*8話連続で更新しております。最新話の始めは「22:遺跡」になります。
ご注意ください。
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26:兄妹
結局、ローク様はスペリウスに大勝利しホテルに戻ってきた。
ついでにミネさんとノーゴンさんも一緒に帰ってきた。
「まあ、ロクちゃんったら怪我しているわよ? あれ、おミネちゃんとノーちゃんも、どうしてここにいるの?」
当然、ベルルは驚いている。
ローク様は、白金の毛並みに黒い模様のあるの小さなトラ猫の首根っこを摘んでいた。
「これがスペリウスのちっさいバージョンだ。見よこのつぶらな瞳を。愛らしい子猫じゃないか」
「あっ、あんたなんてちっぽけなトカゲのくせに!! おもちゃにして弄んであげるわ!!」
スペリウスはナイキ
ナイキ acg シューズ
ナイキ air
子猫の姿でもキーキー甲高い声を上げていた。
ベルルには話しておいたのだが、やはりスペリウスやこの子猫が、あのペリーヌであった事が信じられない様だ。
「ペリーヌちゃんは、スペリウスちゃんだったのね? スーちゃん? スペちゃん?」
「ベルル、スペちゃんは無いと思うよ」
「なら、ペリーちゃんで良いわよね? だって、スペリウスちゃんと呼ぶよりは可愛いもの」
案外適当なベルルのネーミング。そして結構失礼な事を言ってのけた。
スペリウスは若干イライラしていたが、ローク様に首根っこをつままれどうしようもないと言う感じで、ただぶらんと宙に浮いていた。
「あう~~~お兄様~~~~」
しまいには泣き出した。子猫の姿なのでとても可哀想に思える。ペリーヌやスペリウスには大変な目に会わされたのに、この子猫の愛くるしさは卑怯だな。
「あの、ローク様……結局、テオルさんは現れましたか?」
「いや……どこにも」
「そうですか……」
テオルさんはどこにいるんだろう。
僕たちに、不思議な手紙と鍵を残して。
「あのローク様、もう、スペリウスを解放しても良いのでは?」
「はあ? 小僧、何を言っている。こいつは危険だ!! また、妙な企み事をするに違いないぞ」
「そうは言っても……何だか可哀想ですし」
スペリウスはこんな時に限って、愛らしくニャーと鳴いた。
ベルルが「まあ可愛い」と言ってスペリウスの頭を撫でようとしたが、シャーと威嚇されてしまった。
スペリウスはなんでこんなにベルルを毛嫌いするんだろうな。東の最果ての国で何かあったのかな。
ローク様は大きくため息をついて、スペリウスを離した。
するとスペリウスは僕の足にするりと身を寄せるのだ。
「なんで旦那様にはすりすりするのっ」
ベルルがまたぷうっと頬を膨らませた。可愛いなあ。
ローク様も若干キレている。
「おいスペリウス。解放してやったんだからとっとと失せろこの雌猫が。そいつは私の下僕だ。勝手に匂いをつけてるんじゃない」
ローク様の怒り方はとても可愛いと思えるものではなかった。以前は対等とか何とか言っていたのに、僕は既に下僕にまで成り下がっている様だ。
スペリウスはクスッと笑うと、そのままスッとテラスへ出て、音も無く消えてしまった。
だけど、ローク様はただスペリウスを解放した訳では無い様だった。すぐにミネさんに目配せする。ミネさんは小さく頭を下げるとノーゴンさんと共に部屋を出て行った。
「……後を、追うんですか?」
「ああ。少し気になる事があるんでな。ミネに調べさせる」
「気になる事とは……テオルさんの事ですか?」
「……そうだな」
「彼はいったい、何者なんでしょうか……。ローク様は知っているのですか?」
「……」
ローク様は深刻そうに瞳を細めた。
ボフンと音を立て、マルさんとサンドリアさんが現れる。
マルさんは少しばかり青ざめていた。そう言えば、スペリウスが苦手とか言っていたな。
「あの青年が何者なのかと言うのは、ある程度確信している。東の最果ての事情に詳しく、妖精の申し子……ウラナスと同行していたとなると、答えは一つだ」
「……?」
ローク様はベルルを見つめていた。そして少しだけ、彼女にしては珍しい、悲しそうな表情をする。
「おそらく、あのテオルという青年は、ベルル様の“兄”に当たる方。旧魔王様と、ベルル様の母である妖精女王の間に生まれた、もう一人の子供だ。一度気がついてしまえば、面影はいくつでも見つけられる」
「……え?」
僕は勿論の事、ベルルは瞳をゆっくりと見開き、ローク様の言葉に戸惑っていた。
マルさんも、サンドリアさんも、視線をどこでもない場所に向けている。
でも、僕は思い出す。テオルさんを、誰かに似ていると感じた。
今ならそれが、キュービックガーデンの中で出会ったベルルの母である、あの妖精女王だと分かる。
淡く薄い金髪は、まさにそうだ。そしてあの青い瞳は、ベルルと同じ色だった。
翌日の午後。
照りつける太陽の下、僕たちは再び海で遊んでいた。
ただ、僕は色々な事を思い巡らせていて、パラソルの下のビーチチェアに座りぼんやりとしていた。
結局、テオルさんがベルルの兄であるという以外、ローク様が教えてくれる事は無かった。きっとベルルの記憶の事を気にしているのだろう。
「旦那様~ボールを取ってちょうだい?」
「……」
ベルルは思いの外元気に、魔獣たちと遊んでいる。
僕は転がってきたボールを拾って、ベルルの方に投げた。
ベルルはそれをパッと受け取って、元気よくまた海へ駆けていく。
「……ローク様」
「何だ」
隣のビーチチェアで悠々とくつろいでいるローク様に、思いきって聞いてみた。
「あの、テオルさんたちは、結局何者であり、何がきっかけで、妖精ゼリーなんかを作ったんですか。いったい、何が起こっていると言うんです。……僕は上手くまとめる事が出来ません」
「……お前には関係の無い事だ」
「そんな事はありません。ベルルは僕の妻だ。妻の故郷で起こった事や、今もまだ続いている事は、いずれベルルを厄介な事に巻き込みかねない。僕は、知るべきだ」
「……ほお。言うじゃないか、小僧」
ローク様は瞳を細め、意味深に微笑んだ。
ビーチチェアの上で、横向きに寝転がり、僕を見る。
「ならば少しだけ教えてやろう。旧魔王様は、お子様が二人いた訳だが、その一人がベルルさまで、もう一人がいわずもがな、あのテオルという青年だ。今はそう仮定しよう。……本名は他にあったが、混乱させぬ様あえてテオルと呼ばせてもらう。東の最果てでお生まれになったテオル“様”は、ベルル様が生まれて少しした後、魔界の“美源の国”という大国に捕われた」
「……?」
なぜですか、と僕は尋ねた。
ローク様はどこからともなく取り出した煙管の様なものを吸って、煙を吐く。
「何もおかしい事ではないよ。魔王は子を成したら、魔界の国に一人、人間界の国に一人、人質に出す事になっている。そうする事で、二つの世界の、どちらに肩入れする事も無く、均衡を保つ様鎖をつけられるのだ」
「……そんな」
「そう。だから、我々もあの青年が旧魔王様の息子であったテオル様だとはすぐに気がつかなかった。……12年前、旧魔王様が討伐された理由は、何だったか知っているか?」
「それは、魔獣が度々こちらに現れるから……旧魔王が魔界に肩入れしたのだと判断されて……」
「そうだ。しかし旧魔王様は決して魔界に肩入れしていた訳ではない。むしろ逆だ。魔界が人間界に侵攻しないよう、力を尽くされておった」
僕は首を傾げる。
魔界が、人間界に侵攻?
「なぜ、魔界が?」
「スペリウスの話を聞いていただろう。魔界の連中は、清浄な土地を求めて争っている。すでに、人の住める世界では無い」
「……あ」
僕は昨晩、スペリウスが涙ながらに言っていた、魔界の事情について思い出した。
「確か、土地が穢れているとかなんとか」
「そうだ。魔界の連中は人間界に逃げ込もうとした者も多く居たが、旧魔王様はそのためのゲートを決して開かなかった。魔界の穢れを……“銀河病”を、人間界に持込ませない為だ。勿論、それは旧魔王様の立場として当然の事だったが、魔界の連中はゲートを無理矢理にでもこじ開け、魔獣や魔人を度々人間界に送り込んでいたのだ」
「……それで、人間界に多くの魔獣が出現する様になったのですか?」
「ああ、そうだ。魔界の連中は人間界を征服しようと企んでおった。旧魔王様がそれを決して許さなかったが、ついに魔界の“美源の国”に人質として捕えられていたテオル様を、脅しと交渉の道具にしたのだ。まだ、幼かったテオル様を……」
僕はただ口を挟む事無く聞いた。
まるでスケールの違う、僕らが全く知らなかった世界の裏側の話に。
「それでも旧魔王様は、断固として魔界による人間界の侵攻を許さなかった。我々大魔獣も、旧魔王様の為に尽力した。しかしある日、東の最果てで旧魔王様の右腕として仕えていたウラナスと言う元帥が、旧魔王様を裏切ったのだ」
「……ウラナス」
スペリウスとローク様の会話の中に、何度か、出てきた名前だ。
「奴は魔界出身の魔人だったのだ。人間界で度々起こる魔族の出現は、旧魔王様の仕業である様、西側の国々に嘘の密告をした。……もうそろそろ、理解しているんじゃ無いか、小僧。12年前の、魔王討伐の真相を」
「……」
どんな反応をするのが正解なのか、正直分からなかった。
でも、何となく理解し始める。
人間界は魔界の者に操られ、魔王討伐の動きになっていったのだ。
「何となく、分かりました。……要するに人間たちは……一番倒してはいけない人を倒してしまったんですね?」
「……ふふ、それはどうだか。旧魔王様は、随分早い段階から、自分が人間たちに討伐される事を予期していた。だからこそ、あらかじめ我々の契約を分配する様、手を打っていたのだ」
ローク様は長く煙を吐いた。
何だかとても、虚ろな瞳をしている。
「ウラナスは、大魔獣の一匹であったスペリウスを連れて、魔界へ逃げたよ。彼は魔界を救いたいと言っていたが、自身が“銀河病”に冒されていたため、結局死んでしまった様だ。……その意志を引き継いだのが、旧魔王様の息子である、テオル様とは皮肉じゃないか」
彼女はクッと笑って、チラリと僕の様子を伺った。
僕は少しばかり考え込んでいた。
「何となく、12年前の状況と、テオルさんの立場は分かりました。……あの、結局テオルさんは、妖精ゼリーを、例の“銀河病”という病を治す為に活用していたのでしょうか?」
「……そうだろうな。スペリウスが言っていた様に、妖精の奇跡の力を借りる以外、魔界の者たちがその病を克服する事は無いだろうよ。しかし、あの様に大量に、人間界から妖精を連れて行かれるのは、あってはならない事だ。……旧魔王様が恐れていた事の一つと言えよう」
「……」
「小僧、お前が真剣だったので聞かせたが……この件はお前が気にする事ではない。これは、よその世界の話だ。あまり深刻に考えすぎるな」
「また……それですか」
ローク様はフッと微笑んだ。僕は複雑な気分になる。
スペリウスの言葉が頭をよぎるのだ。それ以外に、方法があるなら教えて欲しいと、彼女は泣きながら言った。
僕が、妖精ゼリーを元の妖精に戻す薬を、事情も知らずに作ってしまった。
人間界にとって当然正しい事なのだろうが、それが意味する事とは何だろう。
「そう言えば……結局、プアムノ神殿で眠っていた黄金のドラゴンは、どうなったのですか?」
「まだ寝ておるよ。我々が側で争っても、びくともしなかったな」
「は、はあ。それは凄いですね」
「奴は魔界を見捨てた神だ。……奴が目覚め、魔界に帰る事となれば、まだ魔界にも救いがあるのだがな」
「どういう事です?」
僕は首を傾げる。ローク様は続けた。
「ディカ・アウラムとは、浄化の力を持つ神聖な大魔獣だ。奴が居れば、土地の穢れは長い年月をかけてでも収まるだろう。しかし、魔界の者たちが争いを続けるなら、ディカは魔界には戻らないだろうよ。魔界は死に行く世界だ」
「……」
「ディカは旧魔王様が亡くなった事を、とてもとても悲しんでおる。旧魔王様を陥れた魔界の連中を、許しはしないだろう」
「……そう、なんですか」
テオルさんたちは、度々この島にやってくると言っていた。
もしかすると、あの大魔獣を目覚めさせようとしていたのかもしれない。
もう、テオルさんたちはこの国を出て行ったんだろうか。
また、果ての無い旅を続け、厄介な事情と戦い続けるのか。
できるなら、ちゃんと会って話がしたかった。
だって彼はベルルの兄だ。例え、彼女と共に暮らした事がほとんど無かったとしても。
「ああ……。でも、そうか。スペリウスは、ベルルに、そう言う所を嫉妬していたのかな」
「……は?」
「いや、だって“お兄様”って言っていたでしょう? ベルルが本当の妹だから、嫉妬して毛嫌いしていたのかなって」
「何を馬鹿な事を。もしそうでも許されない事だな。旧魔王様の娘様であるベルル様に嫉妬など、本当に身の程を知らない雌猫だ」
「……はあ」
ローク様は徹底しているな。
大魔獣にもそれぞれの、複雑な心境があるようだ。スペリウスにしても、ディカにしても、ローク様にしても……
海で無邪気に遊ぶベルルが眩しい。
だけどきっと、心の中は穏やかではないだろう。
彼女なりに色々と考えているに違いない。