雨の中、ついにハーフマラソンスタート!



人ごみに押されぬよう、転ばぬよう、用心しながら走る。


周りのペース速いっっ!


ガンガン追い抜いていかれる・・・

しかし焦るな。マイペースだ。


スタミナと脚力がないんだから中盤までは体力温存だと

何度も何度も自分に言い聞かせる。


最初は周りにつられ足の回転が早くなっていたのだが、

次第に後続に追い抜かれることに慣れてきた。



1キロ・・・



2キロ・・・



練習の時のペースがつかめてくる。

これだ。これくらいのペースだな。


足の調子はいい。

痛みがないのが何より嬉しい。

海沿いの道を、快調にひた走る。



ジュビロ君とマイルド君はスピードレーサー。

やはり序盤から飛ばして、もう見えなくなってしまった。

でも気にしない。

自分のペースをキープ。それが大事だ。



そうこうしているうちに、ゼッケンの色違いの集団に

追い抜かれ始めた。

5分後にスタートした、10キロマラソンの

参加者たちだ。


さすがに10キロのペースは速いなっ。

ハーフの選手の5割増くらいで駆け抜けてくるわ・・・。


ハーフと10キロの参加者が入り乱れて走るのは

なかなか面白い光景だった。




そうして走りながらふと、高橋Qちゃんの元コーチ

小出監督の言葉が頭をよぎる。



「最初はさ、楽に楽に走るの。足は前にスッスッと出す

感じ。無理せずに。鼻歌でも歌えるくらい軽やかにさ。

それが序盤の走り方だよ」



♪君の夢がかなうのは 誰かのおかげじゃないぜ

風の強い日を 選んで歩いてきた


頭の中に流れるピロウズの名曲を口パクで口ずさむ。

軽やかに足は運べている。


よしっ。


呼吸と姿勢を意識して、走る。




3キロ・・・



4キロ・・・・




練習ランでは、今交差点らへんだな。


今、ラブホ街らへん。


今川沿いの道の・・・


距離の案内看板が見える度に、日頃の練習風景を

重ね合わせて、自分のペースを守る。


飛ばしすぎるな。

いいペースで来ているぞ。




と、5キロをすぎたところで、前方に気になる

光景を見つけた。


さっき僕を抜いていった、2人組。


白いカッパを着た50歳くらいのおじさん。

そのすぐ後ろにピタッとついて走る、ピンクの

水玉模様の小さなカッパ。


10キロマラソンのゼッケンが透けて見える。



親子ランナーだ!!



後ろは娘さんか、カッパの帽子で顔は見えないが、

小さな赤いシューズが一生懸命に雨のアスファルトを

踏んでいる。

中学生だろうか。


時折父親はダッシュをかけ、前にぐいと出る。

そしてカメラを取り出し、振り向いてシャッターを

切るのだ。


「ピース。ピースして」


と、口が動くのが分かる。



小柄なピンクのカッパは必死に走る。

ピースできない娘にシャッターを切る父。

顔は笑っている。


カメラをポケットにしまって、また前を向き走る。


そうして、白いカッパと小さな水玉カッパがまた縦に並ぶ。



ほほえましい・・・


いい父娘だなぁ。

こういうの、いいなぁ。


でも、なんでお父さんは横に並ばないんだろ。

ちょっと前に出てるんだろ。

負けたくないのかな。



・・・はっっ。


不意に気付いた。



背中を見せてるんだ。


背中で娘を、引っ張ってるんだ。



小柄なカッパは、父の後ろ姿を見据えて走ってる。

父親は時折顔を横に向け、横顔を見せてる。


安心させてるんだ・・・


大丈夫だぞ、頑張れって言ってるんだ・・・



胸が熱くなった。

思わず足を速める。

二人のすぐ後ろについて走ることにした。


ちょうど身体も温まってきて、快適なペース。



親子は、ピッタリとした距離を保ったまま、

会話もなく、ただ背中の絆で結ばれて走り続ける。


この親子に、自分と息子、自分と娘を重ね合わせ

ながらしばらく併走する。

その時間が、たまらなく幸せに思えた。



この親子を見れただけでも、今日この大会に

参加した甲斐があったと感じた。




道路は大きな川に差し掛かる。


ハーフは直進、10キロは右折と道が別れている。

親子が右折してしまう。


最後に、娘さんの顔を見ようと思い、スピードを

上げて二人を追い抜き、振り返る・・・




違った。



小柄な水玉の女の子は、女の子じゃなかった。



女性。



年配の女性だった。



夫婦。


二人は、夫婦だったんだ。




背中で妻を引っ張る夫。


時折、カメラを取り出し写真をとる夫。


「ピース。ピースして・・・・」



また胸が熱くなった。


素敵すぎる。

こんな夫婦。


こんな夫婦になりたい。

ありがとう。ありがとう。






夫婦に心でお礼を言って別れを告げ、

ハーフの直進コースへ。



身体のキレは絶好調だっ。

筋肉に酸素がいきわたってる感じ。


徐々にスピードを上げていく。


腰のアクエリアスを、定期的に一口ずつ飲む。



中盤戦にさしかかると、選手と選手の距離は

開いていくんだなぁ。


一人、二人と、前方に見つけて、追いついて、抜き去る。

温存した体力がここで活きている。



海沿いの道は、いつしか町を抜けて、

トンネルをくぐる。


トンネルを走ることなんてないので、なんか嬉しい。



スピードを上げるにつれ、少しずつ息が乱れ始めて

くるのを感じた。

だが、それも心地よい。


躍動と疲れのバランスが、ちょうどいい。





2つ目のトンネルに入る。


薄暗がりの中、遠くにかすかな雨音を聞く。

地面を蹴る音が響き渡る。その感覚が心地よい。




トンネル、気持ちいいなー・・・。



・・・・ん・・・トンネル?


トンネル、2個目だよな・・・


あれ・・・このコースって、海沿いなんじゃなかったっけ。



荒く息を吐きながら、小さな違和感が頭をかすめる。


トンネルって、、どういうとこに掘るんだっけ・・・



長い長いトンネルと抜けると、明るく視界が開ける。

大きなカーブを曲がりながら、考える。



トンネルってさ・・・確か・・・山に・・・




カーブを曲がりきると、襞に隠れて見えなかった

コースが姿を現した。



行く手の道路を深々と飲み込んで、

大きな山が僕を見下ろしていた。



・・・山越えだ・・・。




見上げるその怪物の遥かなうねりの中に、

道路が吸い込まれている。



こんなのパンフになかった・・・・!!!



「嘘やろ・・・」


荒い息に紛れて自分がつぶやく声が、

思うよりはっきりと聞こえて驚いた。




気付くと、あんなに激しかった雨が、

いつしかほとんどやんでいた。







その④へ続くううう!!!!