多くの兄弟姉妹がそうであるように、僕と兄は仲が悪い。
喧嘩しているわけではない。が、もう10年近くは話していない。完全に他人である。時たま親戚の葬式で顔を合わすくらい。そこで「ああ、兄弟だったんだな」と思い出す。それがなければ、そのことさえ忘れてしまうだろう。が、幸いなことにここのところ全然葬式がないので、本当に忘れかけている。ポール・オースターが『孤独の発明』で「不在」(=そこにいるのにいない)の「父」を語ったように、僕も「兄」について考えるとどうしても「不在」という文字が頭に浮かぶ。兄は結局どこにもいなかったのだ。
一つは歳の差が原因だろう。しかし、実際これも明瞭ではない。告白すれば、兄が何歳なのか、それすら自分は知らないのだ。おそらく、6歳か7歳の差があるはずなのだが、本当にそのどっちかなのか、あるいは違うのか、それもはっきりしない。
ともかく、6歳差があるとすると、僕が小1の時に兄は中1、僕が中1の時に兄は大1、僕が高2の時に兄は社会人だったことになる。というわけで、同じカテゴリーに入ったことが一度もなかったわけだ。兄との思い出が小学校低学年の時に集中している理由がよくわかる。我々は多くのことを共有しなかった。することさえ試みようとしなかった。
もちろん、性格も違った。あらゆる二項対立において僕たちは常に対立していた。兄弟がこんなにも違うなんて思いもしなかった。僕は暗く、兄は明るかった。僕は勉強をし、兄はしなかった。僕は運動ができず、兄はできた。僕はモテなく、兄はモテた・・・兄について考えると、「女」の存在が思い浮かぶ。考えてみれば、兄はモテた。ぼんやりとしか気にしたことがなかったけれど、兄の周りには常に「女」がいた。兄が中学の時、高校の時、よく「女」に関して両親と喧嘩していた。兄は不良気味で、よう「女」を部屋に連れ込んでいた。漫画を無断で借りに部屋に忍び込むと、引き出しにはコンドームが入っていた(当時はそれが何か知らなかった)。取り巻きすらいた。兄が中学の時、よく家の前に兄のファンの女の子がいて、出てきた弟たる僕に兄を呼び出すように言われた。兄がモテるなんて、今日に至るまで思いつきもしなかったのだが、実際モテていた。
そのことについてどう思うかと訊かれると、正直どうも思わないのだ。これが友人だったら普通に嫉妬していたと思うが、不思議なことに兄に対してそういうことはない。そもそも、兄に嫉妬したことが一度もなかった。本当に人として興味がないのかもしれない。が、人生の主題というのが僕たちの間ではかなり差異があるのだろう。先日、親から兄は今彼女と同棲していると聞かされた。それもまた宇宙人が火星で卵焼きを作ってますよ!と言われたときのような、遠い無感動しか呼び起こさなかった。ある意味で、自分にとって兄は過去の人であり、かなり早い段階で違う進路に行った別の船だった。ニーチェがワーグナーについて振り返って語ったように、兄と僕には「星の友情」こそあるのかもしれないが、もう違う海を旅し、違う経験をし、再びあってもお互いを認識できない者同士になってしまったのだろうと感じる。兄は僕の知っている兄ではないし、僕もまた兄の知っている僕ではないのだろう。
僕たちの間にはいつか儀礼的な優しさは生まれるかもしれない。躊躇いがちに過去の思い出を語り合うかもしれない。しかし、それが行われるのは、必ず周りに人がいる時で、一つのパフォーマンスとして、クリシェとして、なされるだろう。お互いがお互いに対してあまりにも無関心だったのかもしれない。しかし、人生は進む。そういうこともある。