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21:式典【下】


僕はベルルを連れて王宮のサロンを抜け出し、とにかく二人で語り合える静かな場所へ向かった。

人が座っても余裕のある、噴水の縁の、大理石の平たい場所に、ベルルを座らせる。
小さな口をぎゅっと結んで、泣くのを我慢しているベルルを、そのまま僕は抱き締めた。

「ごめんよ……ベルル。僕を許してくれ……」

「……」

ベルルは顔を僕の肩に押し当て、縋る様に背の服を握った。

「ち、違うの旦時計 ブランド casio
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那様……ただ、私……びっくりしただけなの。だんだん……言い合いも強くなっていって……」

ベルルにとって、あの様に自分を囲んで言い合う大の男たちと言うのは怖いものだったろう。
それ以上に、ギルバットから色々と言われた後だ。

泣きたいのを我慢していたのだと思うと可哀想で仕方が無い。変な意地を張らないで、彼女も連れて行けば良かった。

「ベルル……」

僕は彼女の髪を撫で、小刻みに震える背中を撫でる。

「ベルル、僕は君に言わないといけないことがある。そう……本当はもっと早く言うべきだった」

ベルルは潤んだ瞳で僕を見上げ、コクンと頷いた。

「僕には学生時代まで、許嫁がいた。それが……さっきの女性、マリーナ・ノーラント公爵夫人だ」

「………」

ベルルはまた、小さく頷いた。

「マリーナは当時、マリーナ・セレノームという名で、魔術師の名家であるセレノーム家のご令嬢だった。グラシス家とセレノーム家は関係が強く、僕は幼い頃から彼女と結婚すると決められていた。でも僕は……幼い頃から決められた婚約者だったとしても、そう……彼女を愛していたんだ」

「……」

「だけど……前に話した様に、グラシス家はある事件で没落の一途を辿る事になった。そもそも婚約と言うのは、お互いの家に利益があるから成り立つものだ。セレノーム家は名家とは言え、あまり資産は無く、僕しか居ない名の落ちたグラシス家と、一族の娘を結婚させる事に何の得も無かったし、リスクも高かった。マリーナは色々な事を考えたんだろう。僕との婚約を破棄し、あのノーラント公爵の元へ嫁いだよ……」

「……旦那様との結婚を……やめたの?」

「そうだ。当時の僕には何の力も無く、彼女を引き止める資格も、勇気も覚悟も無かった。悔しくて仕方がなかったし、どうしてだという思いもあったけど、それを行動で示す気力も無かった。本当に……あの頃の混沌とした光の見えない絶望感は、今思い出しても少しキツい」

「………」

ベルルは再び、うっと瞳を潤ませ、ポロポロと泣き始めた。
僕は慌てて彼女の肩に手を置いて、「すまない、ベルル……すまない」と謝る。

「違うの……違うの、旦那様。私……少し考えてしまったの。もし、私が旦那様の立場だったら、どんな気持ちだろうって」

「……?」

「それはとても、とても悲しくて、胸の痛い、酷く恐ろしい気持ちだわ」

「……ベルル」

ベルルは自分の手で涙を拭いながら、途切れ途切れに語った。

「私だったら、絶対に絶対に、旦那様から離れない。何も出来ないかもしれないけれど、絶対に旦那様に、寂しい思いはさせないのに……っ」

僕は思わず込み上げて来た涙を押さえる為に、口元に手を当て、彼女を見つめた。
なんて娘だろう。僕を責めもしないで、ただ僕の事を思ってくれている。

ベルルの言葉を、婚約者に去られた当時の僕に教えに行きたいほどだ。

「ベルル……」

僕は、止まらない涙を拭う彼女の手を優しく取って、彼女を愛しいと思うままに、小さな唇に自分の唇を重ねた。
彼女の額に自分の額を当て、小さな手をただただ胸元で握る。

「ベルル……ベルル……っ」

彼女の名だけを何度か呼んで、確かめる。目の前のこの娘が僕の妻であると。
彼女を花嫁に迎えた自分の運命に感謝出来る。

切なさはあれど、もう過去への恨みも、マリーナやギルバットへの複雑な念も無い。全てはベルルの前に浄化される。

「ベルル……ずっと、君を守るよ。ずっとずっと、君は僕の妻だ。再び誓おう……」

「旦那様……っ」

僕はベルルの前に片膝を付いて、彼女の手を取ってその甲に誓いの口付けを落とす。
ベルルは頬を染め、口元にもう片方の手を当て、いまだにウルウルと瞳を揺らしていた。

「ベルル……愛しているよ。僕が今、心から愛しているのは君だけだ。信じてくれ……っ」

「………」


僕の言葉に、ベルルは一瞬固まった。
そして、じわじわと瞳を見開き、瞬きもしないで涙を一筋流す。

そうだ。僕は今まで彼女を“愛している”と言わなかった。一度もだ。

「………うう~……っ」

瞳をぎゅっと閉じて、絞り出す様な弱々しい声。
そして僕は悟った。
彼女はずっと、この言葉を待っていた。でも、決して期待していなかったのだ。

思い当たる節がある。
今までの彼女は、何か言おうとしてやめた事が何度となくあった。彼女は僕に「私の事、好き?」と聞きたかったのだろう。
愛は当然伝わっているものだと、僕は勘違いしていた。自惚れていた。

ベルルはずっと、それを聞く事すら我慢して、ただただ僕にひたむきな愛情を捧げてくれていたのに。

「……旦那様、旦那様……大好き……大好き……っ」

「……ベルル」

何度も大好きと言って、僕に絶え間なく伝えようとしている。
僕はそんなベルルが、健気で可愛くて、どうしようもなく自分を愚かだと思った。

「ベルル……ベルル、すまない。僕は本当に愚かだ。何でもっと早く、言葉にできなかったんだろう……っ」

僕は自分の愚かさに懺悔し、彼女の手の上に、自分の手のひらを重ねた。
見つめ合い、再び自然と顔が近寄っていた、とてもムードのある瞬間である。


「おい、いい加減にしろよハゲ」


後ろから頭部に猛烈な痛み。

「いったあああ……っ!!」

何とも言い様の無い声が出て、僕は思わず振り返った。
そこには青い子鹿が。こいつ、髪を食いちぎったな!!

不安にかられ後頭部を撫でるが、まあそれほどの被害は無かった模様。

「こ、こらサンちゃん!! 何て事するのっ!! めっ!!」

ベルルも流石に、涙が引っ込んだ様だ。
僕越しにサンドリアさんを叱りつけたが、サンドリアさんは側の噴水の水にバシャンと入ってしまって、姿を隠した。
流石水の魔獣……

「もう、ごめんなさいね旦那様、ベルル様」

足下には、白い子犬が。短いしっぽをフリフリしながら、つぶらな瞳で僕らを見上げていた。

「お兄様ったら流石に我慢出来なかった様ね。私、これでも一生懸命止めていたんだけど。せっかくのムードが台無しね」

「マ、マルさん……もしかしてずっと見ていたんですか?」

「当たり前でしょう? 私たち、ずっとベルル様を見守っているんだもの。旦那様とベルル様が、あんまりいちゃいちゃしているから、お兄様とうとうゲート蹴破って出ていちゃったわ」

「………」

あああああああ。
いきなりとんでもない恥ずかしさが。
マルさんのその何を考えているのか分からないつぶらな瞳が怖い。一連の流れをずっと見られていたのか……。

「……ふん」

サンドリアさんは噴水を一泳ぎした後、その水の中からぴょんと飛び出して、身を震う。
ベルルはふと何かに気づき、サンドリアさんの側に寄って行って、毛並みをまさぐる。

「あ、ほら見て。妖精よ」

ベルルは毛にくっ付いていた小さな妖精を見つけたようだった。
プニプ二した、クラゲの様な透き通った妖精で、なぜか「チュンチュン」と鳴いた。

「水性の妖精か。あまり見た事が無いな」

「きっと噴水の中を泳いだ時に、サンちゃんにくっ付いてきたのね」

ベルルはその妖精を手のひらにのせたまま、庭の草花をむしって、妖精のおやつを調剤した。
手のひらいっぱいの色とりどりのお菓子を持って、再び僕の元へ戻ってくる。

「おやつをあげるのかい?」

「うん」

ここら辺にはあまり妖精はいないのか、ベルルのおやつに群がる妖精は数えられる程度であったが、それでもちょこちょことやってきてはおやつを持って逃げたり、その場でかじり始めたりした。

僕はそのおやつの中で一際大きなものを見つける。
今までベルルの調剤したおやつには見ない、黒く大きな塊であった。まるで黒曜石のような。

「ベルル、良かったらこれ、僕にくれないか? 今までのものと毛色が違う様だし、調べてみるよ」

「良いわよ。でも、失敗作かもしれないわよ?」

「それならそれでも良いよ。黒くてキラキラしていて、綺麗だし。まるで君の髪の色の様だね」

「まあ、旦那様ったら……ふふ」

ベルルは眉を八の字にして、クスクスと笑った。
僕はその黒い妖精のおやつをズボンのポケットに収めつつ、彼女の笑顔から目を逸らす事は無かった。




ゴーン……ゴーン……ゴーン……


大聖堂の鐘が、日をまたぐ0の時間、この王都に鳴り響く。
しかし今日の鐘の音はいつものものとは意味が違う。新年の鐘の音だ。

「新しい年だよ、ベルル。きっと、沢山の人が、この時間を祝っている」

「……新しい年……」

その、めでたいはずの瞬間。

目映い程の光の帯びが真夜中の空を駆け巡り、唸る様な大きな音が響いた。
僕もベルルもその空を見上げ、一瞬言葉を失う。

「………」

「なんだ……あれは……っ」

雲の流れの美しい夜のはずであった。
上空は禍々しい魔力の流れの様なものに満ちあふれ、闇がいっそう濃く見え、でも光の帯のせいで明るくも見える。やがてその細長い光の帯は、集結し複雑な魔法陣を、大小なりに複数描いた。

そう、僕が今まで見た事も無い様な、情報量の多い細かな魔法陣が、王宮の上空に出現したのである。
ベルルは不安そうに僕に身を寄せた。

やがて異変に気がついた王宮が、ガヤガヤと騒がしくなっているのに気がついた。
やはりこれは、あらかじめ準備していた仕掛けでも何でもなく、予期せぬ事態。


マルさんも、サンドリアさんも、いつの間にか大魔獣の姿になっていて、空を睨んでは魔力を研ぎすませている。
この二匹のピリピリとした魔力には緊迫感があり、僕は頬に一筋汗を流す。

そして一言、サンドリアさんが声を低くして呟いた。
あれは“ゲート”だと。