2022年7月8日、安倍晋三元総理が演説中に銃撃され、死亡する事件が起きた。犯人は山上徹也、42歳。一日たった今でもマスコミはやたらと元海上自衛隊員かなんかしか報道していないが、いくつかの取り調べに関する記事を読んだ感じでは、犯人はIQが高く、EQが低かったのが今回の事件の根本的原因だと思った。ネット記事では、犯人は偏差値68の高校に行っていたのではというものがあったが、それとは別に、犯人は頭がいいと思える言動が複数あった。
1,犯人はさりげなく対象の背後に近づき、物音立てずに非常に手馴れた様子で撃った
今回の犯人は一切物音立てず、静かにさりげなく接近したのが複数の当時の撮影動画からみれる。冷静さがうかがえ、きっと場数か訓練、もしくは何度も頭の中でシミュレーションしたのだろう。ここまで読むと、これって普通じゃない?と思うだろうが、驚くのは次の話だ。
某TV番組が取材した警備関連の人の話では、そもそも現代の警護は犯人がターゲットの名前を叫んでナイフで襲うことを一般的に想定しているといっていた(著者は”昭和かよ、あほか”と突っ込まずにはいられなかった)。恐らくそれが古くから伝わる正しい意味の確信犯というやつだろう。今回の犯人は自分の不満を一切言葉には出さず、淡々と撃っただけなのだ、ターゲットをあやめるという目的を達成するためだけに。これは目標達成能力が高いと評価せざるを得ない。
2,犯行に使用したのは手製の銃だった
まともに使える銃を作れること自体頭のいい奴じゃなきゃできない。なぜなら、バカが作ると自爆するか、精度が低くてて当たらないと推測できるからだ。精度が高かったということは、きっと手先も器用だったのだろう。そして頭の良さが伺える極めつけの出来事は犯人が”最初爆弾を作って爆殺しようとしたが、これでは殺せないと思った”と供述したことだ。自分が作った爆弾では殺せないという判断をどうやって下したのだろう。本当に検証しようと思ったら、素人的な(著者の)観点になるが、人体構造や致死に必要な力、爆発の有効範囲とかを調べて、そこから各物質の量を割り出したり、起爆装置とかも考えないといけない。そんなのバカがやったらやはり爆死するか諦めると思う。これがもしマンションの一室の中だけで行われていたのなら、恐ろしく頭が良くないと実現不可能だろう。
3,犯行動機が宗教に対する恨みと供述していた
そもそも宗教とは何か、著者が真実を教えよう、バカどもを支配するための道具だ。犯人は”安倍晋三が特定宗教団体とつながりがあると思いこんで凶行に至った”とマスゴミは報道しているが、”思い込んで”というマスゴミによる誘導(犯人が”思い込む”と言うわけないじゃん、本人の言葉を都合よく改ざんして報道するな)は置いといて、大抵、バカは宗教の本質を理解できずに信じて利用されてしまう人で、逆に頭のいい人は宗教を嫌うか、利用する側だ。これを説明すると話が長くなるから、詳細は自分で心理学を勉強してくれ。犯人は特定の宗教団体にせいで不幸な過去があり、その団体と関連があった安倍晋三を狙ったのだから、大本の動機は宗教に対する憎悪だろう。宗教を信じず、宗教による不幸を理解できたからこその動機だったと言えよう。ただし、著者からみて、動機はこれだけではないと思っている。著者が注目したのは、犯人が無職だった点だ。これまでの考察では、犯人はとても頭の良い人間だったことがわかる。なのに、無職だ。別のTV番組では、直近の派遣先会社の役員に対するインタビューがあった。内容は以下のような感じだ。
”山上(犯人)は入社当初真摯に働いていた、リフトマン(倉庫作業員)として、トラックに荷物を詰め込むとかの仕事だった”
”入社して数か月後、態度が少しづつ変わった。マニュアル通りの置き方をしなくなり、ドライバーと口論になった”
犯人が頭がいいという前提があると、この口論は以下のような経緯が推測できる
山上:このマニュアルだと効率悪すぎ、これが正しい置き方だろ
ドライバー:マニュアルと違うじゃん、マニュアル通りにやれよ
犯人は頭が良すぎた上に、周囲との協調性がなかったと推測できるのだ。本来ならいい頭を使ってバカよりも社会にたくさん貢献ができたであろう人間が、凶行に走ってしまったことこそが、この社会が抱える問題の根本的なものなのだと著者は推測している。
余談ではあるが、事件当日の夜までに、多くの政治家が”民主主義に対する挑戦だ”と言っていたが、そいつらはバカである。その時点では犯人の動機は”政治的信条以外の不満”としか報道されていないのだ。そもそも動機が政治的なやつと断定できないのなら、民主も言論自由も関係ないだろう。なにゆえ政治問題に仕立て上げた?こういってはなんだが、安倍晋三がプライベートで何やってたかなんて知らないわけだから、”民主主義に対する挑戦”と考える論理がおかしいのだ。具体的にこう考えてみよう、”民主主義に対する挑戦”とはどのようなことを指しているのか、選挙期間中に立候補者が殺されたことか?では選挙が終わればやってもいいのか?違うだろう。では、政治家が殺されたことか?なら政治家がプライベートの怨恨で殺された場合も”民主主義に対する挑戦”となるのか?なら最近ちょくちょく一般人が殺されているようだが、それは”民主主義に対する挑戦”だとなぜ誰も言わない?そして、にもかかわらずなぜ死刑制度は残っているのか?法の下・裁判所が判決云々も、政府が裁判所の人事に関与していると疑われている今、そんな平等があると誰が信じるんだ。(答え:バカが信じる)
最後に、今回の事件が発生した根本的原因は正常からはみ出た者に対する社会の態度である、というのが著者の言いたいことだ。マスゴミどものことだ、きっと犯人に凶悪なイメージを植え付ける方向で報道するだろう。しかし、これは決してただの一個人の恨みによるもので片づけてしまっていいことではない。それが分からないバカがたくさんいて声を上げるからこのような事件が発生してしまったし、日本は凋落し続けるのだ。