悪性リンパ腫と診断された主人。


早急に入院し、治療をスタートしたいと思っていました。


ですが、悪性リンパ腫の診断をつけてくれた
大学病院の血液内科は4か月待ちとのこと。


ここで治療をしたい気持ちはありましたが
治療方が確立されている悪性リンパ腫においては
大学病院でなくても治療法はほぼ同じ。


名医にこだわらなければならない訳ではない。
それよりも早く治療をスタートしたい。


主人の希望もあり、すぐに入院、治療が出来る病院へ紹介して頂くことになりました。


この頃には、首のリンパの腫れも
次第に大きくなり、
食事をする際もつかえる、ひっかかる、
飲み込み辛い、などの症状もでていたので
悠長に4か月も待っていられませんでした。


お味噌汁のネギが引っかかる
フライのパン粉の小さなツブですら気になる


食事に関してリクエストが入るようになり
この頃からいつ息ができなくなるか不安、
そんな心配をするようになりました。


私もそんな話を聞いて
夜中に主人の寝息を何回も確認しました。


ガンと言われた日から
言いようのない不安で
眠れない日々がずっと続いていましたが
もちろん眠れないのは私だけではありません。


浅い眠りを繰り返し、
夜中に何度も起きては
隣に寝ているハズの主人を見ると
だいたい決まって起きている。


そう、主人こそ眠れていない。


不安のどん底。


恐怖の夜。


涙で冷たい枕。


夜中に起きてしまった時に
主人がちゃんと眠れていたら
とても嬉しかった。


あぁ、ちゃんと眠れたんだ、良かった、
息してる。息詰まっていない。良かった。


お互い、相手が眠れていたら
ただただ良かったと、そう思っていました。



大学病院から紹介されて
新しい病院へ行ってからは
すぐに入院の日、今後のスケジュールも
決まりました。


2日後に入院。
入院の次の日には抗がん剤治療スタート。


いよいよだ。
はじまる。


2日後には主人がしばらく家からいなくなる。


当時は5歳、3歳の子供たち2人と、
そしてお腹の中に赤ちゃん。


この子たちを1人で守らなければならない。
主人は主人で、病院で治療を頑張る。
その支えもしなければ。


普段、仕事でいなくても
夜になれば帰ってくる。


そんな生活から一変
5日以上、主人と離れて1人で2人の子供を
ずっと世話するなんて今までなかったので
大黒柱の先の見えない長期不在、それが
ものすごくものすごく不安でした。


でもあの時、主人の方がもっともっと
不安だったにちがいない。


小さな子供たちを妊娠中の私1人に任すこと。
ガンという初めての病気、抗がん剤。
どんな治療になるのか。


私たちの前に立ちはだかっている
悪性リンパ腫という病気が
とても大きなモノに思えていましたが
もう立ち向かうしかない。
治すしかない。
頑張るしかない。
腹をくくって、家族がそれぞれに
やるべき事を頑張る。
先のことは考えすぎずに
今出来ること、今するべき事だけに集中する。
必ず治して、家族でまた楽しく暮らす。


気持ちの方向性だけは、
夫婦でしっかりと共有し
同じ方向をしっかり向いていました。