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ローク様の言う通り、王宮の側の芸術展の入口で、見覚えのある小さな女の子を見つける。
黄色いドレスを着ている、黒い巻き毛の大変な美少女。これは僕の妻ですか?
「ベルル!!」
「旦那様!! 旦那様あぁ~っ!!」
ベルルは僕を見つけると、両手を広げ、涙目で僕の方へ駆けてきた。
僕もそんなベルルに駆け寄り、抱きとめる。
「ゴメンよベルル、僕が不注意だったばかりに……っ」
「旦那様~っ、良かったわ、会えて良かったわ!!」
ベルルは僕にひしと抱きついて離れようとしない。
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刻みに震えていて、ひっくひっくと泣いているのが分かる。きっととても不安だったのだろう。
マルさんがベルルの足下で僕らを見上げ、ニヤニヤしている。ローク様が僕の背中をちょろちょろ這って、地面に降りてマルさんに何やら目配せしていた。
ベルルは肩を上下させ、なかなか涙が止まらないようだった。
「ごめん……なさい……っ。あ、安心しちゃったから、涙が止まらないの」
「良いんだよベルル。心細い思いをさせたね……本当にすまなかった。でも、無事で良かったよ」
僕も優しく彼女を抱き締め、大きく息を吐く。
本当に、何かあったらどうしようかと思っていた。
彼女が無事で何よりだ。
展示会場の入口付近だったにも関わらず、周囲の目を気にせずそのようにしていたら、突然「ちょっと!!」と声をかけられた。
高くツンと響く声を、僕は知っている気がして顔を上げる。
「こんな所でいちゃこらしないでちょうだい!! あんたそれでもグラシス先生なの!! だ、誰よあんた……」
「………あ、え? ニコレッタじゃないか……」
腕を組んで偉そうにしている目の前の少女に、僕はかつて魔法薬学を教えていた事がある。
ニコレッタは王宮魔術院の院長の孫娘だ。院長にどうしてもと言われたのと報酬が良かったので、僕はそれを引き受けていた。
ベルルはパッと顔を上げる。まだ少し潤んだ瞳をしていたけれど、僕に言いたい事があったようだった。
「旦那様あのね、ニコちゃんが助けてくれたの……。怖い男の人たちから」
「……え?」
ニコレッタは抱きついて離れない僕とベルルに対し、奇妙なものでも見ている様な視線を向けていた。主に僕に対するイメージが崩れたと言う意味で。
しかしベルルにそのように言われ、説明する。
「祭りで浮かれた男たちに絡まれていたのよベルル。だから、私がちょちょっと脅しただけ。まさかグラシス先生のお嫁さんだなんて思っても見なかったわよっ。そもそも先生が結婚しているなんて、私知らなかったし」
「……そ、そうだったのか。ありがとうニコレッタ。妻が……その、世話になった」
「………うわー………やっぱりグラシス先生、結婚したんだ……」
照れながら「妻が」と言う僕に対し、ニコレッタはいっそうのけぞって青ざめる。
彼女にとって、僕はスパルタ家庭教師でしかない事は、僕自身良く分かっている。
「ニコレッタ、久々に会ったね。最近どうだい? 学校での勉強は頑張っているかい。魔法薬学の調子は?」
「……!? ま、魔法薬学なんて、別に研究室に入る訳じゃ無いんだから、出来たって意味ないわよ……」
「………」
世間話を振ってみたが、彼女は魔法薬学について触れられるとゴニョゴニョと言葉を濁す。
ああ、まあ……上手く行ってないんだな。
「ふん、もう学校に入学してしまったんだから、私の学力に関して先生にとやかく言われる筋合いは無いから! ……じゃあ、無事に出会えた様だし、私はこれで」
ニコレッタが、これ以上僕に何かを聞かれる前に先手を打ち、逃げようとした時だ。
ベルルが「待って!」と言ってニコレッタを呼び止める。
「ニ、ニコちゃん……今日は本当にありがとう。私、どうして良いか分からなくて途方に暮れていたけれど、ニコちゃんが助けてくれたから、こうやって旦那様とまた会う事が出来たわ。……ニコちゃん、また会える?」
「………」
ベルルが彼女に駆け寄って、手を取ってそう尋ねた。
ニコレッタはとても驚いた顔をしていたけれど、僕はベルルに同年代の友人が出来る良いきっかけなのではと思って、一つ案を出した。
「そうだ。今回のお礼をさせて欲しいニコレッタ。今度、グラシス家へお茶においで」
「それは素晴らしいわ!! 旦那様、素敵ね!!」
ベルルは僕を見上げ、嬉しそうにぴょこんと飛び跳ねる。
どうやらベルルは、ニコレッタともっと親密になりたい様だった。
ニコレッタはいきなりお茶に呼ばれ、何やら頬を赤らめていた。
「べ、別に……そんな大した事した覚えは無いけど。まあ、グラシス先生が私の勉強についてとやかく言わないって言うなら、お茶くらい行っても……良いけど」
「どれだけ僕にトラウマがあるんだい君は」
まあ、厳しく勉強を教え、多くの課題を出した事は事実であるが、それほど彼女が魔法薬学を苦手としていて、成績が壊滅的であったと言う事だ。院長の頼みであったし、その頃の僕は非常に冷めた男だったので、結果スパルタ教育になってしまった。
ニコレッタは肩より少し長い、濃い色のまっすぐな金髪を豪快に払って、照れ隠しか何か知らないが「もう行くわ!」ときびすを返し、カツカツ靴を鳴らして遠ざかっていく。
少し離れた所に彼女のじいやが居て、こちらにぺこりと頭を下げた。
「あ……お茶の日程が決まったら……う、うちに伝書を送ってちょうだい」
しかし格好良く去ったと思ったら、ニコレッタは途中振り返ってこう言う。
やはりまだまだ若い娘だ。ニコレッタは口が悪く豪快で、素直ではないが、悪い娘ではない事を僕はちゃんと知っている。
ベルルとはきっと、相性が良いと思うのだ。
ニコレッタと別れ、僕らは芸術展の展示を見る前に、展示会場の外のベンチで休憩をした。
ベルルを一休みさせてあげたかった。
ニコレッタに対し笑顔を向けていた彼女であったが、やはりどこか元気が無い様に思った。
「ベルル、疲れただろう? 酔っぱらいに絡まれたと言っていたけれど、他には何も無かったかい? 僕とはぐれてから……」
「……うん」
ベルルはそう言いつつも、ベンチに座ったまま、僕の腕を取って体を寄せる。
「……旦那様の腕」
「そ、そうだね」
何を思ったか、ベルルはポツンとそれだけ呟いて、僕の腕に頬をぴったりくっつける。
どこか弱々しい瞳を僕に向け、またぎゅっと腕を抱き締める。
「私ね、人ごみの中で、たった一人になっちゃった時、凄く怖かったの。とても賑やかで皆楽しそうで、華やかな音楽が流れていて、美味しそうな匂いに包まれていたのに。どこを見ても旦那様は居ないし、誰も私の事を知らない……。右も左も分からなくって、私、こんな時、どうして良いかも分からなかったの。とても恐ろしい事だと思ったわ……私、一人じゃ本当に、何にも出来ないの……」
「……ベルル」
「マルちゃんが側に居てくれて、ニコちゃんが助けてくれたから、旦那様と会う事が出来たけど……」
ベルルはゆっくりと語りながら、またじわじわと目に涙を溜める。
「どうしたんだいベルル。もしかして、どこか怪我でもしたんじゃ……」
「ち、違うの旦那様」
ベルルは自分の手首を見て、とても悲しそうな顔をした。
どうしたのだろうと思って彼女の手首を見た。やはり怪我でもしているのか。
しかし、特にそう言った跡もなく。ただ、いつもあるものも手首には無かった。
「……旦那様、ごめんなさい……っ、私、私、せっかく旦那様に買ってもらった空中伝書の腕輪、どこかに落としちゃったの。だから、連絡も取れなくって……」
人ごみに揉まれ、ベルルの細腕から、伝書用の腕輪が抜け落ちてしまったようだった。
ベルルは僕に伝書を送ろうとしたらしいが気がついたら無かったんだとか。
それを探している途中、酒に酔った男たちに絡まれ、ニコレッタに助けられたらしい。
「そんなのはまた買ってあげよう。凄い人ごみだったんだ、仕方が無いよ」
「でも……でも、今まで旦那様に貰った伝書、もう読めないのよ? 無くなっちゃったのよ……っ、私、旦那様が居ない時に、いつも読み返しているのに……」
ベルルは段々と悲しくなってきた様で、少しずつ少しずつ、表情を歪めていった。
確かに僕も、ベルルからもらった伝書が全て消えてしまったら、一日二日は寝込みたい程ショックな気がする。
ベルルがあんまり悲しそうに泣くので、僕も段々と辛くなってきた。
どうしようか。落とし物として、どこかから出てくる事が無いだろうか。
僕がベルルの頭を抱え、優しく撫でていた時、目の前に大粒の雫がピチョンと落ちて地面を僅かに濡らした。
「おい」
その濡れた部分がきらきらと青白く光ったかと思ったら、ぶっきらぼうな声が聞こえ、いつの間にやら人型のサンドリアさんが僕とベルルの前に立っていた。
どこか服や髪が、ボロッ、シナッとしていて居る気がする。角飾りがずれ、角が変な方向を向いている様な……
「ん」
サンドリアさんはベルルに、無くしたはずの彼女の腕輪を渡した。
そう言えば、今更なんだけどサンドリアさん居なかったな……
「お兄様おっそーい!! ベルル様をこんなに待たせて、それでもベルル様の魔獣なの?」
「今夜は鹿肉のステーキか」
「あら美味しそうねロークお姉様」
愛らしい子犬姿のマルと、その白い毛並みの上にちょんと乗っている黒トカゲのローク様が、サンドリアさんに対し愛のある(はずの)辛辣なもの言い。
サンドリアさんは涙目で「俺だって頑張ったんだからな!!」と。
「……サンちゃん、出てきてくれないと思ったら、私の腕輪、探してくれていたのね」
「ベルル様が……それが無いと悲しそうにするから」
サンドリアさんは少々唇を尖らせ目を逸らしがちに。
ベルルは嬉しそうに腕輪を見つめ、サンドリアさんの頭を撫でた。
「ありがとうサンちゃん!! サンちゃんは本当に良い子ね!! そんなにボロボロになっちゃって」
「………別に、このくらいなんて事……」
照れつつも嬉しそうに頭を撫でられるサンドリアさん。
この時ばかりは、僕もサンドリアさんに感謝した。
「ありがとうございますサンドリアさん。ベルルの腕輪を見つけてくださって」
「うっせーおめーのためじゃねーよ」
「………」
しかしやはり、僕に対してはいつもの通り可愛げの無い態度。
代わりにローク様が僕の肩に登って、マルさんが膝の上に居座ったけれど。
「あのね旦那様、サンドリアお兄様はもの探しが得意なの」
マルさんが愉快そうにそう言って僕を見上げる。
「あの角、探査機になるの。便利な鹿でしょ?」
「ああ……なるほど」
僕はサンドリアさんの角の飾りを見上げポンと手を打つ。そう言えば前に魔法道具だとか何とか言っていた気がする。
「便利な鹿って……」
サンドリアさんはマルさんの物言いにげっそり。
どうやら角は、魔力の流れを敏感に捕えるものらしい。
ベルルの腕輪の魔法結晶の波調を覚えていたサンドリアさんは、それをあてに腕輪を探してくれたようだ。
「旦那様!! 見て、腕輪よ!!」
ベルルが嬉しそうに、それを僕の目の前に掲げる。
そして、確かめる様に自分の伝書を開いてみる。
「……あら、沢山新しい伝書が届いているわ」
ベルルは驚いた様に目をぱちくりさせ、順番に伝書を開いていく。
「まあ、旦那様からだわ」
「あ……そうだ。君がどこに居るのか、伝書を送ったんだった……」
思い出して、彼女の新着伝書を順番に覗く。
『ベルル、大丈夫かい? どこにいるか分かるかい? すぐに向かおう』
『ベルル無事か? 大変な事になっていなるんじゃないか? 側に何か特徴のある建物はあるかい? すぐに行くから!!』
『ベルルウウウううううう!!! どこだあああああっ!!!』
僕は自分が先ほど送ったはずの伝書を見て、とんでもなく恥ずかしくなる。
なんだこの焦り様。特に最後のは自分も送った内容を忘れていたくらいだから、相当動揺していたんだろうな…
「まあ、ふふ、旦那様ったら……。旦那様も、寂しかったの? 私に会いたかった?」
ベルルが僕を見上げ、何やら期待を込めた瞳である。
「え? あ、ああ……そりゃあ……君に何かあったらどうしようかと思って……」
頭をぽりぽり掻きつつ、照れつつ。
ベルルは伝書を閉じると、なぜかベンチから立ち上がって僕の後ろにまわる。
「……?」
そしていきなり、僕の目をその小さな手で隠す。
「だーれだっ」
「………??」
謎の行動だ。ベルルが目隠ししたと言うのがまるわかりの状態であるのに。
「……ベルル?」
しかし僕は一応、それをベルルだと答えた。
するとベルルは鈴の様な声で嬉しそうに笑って僕の首に抱きつく。
「そうよ、私よ旦那様!! ベルルよ!!」
彼女は僕の頬に自分の頬をくっつける。
そしてまた聞いてくるのだ。
「旦那様、私が居なかったら寂しい?」
「……当然だ。心細かったよ」
「本当?」
「ああ。泣きそうだった」
これは本当の事だ。僕はパニック状態で正直涙目であった。
ローク様が脇から「全くその通りだな」と呆れた様に呟いた。
「旦那様、私もよ。ほんの少しはぐれただけで、あんなに寂しいのね。旦那様がどこにいるか分からないと言うのは、とっても苦しい事よ……」
「ベルル……」
か細い彼女の腕が、ひしと僕の首元を抱き締める。
魔獣たちは空気を読んで、いつの間にやら魔界へ帰ってしまっていた。
僕は彼女の手に自分の手を重ねる。ベルルが無事で良かったと言う安心感にどっと襲われながら、彼女をちゃんと見て掴んでおかなければ自分が不安で仕方が無いなと痛感した。ベルルはそれを苦しいと表現したが、確かも僕も、彼女がどこに居るのか分からず苦しかった。
そしてやはり、“迷子になった時にすること気をつけること!”をちゃんと決めて、ベルルに教えておかなければなと思った。
ただの迷子、されど迷子である。
僕の妻はそこらの子供より、ある意味世間知らずなのだから。