いて起きるわけないだろう」
 そうだった。ドイツ人のくせに、トムは寒いのが苦手だったんだ。思い出したような顔をしていたらしく、トムが私を見てため息をつく。
「別に起きようと思えば起きられるんだ、腹も減ったしな。ただ、冬はどうしても布団から出たくないって気持ちになるじゃないか」
 確かにね。この季節の布団の魔力は凄い。しかしトムをこのまま二度寝の世界に放り出すことはできない。
「ダメだよトム。ていうか寝ないでトム」
「なんでだよ?」
 ものすごく据わった目で睨みつけられても、どうしようもない。
「ビル達が雪を見て大はしゃぎだから」
「…………わかったよ」
 ワガママ三人組には叶わない。恨めしそうに頷いたトムの頭を思いっきり撫でる。
「まあそうむくれないで。今日は私が朝ごはん作るからさ」
「味噌汁は昨日の残りの長ネギと豆腐を使い切ってくれよ」
「わかってるよ」
 ようやくのそのそと行動を開始したトムを尻目に台所に向うと、私といれかわりで部屋に入ってきたグスタフ君がトムの包みにボディ・プレスしたらしく、ぼふっという音と共にトムの悲鳴が聞こえた。

 雪が降って寒いけれど、今日も一日楽しいだろう。


 そんだけ。

「見てトム、綺麗な星空だね!……あっ!流れ星!!……」
 何か願い事した?
「そんな……。恥ずかしいよ」
 誰にも言わないから言ってみろよ。ブログには書くけど。
「……トムのことに決まってるでしょ。そういうトムこそ何をお願いしたのさ?」
 お前のことだよ。ビル。
「じゃあ一緒に言おうよ」
 せーの。


「『トムが早くしょーもない女漁りをやめますように』」
『ビルがその減らず口を少しは減らしますように』


「ふふ。ボクたちって本当にお互い思いだよね」
 そうだな。ところで今夜は流れ星が多いね。
「今日は良いお天気だったからいつもよりも沢山見えるよね」
 ……ああ、また一つ。『ビルが休日のショッピングを止めてもっと犬の世話を手伝うようになりますように!』
「『トムの性格が良くなってボクが何をしても怒らない心の広い人間になりますように!』」
 『その願い事がそっくりそのままビルに返りますように!』
「『自分の事がわかってない兄に天罰が下りますように!』」
 『いいからこの弟の性格を少しでも良くしてくださいどうせ無理だろうけど!』
「『あとは美味しいコーヒーが欲しいでーす!』」


 普通に買えよ、それは。


 そんだけ。

ぱふぱふ、ぱふぱふ。
「どうしてメイクの最中って口が開いちゃうんだろうね?」

 ぷちんぷちん、あいた。
 何でだろう……。何で眉毛抜く時は自然に口が開くんだと思う?
「たぶん抜かれる眉毛たちの断末魔の叫びを代わりに表しているのさ」

 書き書き。
「あっ、はみ出た!」
 未だに眉毛の描き方は決まらないよ~。
「奥が深いよ」

 ぱちんぱちん。
「マスカラを下まぶたにつけちゃった事は?」
 あるある。大アリ。折角仕上げたマスカラほっぽっといて大騒ぎ。
「あれは本当にイライラするよね……。あ!」
 何?いまそっち向けない。
「ビューラーで瞼はさんじゃった!いった~!!!」
 気をつけなよ。元々そんなに器用じゃないんだから。
「キミに言われたくないよね」

 のりのり。
「睫毛1,5倍増し大作戦だよ」
私なんか付け睫毛使うからもっとだもんね。
「その辺ボクは素材でカバーするから」
 ぐっ。……あのさ。
「何?」
 そんなに気合入れてメイクしなくてもすっぴんで充分じゃない?オフだし。
「ボクくらいの存在になるとそれは許されないの。それより今日のアイシャドーの色はどう?」
 ホント黒大好きだなぁ。
「大好きにならないとやっていられないのさ色々と。……これでよし。さぁ出かけよっか!」
 いつものとおり完璧女王様になったビルと今日は遠出してお買い物。まさに使用前・使用後。恐ろしいメイクの力。
「お互い様でしょっ」
 寝起きのビルなんて見られたもんじゃないしね。
「それもお互い様!」


 そんだけ。