*大物
博覧会の二日目、僕はベルルと共に王宮芸術家たちによる展示に訪れようと思っていた。
妖精ゼリーの薬を作る際、宮廷画家のフィオナルドには大きな世話になったし、ベルルも絵を描くのが好きだから、ぜひ鑑賞しに行こうと言う事になったのだ。
僕はあまり芸術に精通していないけれど、芸術を嗜む余裕くらい持っていたいなと考える様になった。
主に昨日、ベッドの中で。
「ベルル、大丈夫かい……っ?」
「旦那様~旦那様~っ」
凄い人ごみであった。
二日目と言う、メインのイベントの多い賑やかな日である。
展示会場まで色々な露店や催しを見ながら、徒歩で向かっていたら、勢いのある人ごみに遭遇し揉まリーバイス 503
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れてしまった。
僕はベルルの手をしっかりと握って、彼女とはぐれない様肩を抱く。
どうやら、この国の王子夫妻が居た様で、国民はその姿を一目見ようと集っていたようだった。
とにかくどうにかして人ごみから出なければならない。
小さなベルルが、まるで大海の中心で溺れた様にアップアップになっている。可哀想だ。
「ぷっは」
「やっと抜けた……」
人の群れから逃れ、僕とベルルは大きく空気を吸った。
ベルルは以前程人ごみを恐れなくなったとは言え、今回のもみくちゃには流石に驚いている。
「すまないなベルル。まさかこんな人だかりにぶつかるとは」
「……いいえ。でも……すっごく人が多いのね。び、びっくりしちゃったわ」
ベルルは僕の腕を抱き締める様にして、少々びくついている。
展示会場までの途中、ある小物の露店をベルルは気にした。
「……何か気になるものでもあるのかい?」
「見て旦那様。これ、綺麗ねえ」
ベルルが指差すのは、赤い薔薇を象ったブローチ。
しかし僕は首を傾げる。これは彼女の趣味とは少々異なる様な気がしたのだ。
「……これ、とてもオリヴィアさんに似合うと思うの。何だかオリヴィアさんって、情熱的な、真っ赤な紅色って言うイメージなの!!」
「ああ……なるほどそう言う事か」
ベルルはその小物を見て、オリヴィアの事を思い出しているようだった。
「私、これを買ってオリヴィアさんにプレゼントするわ!! 以前、お化粧水を貰ったお礼に」
ベルルは良い事を思いついたと言う様にポンと手を打って、自分のポシェットから財布を取り出す。
彼女には毎月小遣いを与えていたが、基本的に一人で出かける事が無いので、お金が貯まってしまっていると言っていた。
僕と出かけると大概僕が買ってあげてしまうからな……。
「ぼ、僕が出すよ……」
「駄目よ旦那様!! これは私がお礼として買うのっ!! ……と言っても、私も旦那様から頂いたお金なんだけど……」
「別にそれは気にしなくて良いんだ。君は毎日、僕の弁当を作ったりサフラナの家事を手伝っているだろう?」
ベルルは少々照れていたが、いそいそとそのブローチを露店商に渡し、包んでもらう様頼む。
この国のデザインと言うよりは、少し異国風の装飾が施されている、ガラス細工のブローチであった。
それほど高価なものではなかったが、ベルルにとっては自分で買う、初めての大物と言った所か。
「ねえ旦那様、オリヴィアさんには、いつ会えるかしら」
ベルルは自分で買ったそのブローチの包みを、少しの間掲げて見ていたが、大事そうにポシェットに仕舞う。
「そうだな。今日、芸術院の展示を夫婦で見に来ると言っていたから、運が良ければ会えるかもしれないな」
「ああ~っ。早く渡したいわ!! 喜んでくれるかしらっ」
ベルルはとてもワクワクしていた。その様子を見るのは、僕も嬉しい。
彼女に、家族以外にも交流を持ちたい人物が居ると言う事が、とても嬉しいと思う。
オリヴィアには何かと僕ら夫婦の事、ベルルの事を気にしてもらっている。感謝しないといけないな。
町の広場で、大道芸人が何やら芸を披露していた。大きなボールに乗って、器用に飛んだり跳ねたりしている。
僕らはそれを見ている客の集団に再び遭遇し、足止めされてしまったのだ。
「ああ……ここも人が多いなあ」
「旦那様、お祭りってとても人が多いのね」
「今年は特に多い気がするよ。ベルル、少し遠回りになるけれど、裏道から行こうか」
「ええ!」
ベルルがホッと安心した様に、僕の方へ寄って来た時だった。
どっと、人ごみが動いたのだ。いったい何事かと思ったが、それよりベルルがもみくちゃにされている!!
「ベルル!!」
「旦那様あ~~!!」
ベルルが人ごみの流れに流されるまま、僕から離れていってしまった。
まずいと思ってその群れをかき分け彼女を捜すが、小さな彼女はもう見えず、僕も前へ進む事が出来ない。
「ベルル!!」
慌てて名を呼んでみたが、返事も無かった。
「ああああああ、ベルルとはぐれてしまった!!」
僕はベルルを探して、人ごみの向かった方向へ行ってみたが、やはりベルルを見つける事が出来なかった。
完全に彼女を迷子にしてしまったのだ。
伝書を何度か送ってみたが、返事は無い。
それがまた僕の不安を煽る。
「ローク様!!」
建物と建物の間に入って、宙に六角形を描く。
するとその六角形の中から、赤と黒のドレスを着た黒髪の妖艶な美女が出てきた。
あれ、何か今日は完全に人間らしいと言うか、貴婦人風である。いつもは若干露出の多い足をむき出しにした格好なのに。
「何だ小僧。呼ぶのが遅いでは無いか。祭りに行く準備はできていたと言うのに」
「いやいやいや、ローク様それどころじゃないんです!! ベルルが迷子に!!」
「………何?」
彼女はいきなり周囲の空気を変え、額に筋を作った。
そして僕の胸ぐらの服に掴み掛かり、壁に押し当てる。
「おい小僧。何をたわけた事を言っている? お前と私の契約内容を覚えているか? ベルル様をお守りするのがお前の役目だったはず……」
「わわわわ分かってます!! 本当に迂闊だったと自分を殴りたいです」
僕は冷や汗たらたらで、手を前にして謝る。
流石のローク様も、今ここで僕を叱り倒している場合ではないと思ったのか、舌打をしてすぐに手を離してくれた。
「もし、あなたにベルルの居場所が分かるのならと思って」
「……妹たちの居場所なら分かるとも。ベルル様が心細い思いをしていたら、必然的に呼び出すだろうからな」
彼女はその鋭い瞳で空を仰いだ。
「ほお……マルゴットだけ呼び出されている様だ」
ローク様は「こっちだ」と言って、路地をずんずん進んでいく。
先ほど離れ離れになった広場からは随分離れてしまって、僕は若干不安であったが、ここはローク様を頼るしか無い。
きっとベルルは心細い思いをしているに違いないから、すぐに見つけてあげなければ。
「ああああ、ベルルは可愛いから、酒に寄った男共に絡まれていたらどうしようか。こういった祭りの場は、皆浮かれているから……僕が彼女をちゃんと掴んでいなかったから」
「落ち着け小僧。マルゴットが居るのだ。大事にはなるまいよ」
ローク様は案外落ち着いていた。妹のマルさんを信用しているのだろう。
僕だけが焦りや後悔を口にしている。
しかしいくらマルさんがついているからと言っても、ベルルは人ごみが苦手だし、王都にも詳しくない。
迷子になった時の集合場所くらい決めておくんだった!!
「おや……ベルル様が猛烈なスピードで動いたな……」
「……どういう事だ」
意味が分からない。ベルルはそんなに足は早くないが。
「きっと馬車かなにかの乗り物に乗ったのだ」
「……そ、そんな……」
僕の中の不安が一気に大きくなり、青ざめた。
もしや、よからぬおじさんが親切を装い、彼女を馬車に連れ込んだのではないだろうか。
ベルルが攫われてしまう。
「反対方向へ向かっているぞ。我々の足では追いつけないな」
「どうしようどうしよう。ベルルが見知らぬ人の馬車に乗るなんて……。知らない人にはついて行かない様にと、ちゃんと言っておくんだった!!」
「黙れ小僧!!」
ローク様は呆れ返った様にため息をついて、ボワンと黒いトカゲの姿に変わり、壁をちょろちょろと這って、上から方向を確認した様だ。
「……王宮の方向だ。あちらに何かあるのか?」
「………」
僕は頭を抱えていただけだったが、ローク様のその言葉に、ふと思い当たる事があった。
「まさか……王宮芸術院の展示か?」
王宮の側の展示会場に、僕らは向かっているはずであった。
もし、ベルルが誰かに行きたい場所を伝え、そちらへ向かっているのなら……。
「ローク様、多分ですが、ベルルは展示会場に向かっています。彼女はこの王都をほとんど知らない。目的地を言うなら、きっと展示会場だと思うんです」
「……ほう。ならば、そちらへ向かうまでだ」
ローク様はトカゲ姿のまま、僕の肩に乗った。
「あれ、もうトカゲのままですか?」
「……人ごみを割って歩くのはお前の仕事だ。私は悠々とここからベルル様の居場所を感じ取っていよう」
「………」
つぶらな瞳の黒いトカゲ。
まあトカゲの重さなんてそれほど無いから良いのだが。
僕はとにかく急いで、ベルルの向かった方向へと足を向けた。
人ごみの勢いが相変わらず凄かったが、一刻も早くベルルを見つけてあげなければと言う思いだけで、それを掻き分け進む事が出来る。
まるで、逆流に逆らって川を泳いでいる様な気分だった。