レベルの詩
レベルの詩風がたなびく、強風が吹き荒れるーーー草木が怒りの強風にのまれ、天の闇の中に揉まれ、のまれ、消えていく。何と美しい流れであろうか。美を感じ取れる人は、全てを美として理解する。しかしそれは存在することの深遠さを学びたいが為である。そして真理を洞察した人々は、草木が朽ち果て、目に見える視界が闇の中に葬り去られようとしていても、君の目は大海の一滴になりえた喜びに胸を震わせ、チリ一つが宇宙を生かしている力であることを理解していく。何という存在の美しさだろう。何という存在の偉大なことだろう。しかし君がその問題に当ったとき、君は恐怖する。なんと人の視界は狭いのだろうか。より大きな世界に旅立つ時、人は悩む。その可能性が達成出来ないことで悩むのではない。小さな視界の時の私から自立出来ないことで悩んでいる。つまりだ、夢を実現する時に、その夢で悩んでいるように考えているが、それは間違っている。悩んでいる君はその夢の可能性を求める以前の君なんだ。こういう話があります。山火事になりました。全てが燃えて焼け野原、そこで生活している人々は嘆き悲しんでいます。そこで村の若者の一人が、彼は常に変人扱いをされていますが、村人にこのように告げました。 「土の中に根っこがあるよ」 なんと豊かな心でしょうか。根っこがあれば必ず自然は蘇ってきます。前よりもパワフルに!美しく!より快活に! ・ ・ 自然は自然自身の花を咲かせていく。しかし若者は村人に袋叩きにあわされた。そしてその若者こそ私であり、村人は君達だ。さて、君の心は今も揺れている。しかし、揺れというものはどの様にして起こるのだろう。水の波紋がそのいい例である。水面に石を投げ入れた時、投げ入れた石の中心の波紋が真っ先に消える。そして残像としての波紋が外に広がっていく。竹もそのいい例である。竹は揺れる美の象徴である。流れに逆らわない象徴である。しかし竹にしても、土という闇の中で根が支えているから揺れるという事が可能になる。君の心が揺れた時、命という根が支えているということを理解して欲しい。根が無ければ揺れることも出来ない。創造は全ての現象に自らの姿を投影している。揺るがない心というものは、心が揺るがなくなるのではなく、創造という命の根に、根が存在していることを理解した結果、心が揺るがないように見えているだけである。創造という命の根は毎秒ごとに君の目の前に姿を見せている。その探求旅行を楽しんで下さい。もし私の心はぶれなくなったと君が口にした時、そこにいる君は根っこから切り離されて倒れている老木にしか過ぎないことを理解して欲しい。私なら今にも折れそうな枝でもいい ・ ・ ・ 頼りげがなく、安定性が無くてもいい ・ ・ 常に根とつながっている自分を私は探し続けたい。老木は地球に沢山いるから、私は小枝の方を選択しよう。イヤ枯れ木もいいね。風という根が、私を更に安全という場所に導いてくれるだろうから ・ ・ ・ 美しいものだ ・ ・ ・ ・ ・ エリーナ・ファミレ (水瓶座讃歌 №30 より)