息子を産んでからちょーど2週間

そのうちの1週間は
自分の子宮内感染症で
うなされてたからか
この2週間はあっという間やった
でも
この2週間、考えない日はなかった
もっと頑張りたかった。
やっぱり息子に会いにいく度に思う
お腹の中で何も考えず
自由にプカプカ出来てたら
こんなに大変な環境で頑張らずに
済んだやろーになーって。
いくら過去を悔いても遅いのに。。。
そんな息子くんは
生まれてから2週間
やっぱり心配なことは多い

低血圧。(血が足りてない)
肺気腫。(肺が未熟だから)
黄疸の治療。
ミルクが消化出来てない。
特に肺気腫は、今は左の一部だけだが
最悪、右もなるかも。。。
息子に悪い知らせがあると
泣いても意味ないのに泣いちゃう。
結局2週間経っても
自分の中で消化しきれてない。
このモヤモヤした気持ち。
もっとお腹の中でいてもらう術は
なかったのだろーか。
ただ、退院する日に
看護師長補佐の看護婦さんが
(この人はうちの中でホンマに
大事な大切な看護婦さん。
この人の判断であの日の出産は
決まったようなもんだから。)
納得出来てないのはわかるよ。って
泣きたい時は泣いてもいいんだよって
他の看護婦さんは「おめでとう」しか言わない。
でも、ウチがそのおめでとうの言葉を
どっかで受け入れれてないのをわかってたのかな。
21週でウチが入院した時に
この病院では23週を超えないと
ほぼほぼ助からないから
蘇生を勧めないのは聞いてた。
だから、看護婦さん達はウチが
23週を超えた時嬉しかったって話。
24週を迎えた時も嬉しかったって。
教えてくれた。
でも、ウチはもっと頑張りたかった。
自分が安静にしているだけやったら
もっともっと頑張れたのにって未練。
あの日、内診しなければ。
ポリープ取れた時に感染予防の薬入れてもらっとけばって
毎日、意味もなく悔いてしまう。
ただ、旦那さんは
あの日で良かったって言ってくれる。
その言葉で救われる。
きっとウチと同じタイプで
メソメソ過去を悔いるタイプの人だったら
本当に立ち直れてないと思う。
旦那さんはあの日の
あの看護婦さん達
あのお医者さん達
次の日からのうちの高熱
色々考えてきっとあの日がベストで
ユウセイ自身があの日を選んだんやって。
お母ちゃんも強くならないとなって
心の中ではわかってるんやけどなー。
ナカナカ、強くなれない。
とりあえず、やっぱり我が子は愛しい。
早く触れたい。
ずっと見てられる。
今、出来ることは
搾乳と会いに行くことしかない。
でも、本当に愛してる。
あの、入院中に
お腹の中でユウセイが蹴った時
このお腹の中のユウセイやから
産みたいって思った気持ちは
本当に今でも覚えてる。
赤ちゃんやったら誰でも良かったわけじゃない。
このお腹の中の子じゃないとダメなんやって。
だから、何があっても
今は泣いてばっかりやけど
パパとママとユウセイで
何があっても乗り越えていきたい。
何が言いたいのかわからんけど、
このモヤモヤした気持ちを吐き出したかった
今でも何でか現実を受け止めれてないのか
自然にお腹に向かって話しかけそうになる。
ユウセイはもぉお外にいるのに。。。
だから、前を向きたい。
とりあえず、過去を悔いて泣くのを止める。
ユウセイの為に、ベストを尽くす。
後4ヵ月ぐらいはかかるかもやけど
ユウセイが我が家に帰ってくるための準備も
始めるぞーーー!



明日から心機一転、前向きになる!
1番頑張ってくれてるのが
小さいユウセイやから

意味わからん日記になったけど
何かスッキリーー!
