山越えだっ・・・
気持ちを切らすな。
一歩も引くな!
自分に言い聞かせる。
実はアクエリアスと一緒に携えた武器が、
もう一つある。
ポケットに手を突っ込んで、取り出す。
これだ。
「アミノ酸とローヤルゼリーで即効元気」!!
コンビニでウィダーの隣に並んでて、10キロ過ぎ
からの体力補給にと思わず買ってしまった。
走りながら、一口吸う。
そして、アクエリアスを一口飲む。
よし。元気でた。
何しろ、「速攻元気」だからな。
一瞬で効くんやろう。きっと。
効いてるんやろう。たぶん。
わからんけど。
足は?大丈夫か?
足首。膝。お尻の筋肉。腰。
順番に心で語りかけてみる。
・・・大丈夫。どこも痛くない。
よし、行くぞ!!!
遥か続く上り坂に、満を持して踏み込んだ。
歩幅は少し狭く、回転を早く意識して走る。
飛ばしすぎるな。
でも、落としすぎるな。
・・・キツイ。
いや、キツくない。
・・・キツイ。
キツくない!
気持ちで負けるな。
自分を鼓舞する。
気持ちで負けたら、
一瞬で引きずり込まれるぞ。
ふくらはぎと足首におもりがついたように鈍く重くなる。
呼吸が荒れる。
乱れる。
身体が熱い。
キツイけど、いける。いけるんだ。
ここまで体力を温存してきたじゃないか。
絶対歩かない。
坂道だろうと絶対走りきる。
前方には、ランナーが一人。
遥かに続く坂道をみて気力が萎えたのか、あきらめて
歩いている。
追いつき、追い抜く。
またランナーを見つける。
追いつき、追い抜く。
いいぞ。
急カーブ。
曲がると、また上り坂。
即効元気を取り出して、一口。
アクエリアスを、一口。
深呼吸。
アミノ酸とかローヤルゼリーとか、今まで見向きも
しなかったものがこんなに頼もしく思えたことはない。
削りとられる体力がこれで少しでも回復できていると
考えるだけで、足が前に出る。
カーブ。上り。
少し下って、また上り。
山道は想像よりもずっと長かった。
距離表示の看板一つ一つが、死ぬほど遠い。
12キロ・・・
13キロ・・・
14キロ・・・
「即効元気」とアクエリアスの力で、なんとか下り坂を
追え、平坦な道に戻る。
越えたっ。
走りきったぞ!
この山で3人抜いた。
勝った。勝ったんだ。
残りは6キロ。こっからだ。
足がガクガクする。
下り方が変だったのだろうか。
下り坂の走り方ってあるんだよな。
本屋で立ち読みした雑誌に書いてあった気がする。
下りの方がダメージがでかいって。
ちゃんと読んどいたらよかった。
構わない。
ガクガクでもまだ足は動く。
山に入る前のペースまで、上げていく。
右足に違和感がある。
足首だろうか?
太ももだ。
構わない。
行くんだ。
16キロの看板を通り過ぎる。ラスト5キロ。
いつの間にか「即効元気」をずっと左手に握り締めている。
きつくなったらこれを飲めばいいんだ。
だから大丈夫。
オレにはまだ、余力があるんだ。
何度も何度も自分に言い聞かせる。
10キロマラソンに出たときの後半の走りをイメージ
しながら、海岸沿いの道をひた走る。
一人、二人・・・追い抜いていく気持ちよさ。
苦しさよりも、前のランナーを抜き去る瞬間の快楽を
かみ締める。
山越えのダメージは思ったよりも遥かに大きくて、
あんなに元気だった足が、いまやもう麻痺状態だ。
気を抜けば、すぐに止まってしまうだろう。
あともうちょっとだけもってくれ。あと4キロだけ。
あと4キロって・・・。
もうちょっとじゃねーじゃねーか、もうしばらくだ。
意識して腕を振る。
また一人、二人・・・追い抜いていく。
苦しさで顔がゆがむ。
今すぐにしゃがみこみたい。
ダメだ。気持ちで負けるな!
妻が書いてくれた色紙を思い出す。
「愛と勇気、GO!」
ありがとう。
君が頑張ってくれるからこうやって走れる。
感謝の気持ちは恥ずかしくていつも伝えられない。
ケンカもするし、揉め事もあるけど、
僕は君のおかげで生かされている。
ありがとう。
ゴールに着いたら、家に帰ったら、ありがとうを伝えよう。
言える気がする。
感謝の気持ちを力に変えて、走る。ひた走る。
町が見える。
田んぼを抜ける。
橋を渡る。
海沿いの道へ。
見覚えのある風景が広がる。
沿道のおばあちゃん。子供達の声援。
小学生の男の子に2回目のタッチ。元気をもらう。
行きよりも帰りの方がスピード速いだろう。
お兄ちゃんすごいだろう。
残りは3キロ。
「即効元気」は山を下ってからずっと左手に握り締めたまま。
「きつくなったら飲めばいい」と、自分を励ましてきた。
「まだオレには余力がある」と、言い聞かせてきた。
それが嘘だと、自分で分かっている。
山の途中で、とっくに全部飲み干した。
自分で自分に嘘をついて、ここまで自分を走らせてきた。
ぐしゃぐしゃの中身はすっからかんだ。
だけど「元気」の文字がずっと力をくれた。
いい仕事してくれたぜ!
エイドステーションを走り抜け、水をキャッチ。補給。
口にうまく入らない。
むせる。
むせながらゴミ袋にカップと即効元気を投げ捨てる。
頭に巻いたタオルを外し、腕に巻く。
最後の2キロ、気合でいくぞっっ!!!
ちらほら歩いている人もいる。
みんなペースが落ちている。
抜いていく。抜いていく。
キツイ。体中がキツイ。
だけど走る。ただただ走る。
アゴをあげるな。太ももをあげろ。腕を振れ。
足と胴体がバラバラになりそうになる。
負けるな。
なんの為に走ってるんだろう。
なんでこんなにキツイ思いをしているんだろう。
弱い心が、身体を走らせまいとする。
負けるな!負けるな!負けるな!!
ふと、以前息子と一緒に公園に行ったときのことを思い出す。
2歳の息子がジャングルジムに登ろうとする。
腕と足を使って必死でよじ上って、上って・・・
頂上まであと一歩のところで、息子はもう無理だと
あきらめようとした。
できん!と。
その時僕が息子にかけた言葉を思い出す。
「できるよ!頑張れ!あと一歩!!あと一歩!頑張れ!!」
あのときの自分が、今は自分自身に呼びかけてくる。
出来るよ!頑張れ!あと一歩!
あと一歩!頑張れ!
そうだ!!
ここで自分が頑張れなきゃ、
息子に頑張れなんて
言う資格ないんだ!!!
あと1キロ。
力を振りしぼる。
最後だ。最後だ!
死に物狂いでひた走る。
ゴールが見える。
テレビカメラ。写真撮影クルー。
かっこつけてゴールしようなんて気は無いけど、
最後は両手ガッツポーズでゴールだ!!
・・・と思ったら。
係の人が「番号見せてー!」と叫んでいるので、走りながら
ウィンドブレーカーのジッパーを外そうとまごついているうちに
カメラ隊の前を通り過ぎグダグダでゴールしてしまった。
・・・最後なんなん!!!
拍子抜けやん!!!!
ともあれ、ハーフを走りきった!!!!
大会本部でもらった記録証に刻まれた時間は・・・
2時間11分23秒。
ダメだった。
2時間10分切れなかった!
・・・・でも、いいんだ。
今の自分に出来る、最高の走りができたと思う。
山越えでペースが落ちても、一度も歩かなかった。
走りきった。
満足です。
ジュビロ君、マイルド君を見つけ、合流する。
やっぱり先にゴールしてたのか。
マイルド君の記録は、
2時間5分31秒。
やっぱはやいなぁ~。
でも2時間切れなかったと悔しがっていた。
やはりあの山越えがめちゃめちゃこたえたらしい!
聞いてないっすよね~と。
そして気になるマイルド君。
準備運動もストレッチもせずにスタートした彼。
ジュビロ君と同じくスタートダッシュで颯爽と
消えていったあと、どうなったのか・・・。
「マイルド君はどうだったの?」
「あ、はい。
あの山越えがキツすぎて、
足が痛くなってリタイアしました。」
リタイアァ!!!
本番でまさかの選択肢ぁ!!
21キロの道のりを、4キロに及ぶ山越えを
耐え抜いた僕の両膝が、そのまま地面に崩れ落ちた。
ハーフマラソン体験記、完。
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長々とお付き合い頂き、ありがとうございましたー!
ハーフマラソンの雰囲気、少しでも伝えることが
できたでしょうか?
ほんとはこの100倍苦しくて100倍楽しくて
書ききれなかったことはたくさんありますが、
これを読んで「そうそう、こんな感じよな!」と
思ってもらえれば光栄です☆