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プロフィール ー長編版ー

 

  第1章 理解されなかった少女

 

私は、幼い頃からずっと
「この家はつらい」と感じていました

 

 

幼稚園に入る前の忘れられない記憶

まだうまく話せないくらいの年齢


写真を撮る為、

川の真ん中の丸い大きな石に座らされた

 

怖い
動いたら落ちる
やめてほしい

 

その気持ちは届かなかった


怖くて泣いている私を、

父は笑い、

母親は父を見て困った様子で苦笑い

 

 

その時すでに
私は両親に違和感を持っていたと思います
 

 

母は、世間から見て完璧なものを求める人でした

 

良い成績であること
褒められること
 

でも
私が本当にやりたいこと
心が動くことには無関心でした

 

 

獣医になりたい
看護師になりたい
医療メイクを学びたい

すべて否定

母親は実家から通える短大に通わせ、

お見合いをさせたかったようです

 

 

やがて私は
親への尊敬や信頼はなくなりました

 

小学生の頃、私はよく幽体離脱をし、
夜、空を飛んでいました


日中のストレスを無意識に解放するための
自分なりのバランスだったのかもしれません


もともと奔放な性格もあったのでしょう

 

家の中では心を消し
外では優等生

本当の自分は
静かに奥へしまわれていきました

 

言いなりになることが、自分を守ることでした

 


 

  第2章 実家を出るという決意

 

高校3年生の時、

家を出ると決めました

 

進学校からの就職 教師に「就職だなんて」と言われましたが、

私の気持ちは変わらず


岐阜から名古屋へ 

親に相談なく決めた就職先

寮に入り生活を始めました

 

それは反抗ではなく
魂の自立だったのかもしれません

実家にいたら自分が壊れると思っていました


そして、18歳、自分で選択した人生を歩き始めました


 

  第3章 看護師として生きる

 

30歳のとき

宇宙からのお告げのようなメッセージがきました

「看護師になる」

それに従い猛勉強をし
3ヶ月後に合格通知を手にしました

 

 

看護師1年目 急性期看護に関わりたく
ICU CCU・心臓・呼吸器外科と重篤な症状に関わる道へ

 

必死に関わり得た経験は、

後に、母が同じような重篤な状態になるのですが、

 


その状態でも落ち着いて母の病状を把握し、

関わる事ができたのは、

 

看護師としてその状況を経験してきたからでした

 

母は入院加療中、想定し得ないことが重なり

何度も生死を彷徨いました

 


 

  第4章 母の入院と赦し

 

長年絶縁していた母が
重篤な状態で入院

 

 

当時、

沖縄に移住していた私はその知らせを聞き入院先へ

 

痩せ細った姿を見た瞬間
私の奥深くで何かがほどけました

 

 

居てくれるだけで良かった

 

お腹の底から感じたこの想い

 

 

怒りの奥にあった想いだったのかもしれません


 

看護師として
娘として

 

母と向き合った時間は
赦しのプロセスそのものでした

 

 

母は極めて稀な病になり、旅立ちました

 

脳にダメージを負いながらも
最期まで命を生ききった母

 

献身的に支え続けた父

家族の在り方
命の尊さ


そして愛の形

 

どれも全身で学びました


 

  第5章 女性性と性の目覚め

 

家族との葛藤
離婚
不妊

それらを通して
私は深く感じたことがあります

 

 

女性が自分の感覚を抑え
本音を閉じ
魂を縮めて生きるとき

その影響は
身体にも
人生にも現れる

 

特に性の部分の影響は大きいと感じます

 

 

性とは、女性性・男性性・セクシャルのこと

 

エネルギーの循環
魂と魂の共鳴
スピリチュアルな統合

 

パートナーシップにも影響を及ぼします

 

それでも、

 

いくつからでも
魂は目覚める

 

いくつになっても
女性は美しく

愛され
人生をやり直せると
本気で思っています


そして、
私は離婚を3回していますが、

 

それでも今、

一番幸せで穏やかで、豊かなのです

 

その為に大切にしてきたことを

お伝えしていきたいと思います