<ディズニーを茶化すディズニー、と見せかけてしっかり王道中の王道>
監督:ケヴィン・リマ
製作総指揮:クリス・チェイス、サニル・パーカシュ、エズラ・スワードロウ
音楽:アラン・メンケン
出演:エイミー・アダムス、パトリック・デンプシー、スーザン・サランドン、ジェームズ・マーズデン
ザ・ディズニーというべき魔法の王国に住むプリンセスジゼルは、来るべきハンサムなプリンスとの幸せの約束された結婚の日を心待ちに、友達の動物たちに囲まれて明るく楽しい毎日を過ごしていた。しかし、彼女が王子と結婚することで自らの女王の地位を危うくされることを恐れた魔女(王子の母、要するに姑)の企みにより、「夢も希望もない世界=現代のニューヨーク」に追放されてしまう。初めは途方に暮れていたジゼルも徐々に大都会での生活にも慣れ楽しむようになるのだが、そこにも魔女の魔の手は迫り・・・。
プロローグは過去のディズニー映画で繰り返されてきたイメージの集大成(寄せ集めともいう・・・)たるアニメーションで始まり、ジゼルがニューヨークに追放されて以降、実写映像に引き継がれるという構成。なのだが、あまりに違和感のないバトンタッチに驚く。これは何より、おとぎ話の世界と現代を股にかけて活躍することとなる主人公ジゼルを演じるエイミー・アダムスの功績であろう。常にパステルカラーのフリフリドレス(このうち一着はなんとカーテンが材料のお手製ドレス)に身を包み、他人を疑うことを知らない無垢なプリンセスを、アニメのイメージのまま演じてぴたりとハマっているのだ。動物たちと言葉を交わし、ところ構わず歌い踊るなどという、もう本当に現実離れしたお姫様な言動を、ニューヨークという現代社会の象徴のような大都会をバックにやられるもんだから、もう笑うしかない(もちろんいい意味でだ)。ただ、これだけではなく、自らのこのキャラクターを適度に外から眺めていることがわかる役の解釈が気持ちいい。本気で演じられすぎると、観ているほうがついていけず置いてきぼりを食らう危険性が十分にあったのではないかと思うのだが、役との距離感がまさに適度なさじ加減で、お手柄。エイミー本人もディズニーが大好きで、でも、ジゼルのキャラクターにはちょっと呆れたりもしながら、大いに楽しんで演じていたのではないだろうか。
そして、このジゼルの言動を微笑ましく見守っているうち、だんだんとディズニー節ともいうべき独特のノリにこっちまで巻き込まれてしまっているから、不思議。気づけば、クライマックス直前の仮面舞踏会(←現代のニューヨークでっせ(笑)欧米人がダンス好きなのは承知しているつもりだったが、仮面舞踏会なんて大時代なもの、日常的に行われているんだろうか??)のシーンでは、しっとりと切ないボーカルをバックに踊るジゼルとその周りをカメラが滑るように動く演出に、図らずも見とれてしまっていた。さらにこのシーン、ジゼルがおとぎの国のプリンスとニューヨークで出会ったロバートとの間で揺れ動く、その心情を彼女の視線や一挙手一投足にうまく込めて表現しており、それがこの後に繰り広げられるスペクタクルシーンよりも、むしろこのシーンを映画のクライマックスにしてしまっている。大のおとなの男が、恥ずかしながらキュンキュン(笑)させられてしまった。
そして迎えるハッピーエンド。ジゼルの方は、もうほんとよかったな~と、見終わる頃には脳みそが完全にディズニーモードに切り替わっているのだが、一方尻軽プリンスの結末でのお相手のチョイスは一体どうなんだと、突っ込みたくもなるのだが・・・。まあ、これもある意味、ディズニー自らの手による悪ノリセルフパロディーというこの映画の本質のひとつを表していて、むしろ突っ込んでくれということなのだろう。おいおい、あんたらはそれでええんかい、と。
総評としては、ディズニー好きにとっても、そうじゃない人にとっても、どんな人にも楽しめる良作エンターテイメントといったところか。観たあとは、ジゼルの影響でなんだかとにかく楽しくなってくる。元気がないときやトキメキが不足しているときに処方すべき、とびっきりあま~い栄養ドリンク。
