いつも、母親から冷たくされたり、人格否定されるような言葉を浴びせられたことばかりが思い出されます。
褒められた記憶なんて、本当にないのか?
もしかして、私が被害妄想しているだけなのでは?
そんな風に思って、心の奥を探ってみました。
そうしたら、一つだけ思い出しました。
その日も、母は不機嫌で、疲れているようでした。
わたしは「いつ何で怒られるのかわからない」と、ビクビクしていたのを今でも覚えています。
母から、パンとティッシュもらったとき、「ありがとう」と、その都度言って受け取った私に、母はこう言いました。
「いつもありがとうって言えて偉いね」
一瞬、何が起きたのかわかりませんでした。
私の何気ない言動が、いつも母の怒りを買っていたからです。
その時、なぜだかわからないけれど、涙が出てきました。
悔しいような、悲しいような、嬉しいような…。
子どもの私はその感情をどう処理していいかわからず、ただ涙をこらえていたように思います。
今、あの時の気持ちを分解してみたら、たぶん私はこう思ってたんだと思います。
ーーー
「ママは、私がママを喜ばせたくて頑張ってるときも、『余計なことをするな』って怒ってたよね。
それなのに、ただ『ありがとう』って言っただけで褒められるの?
私は、もっともっと頑張ってきたよ。
たくさん褒められたくて、たくさん我慢してきたのに。
なんで今日は優しくしてくれたの?
もっと早く言ってほしかった。
いつも優しくしてほしかった。
私、ママに優しく、愛されたいだけだったよ…」
ーーー
子どもの頃、私は母から
「出来の悪い子ども」「可愛げのない存在」
そんなふうに扱われているように感じることが多かった。
でも、本当はそれがとても悲しかった。
なんでもないふりをして、生きてきたけど、本当はたくさん傷ついてきたんだね。
ずっとその気持ちに気づかないふりをしていてごめんね。
これからは、もっとあなたに優しくするよ。
ーーー
私は無意識のうちに「自分には価値がない」と思い込んでしまうことろがある。
それはきっと、幼い頃に親から愛されることに飢えていたから。
でも、今の私はもう、子どもじゃない。
誰かに守ってもらわなくても生きていける。
たまたま、私を産んだ母が、子どもだった私を受け止めきれなかったというだけのこと。
私は「存在していてもいい」。
この世界から、ちゃんと祝福されている。
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