今日、震災をきっかけに始まったチャリティーイベント「Bonin Heart Market」でした。
(過去の記事は、こちら→2012年、2013年、2015年、2017年)
今年は、参加もせず、行くことも出来ませんでした。
以前は参加して、自分の農産物や島の農産物、農産物加工品を販売担当して、その売上げを寄附していました。
でも、2年前から担当を外れました。
途中から、疑問を持ったんですね。
売上げを寄附するだけでいいのか、と。
このイベント自体、悪いとは思わないのですが、同じ事を毎年するだけでいいのかというのと、友人の話を聞いて立ち止まってしまいました。
友人は某所の震災で困ったことになっているアレの建設予定地にされているところに住んでいて、アレに頼らず、自立した生活をしようと、その地域の人達が地域の物を販売して生計を立てている事を知り、その物を友人を通じて毎年購入していました。
イベントでその物を販売するには色んな意義があると思い、友人に相談しました。
でも、友人から返ってきたのは、あまり良い返事ではありませんでした。
断られたわけではないのですが、その販売した後の寄附金の使い途に納得がいってないようでした。
内容は、その寄附金がそこの自立に使われる物でなければ、あまり賛成できない、ということでした。
簡単にいうと、寄附がペットボトルの水やカップラーメンになるのは、結局変わらないということです。それは、身体にもあまりいい影響を与えないし、環境にも良くないことを加担することで、アレを使用すること、または促進することにつながるから、ということだと、私は受け止めました。
もちろん、現地で生活を立て直そうとしている人達のサポートは必要です。
でも、アレを止めることも必要で、アレによって生活が狂ってしまった人達がたくさんいるわけです。そして、今もアレの影響で色々な問題が派生してしまっている。
アレに頼ってこれからも生活するのかを、考えなくてはいけないんじゃないか。
友人の話を聞いて、当時、なんとなくではありましたが「あー、なるほどなあ」って、納得してしまったんですね。
現地の色んな立場になったら、そんなこと言ってられないかもしれないですけど、今の私には、これからの未来を生きていく自分や自分の後の世代を事を思うと、もっと違う方法で寄附や支援ができないかと考えます。
今回も参加しませんでした、ある一つのきっかけが、今までの私をちょっと動かしました。
それは、今後どうなるかわかりませんが、1年後のまたこのイベントで、活かせるかもしれません。
そうなった時は、またご報告したいと思いますが、とりあえず出来る事は、日々、平和に普段の生活ができることに、感謝することですね。
(過去の記事は、こちら→2012年、2013年、2015年、2017年)
今年は、参加もせず、行くことも出来ませんでした。
以前は参加して、自分の農産物や島の農産物、農産物加工品を販売担当して、その売上げを寄附していました。
でも、2年前から担当を外れました。
途中から、疑問を持ったんですね。
売上げを寄附するだけでいいのか、と。
このイベント自体、悪いとは思わないのですが、同じ事を毎年するだけでいいのかというのと、友人の話を聞いて立ち止まってしまいました。
友人は某所の震災で困ったことになっているアレの建設予定地にされているところに住んでいて、アレに頼らず、自立した生活をしようと、その地域の人達が地域の物を販売して生計を立てている事を知り、その物を友人を通じて毎年購入していました。
イベントでその物を販売するには色んな意義があると思い、友人に相談しました。
でも、友人から返ってきたのは、あまり良い返事ではありませんでした。
断られたわけではないのですが、その販売した後の寄附金の使い途に納得がいってないようでした。
内容は、その寄附金がそこの自立に使われる物でなければ、あまり賛成できない、ということでした。
簡単にいうと、寄附がペットボトルの水やカップラーメンになるのは、結局変わらないということです。それは、身体にもあまりいい影響を与えないし、環境にも良くないことを加担することで、アレを使用すること、または促進することにつながるから、ということだと、私は受け止めました。
もちろん、現地で生活を立て直そうとしている人達のサポートは必要です。
でも、アレを止めることも必要で、アレによって生活が狂ってしまった人達がたくさんいるわけです。そして、今もアレの影響で色々な問題が派生してしまっている。
アレに頼ってこれからも生活するのかを、考えなくてはいけないんじゃないか。
友人の話を聞いて、当時、なんとなくではありましたが「あー、なるほどなあ」って、納得してしまったんですね。
現地の色んな立場になったら、そんなこと言ってられないかもしれないですけど、今の私には、これからの未来を生きていく自分や自分の後の世代を事を思うと、もっと違う方法で寄附や支援ができないかと考えます。
今回も参加しませんでした、ある一つのきっかけが、今までの私をちょっと動かしました。
それは、今後どうなるかわかりませんが、1年後のまたこのイベントで、活かせるかもしれません。
そうなった時は、またご報告したいと思いますが、とりあえず出来る事は、日々、平和に普段の生活ができることに、感謝することですね。