久しぶりにブログを書きます。
震災があって、色々思う事があって、四十九日が過ぎるまでは何となく書けなかったからです。
まずは、被災者の皆様にお見舞い申し上げます。
現在実家の宝塚に居る私は、震災で被害にあうも復興した町を長年に渡って見てきました。
勿論、私の実家の並びより下の坂の家々が瓦礫の山になっていたのも見ていた記憶が離れません。
その頃、私は千葉に住んでいました。
その二年後、宮城県の仙台市に住んでいました。
小学校を転々としていて、今では恩師一人と年賀状のやり取りのみ。
こんな時、たとえ15年前のわずかな時間を共にした友人でも、皆無事だろうか、先生はお変わりないだろうか、そんな事ばかり考えてしまいます。
そして、昨年10月。
私は東京での一人暮らしをやめ、実家宝塚に引っ越してきました。
転々としすぎて、この家で身を移して生活するのは初めてのことでした。
そして、先月。
悪夢の様な天災。
私は、自分の運の良さに感謝するしかなかったです。
17年前も、今回も、こんな形で平和な時間を過ごしていられるのは、やっぱり親のおかげだし、運命があるなら、そのおかげかもしれないと思いました。
私は新潟の震災で余震が続いていた時、千葉に住んでいました。そこで発覚したのが、自分がいかに恐怖心を持っているか。パニックに陥りやすいか。
昨年、公演中に火災が起きた時も思い出しました。今私が東京に戻っても、精神的に何もできない。それだけは今回はっきりと気づかされました。
だけど、一番長く住んだ千葉は小学校の時習ったとおりの「液状化」、浦安すごい事になってたしね。
地元の駅前は割れてるし。
今年の春、小学校、中学校と母校が吸収合併でなくなってしまう。
そんな春。
今年はお金を貯めて、冬には再び東京へ。
ずっとそんな事を考えていました。
芝居がしたいから。
でも、私にはここに居るのが良いんだ。って、言われた気がした。
運命なら、お告げの様な気もした。
皆に会いたい!!!って気持ちもあったけど、今じゃないって思った。
そんな春。
色んな思いがぐるぐるしました。
だけどね、阪神淡路の被害にあった私の周りの方々は、皆できる限りの協力をして
そして今、笑顔で毎日を過ごしていますよ。
今回の被害の規模は大きいけれど、時間はかかるけれど、最近のニュースは各地の笑顔を交換し合っているように見える。
昨日の、安藤美姫の金メダルや小塚君の銀メダル。
支援が届いた被災地の笑顔。
私が、誰かを笑顔にするには、やっぱり夢を叶える為に毎日自分が笑顔で生きる事だって、そう思い直して
今は毎日頑張っています。
さて、そんな春です。
この度、わたくし 岡 知紗冬は、芸能事務所ウインドプロダクションに所属いたしました。
大阪本町と東京青山に事務所があり、私にはピッタリでしょう?
(笑
二年間働き、一年間住まわせて頂いた青山vv
東京にはお仕事で行けることもあります♪
今はまだ、東京で暮らせるほど強くはないので、好きになってきた関西で一から頑張ってみようと思います!!
復興した町は、今日も元気ですよ~
Keep your smile.
知紗冬

















