こんばんは🌟
中大軟式野球部です!
3年生ブログリレー、第17弾!
ついに、フィナーレです✨
本日の投稿者は、
グラウンドでもプライベートでも私たちの大黒柱
海老沼樹喜です!
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皆さんこんにちは。大黒柱です。嘘です。
中央大学軟式野球部主将の海老沼 樹喜です。
私は、「走攻守」三拍子揃ったこれ以上ない素晴らしいプレーヤーです。しかし、残念ながらその三文字の中に「文」という文字はなかったので、文章力には自信がありません。それでも、私の気持ちをまっすぐ書きました。最後までお付き合いいただけると幸いです。
私
「気持ちで負けるな」
私が所属していた少年野球チームの野球帽のつばの裏には、父親の力強い筆致でこう書いてありました。これは、小さい頃から泣き虫で、すぐ弱気になる私を鼓舞するために父親がそっと書き込んだものです。私はその言葉を、三振をするたび、エラーをするたび、試合に負けて悔しさで胸がいっぱいになるたびに涙を滲ませながら必死に見つめていました。
大学生になった今でも強がってはいるものの、失敗すると泣きそうになることがあります。情けない話ですが、私はそれくらい心の弱い人間です。
そんな心の弱さのせいからか、私の野球人生には、楽しさや達成感よりも、苦しさや後悔が色濃く残っています。
中学に上がるときは、硬式のクラブチームの体験練習に何度か参加したものの、そのレベルの高さや厳しさに圧倒され、結局入団は諦めて学校の部活動を選びました。高校選びのときも、「自分は試合に出られるのか」という不安が頭をよぎり、強豪の私学に挑戦することができず、地元の高校へ進学しました。
私は何度も挑戦から逃げました。
大学に進学しても、私の心の弱さは変わらないままでした。入学前は、レベルの高い硬式野球に挑戦したいと考えていましたが、進学先の中央大学の硬式野球部は名門と呼ばれる強豪校でした。結局、私はまた挑戦から目を逸らしてしまいました。
それでも野球への想いだけは置き去りにできず、心のどこかに刺さったままの未練を抱えながら、軟式野球部への入部を決めました。
中央大学軟式野球部
入部当初は、周囲とのギャップに悩んでいたことを鮮明に覚えています。同期の多くは、そもそも大学で野球を続けるつもりがなかったメンバーでした。硬式野球への挑戦を果たせなかった悔しさを抱えた私は、ひとり熱い思いを抱き、周囲にも自分と同じ熱量を求めてしまいました。当時は、周囲の存在が霞み、ひとりだけが遠く離れた場所を目指しているような感覚でした。
しかし、そんな悩みも個性溢れる同期と長く同じ時間を過ごしていいくうちに静かに心の奥へと消えていきました。私の自慢の同期は、私の野球に対する熱量とは比にならないほどの飲み、彼女、遊び、バイト、タバコ、実験、ディズニー、万博、食、競馬、笑い、backnumber、連盟、剣道、シルバニアファミリー、ソフトボールへの熱量を持っている、これまでに出会ったことのない自分のベクトルを全力で生きる個性派揃いです。私はそんな同期の色に、一瞬にして飲み込まれていきました。熱量で紹介した同期たちは決して野球への熱量が低いわけではありません。彼・彼女らは、誰ひとりとしてやるべきときに妥協することの無い、熱い想いを持った野球選手であり、マネージャーです。
それを物語るエピソードとして今年の全日本選手権があります。私たちは3連覇という大きなプレッシャーを背負いながら、なんとか決勝の舞台までたどり着きました。しかし、決勝では簡単には勝たせてもらえず、東洋大学という大きな壁が立ちはだかりました。
中盤までに5点のリードを許し、終盤に何とか 2点を取り返すも、最終回にダメ押しの1点を追加される展開。心の弱い私は最終回に追加点を許した時点で「厳しいかもしれない」と感じてしまいました。しかし、周りは違いました。
二塁手の副主将である颯太が、ひとりで同じ言葉を何度も繰り返しています。隣を守る遊撃手の私に話しかけているのかな?と颯太に近づいてみると、
「絶対勝てる」
何度もこの言葉を繰り返していました。
さらに、最終回の守備が終わり、攻撃に移る場面。ベンチは笑顔で溢れていました。逆境なのに、全員が楽しそうに前を向いていました。
私はこのチームの主将なので、みんなに勇気を与える立場のはずだったのですが、みんなから勇気をもらいました。そして、最後は3年生が意地で繋ぎ、あの奇跡の大逆転優勝が生まれました。
生まれ変わっても
私は弱い人間です。大学で軟式野球部に入部を決めたときも、入部当初も、自分の弱さから高いレベルに挑戦できなかったことを後悔していました。しかし、今は違います。私の中には、後悔なんてものはひとつも残っておらず、最後になり蘇る愛おしい素敵な思い出たちと、部活の終わりが近づく寂しさだけが残っています。
私にとって、素晴らしい同期たちと過ごした大学生活のかけがえのない時間は一生の宝物です。
私はこの軟式野球部に入部を決めて良かった。このメンバーに出会えて良かった。
きっと私は、生まれ変わってもこの代の軟式野球部を選ぶでしょう。
私が主将に就任してから、誰ひとり欠けることなく最後まで来れたことがとても幸せです。
頼りない主将についてきてくれてありがとう。
このチームの主将を務めることができた私は、この上ない幸せ者です。
拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
そして私たちは、これまでお世話になった全ての方への感謝を胸に、このチームで挑む最後の大会である東日本大会で優勝し、"最強"の称号を掴み取るため、最後の1球まで戦い続けます。
手紙
後輩たちへ
まずは、頼りない主将についてきてくれて本当にありがとう。そして、思うように試合に出してあげられなくてごめんね。
個性的で自由な3年生たちは優秀な後輩たちにたくさん助けられました。
野球が大好きで真面目な2年生、少しやんちゃだけど野球の技術は申し分ない1年生。
来年はきっとバランスのとれた最高のチームになるはずです。
私からは一つ伝えておきたいことがあります。
それは、「誰かのために頑張れる人間」でいてほしいということです。
私はこの姿勢こそがチームを、自分自身を強くしてくれると信じています。
人間性を大切に、自分たちの色を全面に出して全力で野球を楽しんでください。
みんなの活躍を楽しみにしています。
マネージャーへ
私は、主将でありながら、マネージャーのみんなとは少し距離があった部員の一人だったと思います。敏腕マネージャー・天音のブログに「海老沼は怖い」と書いてあったのですが、マネージャーへの接し方がよく分からなかっただけです。マネージャーと仲良く話している部員を見ていて、羨ましいなと思っていたのが本音です。今では、もう少し話せたら良かったなと少し後悔しています。
そんな弁明はさておき、マネージャーのみんなには感謝の気持ちでいっぱいです。みんなの存在がチームを強くしてくれました。本当にありがとう。
ボールを綺麗に拭いてくれること。完璧なタイミングで球出しをしてくれること。素敵な写真を残してくれること。読みやすいスコアを書いてくれること。手の込んだかわいいお守りを作ってくれること。そのすべてを当たり前のように完璧にこなす姿を、私は心から尊敬しています。全力で選手のサポートをしてくれたことに感謝しているのはもちろんですが、私が何より感謝しているのは、仲良しのマネージャーたちがいつも楽しそうに騒いでいて、その明るさに私自身が何度も救われ、元気をもらっていたことです。
元気で明るいこの9人が自分の代のマネージャーで本当に良かったです。一緒に戦えたことを誇りに思います。お世話になりました。
1.2年生マネージャーは、これからも持ち前の明るさで部全体を笑顔にしていって欲しいなと思います。ずっと仲良しで頑張ってください。
3年生マネージャーには、これからは私のほうから笑顔で接していきたいと思っています。笑
両親へ
直接言うのは恥ずかしいですが、できるだけ私のまっすぐな気持ちを伝えたいので、普段通りの呼び方で呼ばせてください。
パパ、ママ。
俺、12年間、野球頑張りました。
まずは、たくさん褒めてほしいです。
そして、伝えても伝えきれない、ありがとう。
2人は常に私に寄り添い、いつもそばで私を支えてくれました。
まずはパパ。
私の野球の土台は全てパパに教えてもらいました。小学生の頃は、近くの小学校に行って、真っ暗になるまでノックをしたよね。
真っ暗でボールが見えなくなっても必死に受け続ける私に、嫌な顔ひとつせずノックを打ち続けてくれたこと、今でも鮮明に覚えています。
中学生になると、毎日のように車庫でバッティング練習をしましたね。ロープを張って、そのロープの軌道に合わせてスイングをするパパ考案の素振りとトスバッティング。トスをあげるのが少し下手なパパに文句ばかり言っていたら、いつの間にかトスをあげてくれるのはママになっていました。あの時はごめんなさい。
高校生になると、部活も忙しくなり、パパとの野球の時間はほとんどなくなっていました。それでも、キャプテンを務める私の悩みを親身に聞いてくれたり、部活で帰りが遅い私のために、いつも美味しいご飯を用意してくれていました。私はパパのご飯が大好きです。
まだまだパパとのエピソードは絶えませんが、長くなりすぎてしまうと思うので、この辺にしておこうと思います。
パパと思い出の小学校で、また一緒にキャッチボールができる日が来るのを楽しみにしています。帰省した時は、また美味しいご飯をたくさん作ってね。
次に、ママ。
ママは、本当にかっこいいです。
正直、下手したらパパよりもかっこいいと思うことさえあります。
パパもママも教員だけど、学校であった話を聞くたびに、もし自分が生徒だったらママのほうが何倍も怖いだろうな、なんて思ってしまいます。
それくらい強く、まっすぐなママは私の自慢です。
そんなママは、まだみんなが眠っている時間に起き、家族全員を起こし、全員分のご飯を作り、全員分の家事をこなしてくれていました。
そんな毎日を、当たり前のように続けてきたママの姿を思い返すと、胸が熱くなります。
そして、小学校から高校まで、毎日のようにたくさん食べる私のために、大きなお弁当を欠かさず作ってくれて、誰よりも真っ黒に汚れたユニフォームをいつもきれいに洗ってくれました。ママのお弁当ほど美味しそうなお弁当は見た事ないし、ユニフォームは他のどの部員よりも真っ白でした。本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとう。
ママには謝りたいこともあります。
小さい頃から怪我が多い私は、人一倍心配性なママにたくさん心配をかけました。本当にごめんなさい。私の野球人生も終わりが近づいています。もう心配しないでね。ママのためにも、体には気をつけようと思います。
少し長くなってしまいましたが、最後に2人へ伝えたいことを書こうと思います。
私が心から尊敬しているのは、間違いなく両親である2人です。
「尊敬する人は誰?」と聞かれたら、迷うことなく、いつも両親の名前を口にします。
そんな2人は、私が大学で野球を続ける原動力となっていました。私が大学で野球を続けようと決めた理由、それは両親です。2人に活躍する姿を見せたい。その一心で私は野球に打ち込むことを決めました。大学2年生の夏合宿で主将に立候補したのも、2人の笑顔を思い浮かべてのことです。「主将になったよ」と伝えたら、いつも私の活躍を誇らしげに喜ぶその笑顔をまた見ることができるかな?と自分からその一歩を踏み出しました。実際に恩返しができたかどうかはわかりませんが、2人が少しでも喜んでくれたなら、それだけで胸がいっぱいです。
それでも、恩返しはまだまだ足りません。
少しずつ、心を込めて返していきたいと思います。
私は2人の元に生まれたことを、心から誇りに思います。
普段は言葉にできない感謝の気持ちを、この場を借りて伝えさせてください。
ありがとう。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
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最終回に相応しい熱い文章、感涙です。
マネージャーへの想いも綴ってくれてありがとう。
えびが主将で本当によかったよ。
ここまで約2ヶ月間、ブログリレーをご覧いただき本当にありがとうございました。
本日開会した東日本選抜大会が私たち3年生にとって、最後の大会となります。
長いようで短い3年間。大好きな同期と最高の思い出を紡ぐことができたかけがえのない時間は、きっと私たちの糧となるはずです。
そして明日、東日本大会の初戦を迎えます。
2年連続の全冠に向けて、私たちの集大成で臨みます。
熱い応援、よろしくお願い致します。
3年生ブログリレー・完



