最初のうち隣の義理の母が来てくれた時は飲み物を出していた。
それがある日、娘を連れて隣の義母宅へ行った時のこと。
義母は飲み物を入れてくれたけど、そこに小蝿が入ったのです。
おもむろに指でのけ出されたので仕方なく我慢してしまったけど、今になって情けなくなってきました。
私だからできたこと。
私ってしなくていい我慢をいつもしていたんだと思います。
悲しくて腹が立つ。
嫁は義家族の所有物でもなんでもないのに。
勝手な都合で、
「家族だから。」 何しても当たり前。
「嫁だから。」 我慢して当然。
「他人だから。」 だから相談しなくていい。
使い分けられている。
私は嫁である前に1人の人間で、人権だってある。
なのに自信を失って怒ることや抵抗することができなかった。
踏みつけられるゴミのように扱われていたんだなと思うとあの時の私を抱きしめたくなります。
ここに書いてあることは、愚痴でも悪口でもなく真実で、どこにももっていくことのできない痛みです。
見てくださって共感してくださる方。
本当に本当にありがとうございます。
時代は目まぐるしく変わっているのに、こういった問題はなかなか変えることができないのはどうしてなんだろう。
いじめは家庭というこんな小さな小集団にもあって、学校や社会へと伝染してく。
縁あって身内になってもこのありさまだ。
結婚して家族になれば辛い時は助け合い、労わり合うものだと思っていた私こそ、変な願望や思い込みを義家族に持ちすぎていました。
だったら逃げればいいじゃないかと思われるかもしれませんが、いろんなしがらみを取っ払うには、
身体が健康でなくてはならないし、
子供達も元気でなくてはならなし、
お金だって必要です。
義父母や義理の妹のしていることは自覚がなくても「弱いものいじめ」。
乳飲み子を抱えているとは言うけれど、私にとってはその乳飲み子は障がいをもつ息子です。
この心情そのもので、
行き当たる場がなく途方に暮れさせられた出来事です。
傷つけられても忘れ、前を向いて来たし、
皆んな変わってくんだと思ってた。
けど違いました。
私はあの人達にとってはいつまでも他人でどうでもいい人だったんです。
障がいのある息子のことを全く気にかけないくせに、自分や自分の娘の痛みには敏感な最低な人。
今日も知り合いに、私達が仕事をしている間旦那さんが無理な時、子供は義母に見てもらうの?と聞かれ、言葉がつまってしまいました。
私達が実家にいる意味なんて本当はもう全くないのです。
旦那に財産分与で揉めたら嫌だしなと言っていたそうですが、それを聞いて恐ろしくなってしまいました。
私達は一度もそんなことは口にしていません。
どんなに悪者だと思われているのかな、
狙っているとでもいうのでしょうか。
それとも義理の妹が考えているのでしょうか、わからないです。
勝手に無視するいじわるな嫁だと思ってるみたいです。
義理の妹のことばかり考える義父母ですが、
旦那の父で母である義父母が気にかけなけらばならないのは、息子である旦那だと思うのはおかしいのでしょうか。
事実誰が今困っているかというと私達です。
この先家族だと思うのなら見守ってあげなくてはならないのは、障がいの子を持つ実の息子であって、その子を背負わせたくないと言っている私達がいても見守っていくだろう孫娘がいて、その上に孫娘には他にきょうだいがいず、労ってあげなくてはならない立場なのに、義理の妹や義理の妹の子供達に期待をかける残酷さ。
おまえ達がいなくてもあいつらがいる。
言葉にしなくても感情が伝わってきます。
子供でも障がいをもつ息子に辛くあたる義理の妹の子供がそんなに可愛いなんて…
私からみたら最低としか思えません。
その家族間の事情を知る私達の娘が一番可哀想なのに、混ぜ返していることが全くわからないあの人達。
娘だけはいざこざがあった時にはもうしっかり状況がわかる小学生で、家族のいろんな状態がわかっていたんです。
世間一般だと、
義理の妹は嫁いでいるし、旦那もいるし、このままいけば子供も自立し将来働く力を持っている。思い道理にはいかない世の常だとは言っても、娘の不安定な立場よりいくらかです。
これ以上無神経なあの人達とは関わりたくないです。
嫁が憎いだけで、孫のことも考えられないなんの想像もできない人達。
自分達の老後の保身をもうしているみたいに思えて吐き気がします。
私の娘は将来出ていくかもしれないし、息子は障がい者。
家のことを考えて、義理の妹を近くに置くことを考えたのかもしれない。
ここまでくると憎くなります。
心ってコロコロ変わるとは言いますが、私達は振り回され過ぎています。
でもその代わり私の心が変わることも忘れないで欲しいです。
私は義父母への綺麗な心を捨てることにします。
私は自分の思うままに言います、もう、自分を可哀想にはさせません。
世の中にはいじめられて苦しんでいるお嫁さんが沢山いるのに、家庭の中のいじめははびこっています。
きっと聞かされたり見せられたりする子供達は苦しむし、誰にも言えないで辛い日々を送っているお嫁さんも辛いと思います。
味方が子供しかいないって本当に辛い。
逆にお姑さんが嫁にいじめられるパターンもあると思います。
お嫁さんが玄関に出てこず、電気が消された車椅子に乗ったお姑さんが娘を待っていた。
実話です。
こんなことをして生きていられるのが不思議です。
やっぱりお姑さんにされて辛かったことはどんなに年配の方でも話の中で言葉としてこぼれ落ちてきます。
いろんな方を見ていると、
歩けなくなって辛くなってしまった時に、助けてくれる人が沢山いた方が私は幸せななんじゃないかなと思うんです。
どう生きるかによって人はまったく違ってしまいます。
そう思うと人ってなんだか儚くて、一日が本当にあっと言う間に過ぎてしまいます。
だから大事な時間をもっと大事にして、愛するものにもっと力を注ぎたいなぁと、最近はつくづく思うんです。
私はこんな状態に満足したくないです。
もっと楽に生きていける道を探します。
いつだって娘や息子の幸せ願うし、子供のためならどんなこともします。
きっとこれはずっと変わらないことです。
だから
健康な身体をください。
特に息子を見届けるためにも。
自分が守るものを守れる強さをください。
そう願うばかりです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。