今日はお休みで、PTAの研修会に参加してきました。


最初は少し面倒だなあと思っていたけど、

いざ研修会に参加して、ものすごく楽しかった。


地域のお母さんたちと専門家の先生で「自分の子供時代と今のこどもたち」をテーマに

グループディスカッションをした。


ほんとにいろんな年代のお母さんたちの「育児」の生の声が聴けて勉強になったけど、

その中で意外だったことのひとつ。


「褒めるところがうちの子にはない」

「褒めたらつけあげるから褒めない」


という意見。



当たり前のようにその子のいいところを見つけては

言葉にして評価、どの子にも伝わるようにわかりやすく褒める。

みんなも当たり前のようにしているかと思っていた自分がどこかにいて、

この意見を聞いたときすごく、悲しかったというか、不思議だった。



褒めて出る弊害なんてなにもないのに。



と心の中で強く思ってた。



私が信念として持ち続け実行し続けてきた

行為を、これからも、どの子にもしていこうと思った。


それでも、やはり母はすごい。

自分の母親を思い浮かべては。やっぱり立派なお母さんだったなあと思う。

新しい施設で、働き始めて早2週間。

だんだん、こどもの特徴が少しずつつかめてきた。


そんなある朝の出来事。



朝、こどもを起こし、朝の日課へとこどもたちに声をかける。

一人の女の子は、なんだか不機嫌な顔で、なかなか動かない。

職員が声をかけても、反応せず。ずっと口を一文字にしてどこかをにらんでる。

全く動かない。


そんな様子をみた職員は

「○○ちゃん、なんで何も言わないの?朝からそんな顔されたら

周りのみんなが嫌な気持ちになる!いつも言ってるでしょ?

そんな顔されて先生も気分悪い!」


とだけ一方的に放ち、その場を離れた。


その時ほかの子の着替えを補助しながらそう様子をみていた私は、

彼女に近づいて声をかけた。


いろんな言葉をかけて様子をみたけど、やっぱり反応なし。

体に触れようとしても、嫌がる。




んー、と考えた。



この子の性格、普段の様子、

どんな時、この子は不安になるかな、、、



その時、気づいた。






「○○ちゃん、おねしょしちゃって、悔しかったんだね?」


「。。。。。ん」


「そっかそっか^^でも、大丈夫よ。きれいきれいしにいこ^^」


と体を洗いに手を引くと、ちゃんと歩いてくれた。




からだを、あったかいシャワーで洗いながら、

その子は「せんせい、あしたもくる?」と聞いてきた。


「うん、くるよ^^」って言ったら

にっこり笑って、ひひひ、と笑いあった。




この子は、私がここの施設研修を終えるまで、ずっと

わたしのそばにいたがる子だった。


歩けないほど足にひっつき、胸にとびこみ、

ひざに座り、抱っこをたくさんせがんでた。


とっても、かわいかった。


もっと、一緒にいたかったなあ。

今、とある理由で

通常の職場を離れています。


自分の勤務が終わり、

いつも通り自分の職場に戻ると、

こどもが玄関先で並んでお出迎えをしてくれた。


「せ、ん、せ、い。お、か、え、り」


と一人一言ずつ言いながら。



一人の女の子は、

わたしの姿をみるたび抱きしめに走ってくる。


抱きしめて、一言二言交わして、離れてゆく。

わたしの姿をみて、抱きしめにくるのももう2年半たつ。

学校から帰ってきたとき、私が勤務のとき、

走って、笑顔で抱きしめに来る。


あの子が何を伝えに来ているのか、いつも考えるが、まだ見えない。

あの子は、家族にも、何にも執着のない子。

何かに、執着したいのだろうか。

なぜ、あの子は私に執着するのだろうか。

なぜ、私なのか、考えなくては。


そして、あの子の心に少しでも

安らぎの時間を注げたら、といつも思う。


いい子でなくても、わがままを言っても

あなたが可愛くてたまらない。

私が初めて受け持ったこどもは

中学生の女の子だった。


彼女は、目線を合わさず、下を向いて、ぶつぶつと聞き取ることが難しいほど

小さな声でしゃべる女の子だった。


初対面のとき、どうしたらいいか、困ったのをよく覚えている。

狭い子供部屋で、2人きり。

閉め切られ、きまずい。


そんな彼女と約2年間関わらせていただいた。

彼女の人生に存在させていただけて、感謝している。


彼女との別れは、私が大学4年の時。

通常であれば、契約は1年単位のため、1年を区切りに学習ボランティアを

交代する人がほとんどであるなか、

私は彼女との時間が愛しく、彼女の変化をもって見続けていたいと

欲をもってしまい、彼女との時間を選んだ。


今でも忘れない。

彼女にボランティアを辞めることを伝えたとき、

彼女は無反応だった。とても、淡々としていた。

その後、いつも通り、他愛ない話をし、数学を勉強し、

私は施設の玄関をあとにした。

いつもと違ったのは、彼女が玄関まで見送りに来なかったこと。


わたしは、自分の決断を悔やみながら帰った。

彼女を、裏切ってしまったような気がした。

すごく、胸がつらかった。



私がボランティア最終日の日、

ボランティアの日にしか乗らない電車にのり、

歩いて行った。

あの日から2年。施設までの道も覚えた。

途中にある中学校も、欅の街路樹も

雨の日、目印になっていたあのタバコ屋も

駅から見えたあの十字も

今日でおしまいだと、思いながら歩いて行った。


施設では、私のお別れ会を開いてくれた。

他の記事でも書くが、担当の彼女以外にも

わたしは様々な子と関わっていたため、

みんなが快くお別れ会を催してくれた。

「いままで、ありがとう!」と小学生の女の子が声をかけ

みんなで乾杯をした。

担当の彼女は、いつも私の目の前の席で食事をしていた。

いつも、自分がおいしいと思ったものを、私に取り分けてくれていた。

みんなが乾杯しているなか、

彼女だけが、私と一切乾杯をしてくれなかった。

乾杯したくない、と拒み、乾杯せずにジュースを飲み続けていた。


その後、いつも通り、彼女の部屋へ行き、

机に一緒にむかう。

「今日くらいは勉強しないでお話ししよう」と

真面目な彼女は言った。

私たちは、いつからか彼女がおばあちゃんからプレゼントしてもらった

デジカメで撮った写真を一緒に眺め、おしゃべりをすることが日課になっていた。


最後の日も、彼女はいろんな写真を私に見せてくれた。

出会ったときは中学3年生だった彼女も、もう高校2年生。

最初、目すら合わせてくれなかった彼女。

ボランティアに行くのも、気が引けたことも正直あった。

けれど、通った。心は彼女を向いていた。

彼女は、私の問いかけに少しずつ、本当に少しずつ応えるようになる。

勉強の最後に、。絵本を読んであげた。すごく喜んだ。

彼女はのんたんが好きだった。

次第に、笑顔が見れるようになった。

勉強を進め、受験勉強もした。

高校受験前には、お守りを買いに行って彼女に渡した。

無事に高校合格した。私があげたお守りと手紙を、全部試験会場にもっていったと言っていた。

高校に入り、バイトも始めた。メニューを一緒に覚えた。

お客のグチを聞いた。ミスしてしまった話を聞いた。

お客さんにお礼を言われてうれしかったと、一緒に喜んだ。

学校の文化祭で、好きな人と少し話せたと照れる彼女と

どうやって携帯番号を聞こうか考えた。

女の子らしく、きれいになっていった。

いろんな彼女を見てきた。

彼女は、とても優しく、凛としていて、頑張り屋さんで、愛しすぎるほどの子だった。


たくさんお話をして、私から、

せめても、と思い、彼女へプレゼントを贈った。

出会えたことへの感謝の気持ちとして、

そして、私のこと、忘れないでほしいという願いを込めて。


彼女は、「わたしも、わたしたいものがある。」と言って、

お手紙をくれた。


ただ、今はまだ読まないで、と言われ、ポケットにしまった。


時間がきてしまった。

お別れのとき。心苦しかった。少しでも、何か触れたら涙が出てしまうほどだった。

玄関先へ、こどもたちがお見送りに来てくれた。

彼女だけ、いなかった。

行きたくない、と部屋で応えていた。

職員さんに手を引かれ、玄関までどうにか来てくれた彼女に

握手を求めたけど、彼女は最後まで下を向いていた。





いろいろな感情を抱えて

帰りの電車で、彼女からの手紙を読んだ。

電車で、ひとり、泣いた。


「すずきさんが、もうボランティアに来ないって聞いたとき、

頭がまっしろになりました。すずきさんがくる月曜日が、いつもたのしみだったから。

友達との予定も、いつも月曜日だけはいれないようにしていました。

たまにすずきさんがボランティアお休みされるとき、

逢えないのかーって、ちょっとさみしかった。

だから、今回、これから逢えなくなることを聞いたとき、

少し泣きそうになりました。


でも、私が受験の時、すずきさんは常に励ましてくれて、褒めてくれて、支えてくれた。

だから、私もすずきさんにとって、

そういう存在になりたいと思った。

すずきさんの夢を誰よりも応援したい。


また、逢いに来てね。その時までに、また写真たくさん撮っておくね」


初対面の時、下を向いて話してくれなかった彼女を思い出した。

初めて、無邪気に笑ってくれた彼女の笑顔を思い出した。

ほかの子が暴れ、床に落とされたぐちゃぐちゃになった夜ごはんを

拭いていたとき、ふっと隣に来て「すずきさんがいちばんがんばってる」

と言いながら一緒に床を拭いてくれた彼女の横顔を思い出した。

お土産にあげたキティちゃんのシャーペンをずっと使い続けてくれてた彼女の勉強姿を思い出した。


彼女は、わたしの児童養護施設のこどもとの関わりの素晴らしさを教えてくれた

わたしの原点となるひとである。


いつまでも変わらない、彼女への感謝の気持ち。

一度、文通をした。

彼女は、相変わらずやさしく、まっすぐな素敵な女の子だった。


どうか、これからも、

どうか、うつくしく、いきていってほしい。

どうか、彼女が幸せにわらってくれますように。




初めて、世で言う「被虐待児」と呼ばれるこどもに出会ったのは

大学2年の時だった。


わたしは、幼いときからこどもが好きだった。

幼稚園の先生を夢見てた。


中学のとき、「it と呼ばれた子」という書籍を読んだことから、

虐待という酷使を受けているこどもたちへ

何かしたい、と思うようになり

自分の人生の夢が変わった


光の当たらないこどもたちにこそ、

わたしの力を注ぐべきだと思った


そのためには必要な資格があることも調べた。

思いだけではかなわないことを知った。



取得のために大学に通った。

迷わず、児童福祉が充実している大学を選んだ。


そして、学習ボランティアという名目で

児童養護施設という児童福祉施設へ通うことになった。

人生初めてのことだった。


そして、そこから、

「児童養護施設に入所しているこどもたち」の魅力にはまってしまい

私はこの児童福祉の畑の住人になろうと決めた。


わたしが彼らに何を還元できているのか本当にわからないが

彼らとのかかわりが、何よりも癒しであり、源である。


きれいごとだけでは彼らと生活などできない。

だからこそ、繋がりあえたと思える瞬間がたまらなく

わたしの心をつかみ続ける。