今日はジェノヴァ時代のお友達と昔の話をしていて
自然とティナおばあちゃんの話になっていました。

悲しい話をしていたわけではないのに
おばあちゃんに会いたくて泣きそうになって…。

帰って来てからも、ぼんやりあの頃のことを思い出して
おばあちゃんに会いたい、おばあちゃんと話がしたいと
思いながらFBを見ていたら…目に飛び込んできたのが

おばあちゃんが関わっていた老人のためのネットワークの名前
ふと、その名前とおばあちゃんの名前をネット検索にかけたら
今年の1月にジェノヴァ市のチャンネルにUPされたこのビデオが‼

こんなビデオがあることすら知らなかったので
信じられない思いで再生したら、もう聞けないと思っていた
ティナおばあちゃんの懐かしい声‼ちょっとガラガラした声‼

追悼集会の時に作られたビデオなんだと思います。

どうしてパルティジャーナ(パルチザン)として活動していたのか?

女性に初めて参政権が認められたときのこと。

女性のための活動のこと。

貧しい地域の子供たちのための医療活動のこと。

おばあちゃんという人を作っていた、小児科医のおばあちゃん
元パルティジャーナのおばあちゃん、そして政治にも熱心に参加していたおばあちゃん
女性の人生が良くなるように常に努力していたおばあちゃんのお話しです。


これからも、またおばあちゃんの声が聞けると思ったら
思いがけないクリスマスのような嬉しい気持ちでいっぱいなのに

おばあちゃんの声を思いがけず聞いてしまったら
ただただ、おばあちゃんが恋しいです。おばあちゃんと話したい。

ティナおばあちゃんに会いたくて、涙が止まりません。

おばあちゃん、恋しいよ。