東北地方太平洋沖地震により被害を受けられました皆様に
心より御見舞い申し上げます
また 被災地の一日も早い復興を
心より御祈り申し上げます
5月19日 私の愛する甥が他界しました
去る22年12月3日 学校へ登校中
乗用車に撥ねられ意識不明の重体となった甥は
5ヶ月半昏睡状態が続きましたが 結果一度も目を覚ますことなく
17年というあまりにも短い人生の幕を閉じました
即死でもおかしくなかったらしい事故で生還した甥
周りは奇跡を信じ続け 本人も生きようと必死でがんばりました
しかし結果は無情でした・・・
甥の名はケイゴ 11月に17歳の誕生日を迎えたばかりでした
姉と妹 女の子に挟まれて育ったケイゴは
とても心根が優しく 休日には家族でよく出掛け
家事も積極的に手伝うような男の子でした
小さい頃から野球少年で
将来は 野球用品の製作に携わる仕事に就くのを夢見ていました
母親である私の姉は とても家族愛の強い人です
22歳で結婚し 夫と子どもたちに目一杯の愛を注ぎ
築いてきた家庭は 5人とても仲が良く
常に愛と笑いに包まれている 私たちの理想の家族でした
そんな幸せな家庭に急に降りかかった悲劇・・・
事故当初 心身喪失気味に陥りましたが踏ん張って立ち直り
5ヶ月半 一点の曇りもなく ケイゴの目覚めを信じ祈り続けました
そして そんな信じ祈り続ける姉や娘たちの盾となるべく
病院から突きつけられる厳しい確率や したくない最悪の想定を
すべて一人で背負ってきたのは 義兄でした
通夜の日義兄が
「今まで どんな辛いことや思いと違うことが起きても
こうしろってことなんだな とか
良い結果に向かうためのステップなんだ とか
常にポジティブに考えてやってきたけど
子どもの死だけは前向きに考えられるはずがない・・・
だからこのことだけは 正面から受け止めて
乗り越えていくしかない」
そう話していたのがとても印象的でした
葬儀は いろんなことを考慮した上 当初密葬を予定していました
ですが おそらく病院にお見舞いに来てくださった方から
徐々に広がったのでしょう 斎場に何本もの問い合わせが・・
予定変更し 通常の通夜と葬儀を行うことになりました
そして始まると 次々と弔問に訪れてくれるケイゴの友人たち
それはそれは本当にビックリするほどの数の学生で 斎場が埋め尽くされました
母親の深い愛と 父親の大きな愛に包まれ真っ直ぐに育ったケイゴが
17年をどう生きたかが とてもよく伝わってきました
どうしてケイゴだったのか どうしてあの家族だったのか
考えても 当然答えは出ません
世の中の不条理さや不公平さを痛切に感じ 私の人生観は一変しました
子どもを見送るという 最も辛い思いをした姉夫婦に
そしてケイゴの生きた17年を より意味のあるものにするために
私に何が出来るかを 一生懸命考えながら生きていこうと思います
幸せな家庭を一瞬にして壊してしまう交通事故・・・
皆さんも充分お気をつけ下さい