12月7日の午後、調布の日活撮影所で黒沢清監督の最新作「TOKYO SONATA」の製作発表記者会見が行われた。


 この作品は、二人の息子を持つ中年夫婦の家庭の崩壊から再生までの物語である。中年夫婦には香川照之と小泉今日子が扮している。製作会社は日本のエンターテインメント・ファームと香港にあるフォルテシモ・フィルムズ。エンターテインメント・ファームはファンドなどによる映画の資金調達や製作を手掛ける会社で、今年、ウェイン・ワン監督の「Thousand Years of Good Prayers」をプロデュースし、スペインのサン・セバスチャン国際映画祭で最優秀作品賞を受賞している。プロデューサーの木藤幸江さんには、キネマ旬報社で出版した『ディレクティング・フィルム』でわたしが翻訳を依頼したこともあった。フォルテシモ・フィルムズはロッテルダム映画祭のディレクターだったヴァウター・バレンドレクト氏が香港に設立した会社で、日本のアート系作品の海外でのセールス・エージェントを努めている。


物語と違ってなごやかな記者会見だった


 【ストーリー】


 ごく普通の東京の4人家族。突然仕事を失った父はその事実を家族に話せず、大学生の長男は家に帰らず、小学生の次男は親に隠れてピアノ教室に通い、家族をまとめるはずの母親は生活に気力がない。何もおかしいものなんてなかったはずなのに、いつの間にか家族の中に何かが生まれ、静かに侵食し、目に見えない瑕(キズ)は深く家族を切り裂いていく・・・。

この企画は、今年の3月に香港で開催された香港フィルマートに併設された企画マーケット、HAFに招待されており、そこで、わたしはプロデューサーの木藤さんと会った。資金調達は余裕であったが、HAF事務局が、企画マーケットの華として、黒沢作品の企画を出品して欲しいとのことだった。その企画がいよいよスタートした。


わたしは、日本と台湾の共同製作による「闘茶」という作品の取材で、11月23~25にわたって、台北で香川さんに長いインタビューをしたばかりだった。そのとき、香川さんは、12月にはじまる黒沢清監督との、今回の仕事について、とにかく、大きな期待を抱いていた。とにかく、出演作品を選ぶ香川の中でも、この作品は特に大切なものとして感じられた。


わたしは、共同会見の前に、セットの組まれた第6ステージに入れさせていただいた。しかし、スタッフのスペースはセットの裏側で、芝居を見ることはできない。撮影中のカットがOKになると、赤いツナギを着た香川さんがセットから出てきた。その時、プロデューサーの木藤さんがケーキを持って現れた。12月8日(明日)が香川さんお誕生日ということで、サプライズのお祝いとなった。セットにいたスタッフの拍手に香川さんは、驚きと照れくさそうだった。



1日早い誕生日のケーキをプレゼントされる香川照之さん


以下は、共同製作発表会見の抜粋

黒沢清監督は2作目の作品となる香川照之さんのコメント


「これほど待ち望んだ企画は正直言ってなかったです。10年前に、哀川翔さん主演の「蛇の道」という作品に出させていただいて、映画とは何かというものを、まだ、そのときは理解できなかったものを、とても教えていただいた、今となってはとても恩人でるというのが黒沢監督です。ホントにヘンなカットの連続で、まさかここでカメラが動きだしますかというところで動きだすのを、それを撮影の田村正毅さんが、それをオホオと喜んでやっているのが、僕にはまったくなんだかわからなかったりとか、あっちに行って何もやらないで10秒、黙っていてください、ええ、別に意味はないのですよとか、とってもすごく、これが映画のなんだっていう間だったりとか、カメラのワークだったりを目の当たりにしまして、それから、やっぱり、この10年間にいろんな映画に出させていただいて、あれがなんか僕の中で扉が開いた瞬間だったなぁ、とても思うんですね。その意味では、この10年間で、今回、黒沢監督にどれだけ恩返しが出来るのかっていう、オモミとプレッシャーのなかで、今まだ序盤ですけれど、やらしていただくのが、とても快感です。幸せです。






はじめて黒沢監督の映画に出演することについての小泉今日子のコメント


「映画の撮影は今度が初めてなのですが、以前に、テレビで朗読する番組がありまして、「風の又三郎」という小説を廃墟で読んだことがありました。そのとき、すごく楽しくて、監督が考えていること、おっしゃることがすごく印象に残っています。黒沢監督の映画を見ていると、ホントにこの人たちは、どこへ行っちゃうんだろうと、すごく不安になりながら見ていると、最後になんかすごく自分なりの希望を見出して、エンディングでブアーッと泣いてしまう、そういう経験が何度かあるので、今回はじめて映画に出させていただいて、ホントに楽しい、ワクワクする気持ちです」



この日は小泉今日子さんからスタッフの皆さんへ、弁当の差し入れがあった

ジャンル映画ではないものを撮りたいということについて黒沢監督のコメント


「もともと、いろいろな映画を撮りたいと思っておりました。今でもそう思っています。いろいろな種類の映画、ジャンル映画も大好きですが、ただ、このところ、やはり、ちょっとしたホラー映画ブームがありまして、特に僕がよる仕事というのが、そういうのが多かったので、ホラーというジャンルは嫌いではないんですが、あまりにも立て続くと、それ以外できなくなってしまいますので、ぜんぜん違うものをやってみたかった」


はじめて子供を演出することについて黒沢監督のコメント


「はじめてですね。面白いですね、子供って。何ていうんでしょう、子供っていっても、上は19歳、下は小学校6年生、11歳か12歳くらいですね。だいぶ年齢は離れていますが、どちらも、実際、同じ年齢の俳優さんにやっていただいています。どちらも、まずちゃんとしたっていうか、こちらの言うことは、全部、当然ながら分かる。理解しているし、ちゃんと演じている。それでいながら、やはり新人といいますか、自分がどう見られているか、今後、どういう風にイメージして俳優としてやっていくか、まだハッキリしていないんでしょう。その場で、たぶん自分でやったようなことを演じられているんでしょう。それが見ていると、こっちもとても新鮮なんです。たぶん、やってる本人もはじめてやったことばかりなんだと思うんです。演じるという仕事をやってるわけですけど、それが、いちいち新鮮だということがオドロキでしたですから、香川さんも、小泉さんも、相手として、たぶん、何ですかね、ある種の手強さというのを感じていらっしゃるのではないですか。それが、いい感じの緊張感になってますね。この子役に負けちゃう、下手すると負けちゃうみたいな」