もしも本の携行が一冊しか許されぬとしたら、どれを持っていくだろう。我々は、「戦没学徒の手記」を読み漁った世代で、「背嚢の底に忍ばせた文庫本」を知っている。パリに往くとき、「日本外史」 「論語」「西郷南洲遺訓」を持っていった。他に何の本も無い状態で、「外史」を読みふけり、「勤王の志士」となっていった人々を、追体験してみようとおもったからだ。結局「英語本」、そして少しずつフランス語が読めるようになっていき、「外史」の実験は失敗に終わったが、「命もいらず、名もいらず・・・」と、「天の将に斯文を喪ぼさんとするや・・・」の二句はのこった。「オデッサ・ファイル」を英語でよんでいて、「ケネディが暗殺された日、君はどこにいた?」という文に出会った。私自身は、田舎の高校生だった。「キリング・フィールド」は、数あるインドシナ物では、最も鮮烈だったが、「サイゴン最後の日」にパリにいた私の記憶に、「毛沢東の死」ト「ジャン・ギャバンの死」を報じた時の全面一枚写真と特大活字が躍る大衆紙を見た覚えがない。フランス人にとっては、それ程重大なニュースではなかったのだ。あれ以後のアメリカの本で、ヴェトナムに触れない本はなかった。安っぽい刑事物でさえヴェトナム体験がでてきた。「ゴーリキイ・パーク」というモスクワが舞台の「ソ連の刑事物」で、「久しぶりに家にかえったら、妻が家具もろとも消えていた。」という場面で、笑った。刑事の妻の「蒸発」は東西同じだが、モスクワでは、どれほど家具が貴重か教えてくれた。「刑事物」で面白かったのは、エルサレムの刑事の話だった。寄せ集めで複雑な社会を持つあの国では、それぞれの集団ごとに刑事が必要で、プラチナ・ブロンドからエチオピア系まで全種揃えているというのがよかった。ちなみにイスラエルの現首相は事実上アメリカ人である。フランスにも殆どアメリカ人といってよい農民運動家がいる。自分を育ててくれた「マクドナルドの店」を叩き壊して逮捕され英雄となり、自伝を書いた。都合の悪い事は一つも書いてない政治家の自伝や回想録と一緒だった。現フランス大統領(サルコージ)の事は漫画で勉強した。その後の行動も漫画的だ。政治家や社会運動家よりも、大本営参謀から商社幹部になった男の話の方が、 胡散くささでは一枚上手だった。「国家の罠」はかなりよかった 。実は去年、小さな本を自費出版した。こちらが費用を負担すれば、書店に並ぶということで、半年後の秋の終わりに帰国してみたら、 半分 売れていた。大書店や公立図書館で見つかると、さすがに嬉しいものだ。書名は「パリはバスに乗って」という。金がないので、、挿絵も自分で描いた。この本を書くためにかなりの量の「パリ本」をよんだが、日本語の本はほとんど役に立たなかった。言い忘れたが、書名は「春は馬車にのって」のパクリである。この本の出版の最終段階になって、事情があって冬の山に三か月こもることになった。妻が本当に努力してくれて、2~3か所の間違いはあるものの、電話いがいに連絡方法が無い状態で、実に大活躍、足りない挿絵まで描いてくれた。足を向けて眠れない筈だが、私は左手にモンブランの見える窓があって、およそ北極星の方向に足がむく、作り付けの大きなベッドに一人でねていた。 パリは北北西の方向だから、足は妻の方にむいていた。山の三か月の為に持って行った本は、自分の本のゲラ刷りのほかには、「漢字用語辞典」と「portrait」(肖像画)という、ロスチャイルド夫人の肖像が思い出を語るほん。「藤村ノパリ」と、「異都憧憬・・・」という、作者の博士論文からきた、賞賛にあたいする「パリ本」。本体は大部すぎて持てないので、「(ローマ帝国衰亡史)の解説本」であった。妻が後で「ロスチャイルド王国」を送ってくれたが、これだけで、3か月過ごした。ポケット・ラジオのほかには、週一度下界に降りたとき買ってくる週刊新聞と一杯のワインが友であった。いま現在実は蔵書と呼ぶべき本類は、全部田舎の家に置いてあるので、「避難所」生活に近い状態で叔母の家に寄留している生活は、あの山の上とそれほど変わらない。この文も記憶をたよりに書いている。周囲にあるのは、日本に着いてすぐ買った「パリが沈んだ日」のほかは、ほとんど古本屋の店先の「百円本」である。このあいだ最晩年の日夏耿之介氏の書斎でみた、「燕山夜話」を100円で手に入れた。45年後によんでいる。そういえば、「おじいちゃん戦争の事を教えて」という本を感心して読んだことがあったが、偶然のことで、質問する孫娘(17歳)が大人になった本人にあってしまった。大地震の直後に結婚したという。もっと面白い話もある。友人がサイン入りでくれた「食の女」という本の中に、高齢の料理研究家が、私の田舎の町(飯田)で料理講習をしている写真があって、その生徒の中に、昭和35年の母の顔があった。さて、どうしても選ばなければならぬとしたら、一冊の本は、自分の本をもっていくかもしれぬ。思い出の一杯つまった「パリ」の本だから、時々開いて「パリ」を思い出すために!(2011)
