遅くなりましたが続きです。やっぱりグロい所が少し……と、言うよりも殆どですね。苦手ならお止め下さい。乏しい文章力ですが、万一気分が悪くなるとよくありませんので。
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青年と犬と寒い朝
懐で何かが震えるのを感じて、青年は目をそっと開いた。
寝起きでぼやけた視界には、シーツと枕の白で埋まっており、横向きで枕に顔を埋めるような体勢で寝ていたのだなと気付く。
懐で震えているのはアラームに設定して、時刻が来たら震えるようにした携帯電話だ。目覚ましとしては音が鳴らないのが妙であるが、青年は音は出したくないが故のバイブ設定だった。
もぞりと蒲団から這い出て足下を見ると、目覚めたのを確認するようにカノンが頭を擡げて青年を見つめていた。おはようと言いつつ、体全体を蒲団から引き抜くと、朝の冷え切った空気に身が震える。もっと暖かい服に着替えなくては。
その前に、部屋の後部にiphone 5 カバー
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積んである木箱、それらの群れの中に埋もれるようにして置かれている段ボール箱を開いた。中には水の2Lペットボトルが6本詰め込まれいる。市販品の何処にでもあるミネラルウォーターであった。
その内の一本を取りだして蓋を捻り、手近にあったケトルの中に注ぎ込み、その後で大きく一口含んで、軽く口腔内を濯いでからキッチンのシンクへと吐き出す。僅かに濁り、泡だった水が排水溝へと流れて消えていく。寝起きなので口臭が気になり濯いだが、水だけでは気休めにしからならない。
部屋全体が寒いので水自体も冷えているから酷く歯茎に凍みる。かといって態々暖めるのも勿体ない。忌々しげに青年は下で歯茎を撫でて、冷たさを少しでも緩和させようとしていた。
ケトルに水は注いでも、まだ湯は沸かさない。と、言うよりも沸かせない。普通の家と違って、ここには電気もガスも通っていないのだから。
狭いながらもベッド、キッチン、シャワーにソファーとテーブルが詰まった部屋を眺め、青年は適当に服を着替える。前日の内に寝間着は枕元に用意してあるので、焦ることはない。寝間着であるゆったりとしたスェットを脱ぎ捨てて、普段着へと衣服を改める。
普通のボクサーパンツと化学繊維で編まれた保温性の高いインナー。それから黒いカッターシャツを着込み、同じく黒いスラックスを履く。そして、ベルトを締めて上から軽くベストを羽織ると着替えは完了だ。
上から下まで真っ黒な姿は喪服を思わせる。これにジャケットを羽織ってネクタイを締めれば、シャツの色さえ無視すればもう葬儀の参列者にしか見えはしない。
着替えた後で、青年はシンクの前にかけられた鏡を覗き込んで己の顔を検める。普段と変わらない景気の悪い仏頂面が映り込んでいた。
緩くつり上がった目つきの悪い目に、高く低くも無い鼻と薄い唇。顔色は蒼白に近く、面長な輪郭を彩る頭髪は烏の濡れ羽色をして艶やかだが、自分で刈り取ったかのような散切り頭だ。
派手でも無く地味でも無く、特別に列挙するような特徴も無い。一般大衆の中に埋没する目立たない男がそこに居た。
昨日使ったのと同じウェットティッシュを引き出し、目やになどを拭うと、青年はもう用も無いとでも言うように鏡に背を向けた。元々外見には大雑把な気質であるのか、青年は自分の顔など、出来れば一秒たりとも見ていたくないという性質でもあったが、それにしても適当に過ぎる。
が、これはある意味仕方が無いだろう。何せ、外見を気にして接しないとならないような相手は居ないのだから。
次に向かったのは天窓だ。梯子を下ろして天窓を押し上げ、キャンピングカーの天井へと出る。
暖かい服装をしているので昨日よりは少々マシだが、それでも冬の長野は冷える。12月も近いのでそろそろ雪も積もり始めるだろう頃だ。
見上げた空は抜けるように蒼く、どこまでも高い。雲一つ無い青が、眺める青年を酷く薄ら寒い気分にさせた。まるで、地を這うしか出来ない自分をあざ笑っているかのような、いっそ皮肉なまでの爽やかさだった。
天気は良い、視界も良い、問題は何も無いなと確認すると、青年はぐるりと車の周囲を見回す。昨夜と同じく死体が無数に転がっていた。その数を数えると、一八体……昨夜と同じであった。
普通ならば死体の数を気にする必要などないだろう、死体は動かないというのが相場なのだから。だが、相場というのは常に変動する物でもあるのだ。
青年は死体を注意深く観察して、ピクリとも動かないことを確認すると、更に遠くを見回し続ける。木々が密集しているので、そう遠くまでは見えないが、夜と違って明るいので比較的よく様子が観察できた。
冬でも尚青々と茂る常緑樹の林の間には何もおらず、地面にはただ飛ばされてきた落葉が敷き詰められていた。遠くで何かが動く目立った音も全く聞こえない。
希に鳥の鳴き声や、木から飛び立つ時の羽ばたき。小動物が駆け回っているであろう音しか聞こえない。自然の音を除けば、そこは全く持って静かであった。
とりあえずは安全か、と青年は吐息して中へと引き返した。そして、木箱に立てかけてある鉄と木の混合物……散弾銃を手に取った。
モスバーグをベースに改造……国内法に沿うようにダウングレードされた猟銃であり、12ゲージショットシェルが三発だけ装填できる、外見もこれぞ猟銃というような銃だった。マットブラックに塗装された本体に、ストック部分にベルクトテープで捲いて装着された弾丸ポシェット。ちょっとした狩りに持って行くような風情だ。
散弾銃が立てかけてあった木箱は三つ積み上げられた青年の腰元ほどの高さがある物で、その一番上の箱は蓋が外されていた。
木箱の中には、色とりどりの紙箱が規則正しく詰まっている。それらは、様々な規格の弾丸のカートンだった。
その中から箱を一つ選んで取り出す。蓋を開けると赤い本体と金色のプライマーが見えるショットシェルが整然と等間隔で並べられていた。まず三発取り出して猟銃に装填し、一掴みをズボンのポケットへとねじ込んだ。
ポシェットにしまうよりも、こっちの方が取り出し易いのでポケットにしまったが、本当は危険なので止めた方がいいのだろう。だが、装填が素早く出来ないのは少々のリスクよりも危険だ。そこには目を瞑るとしよう。
手と、ポケットの中に確かな重さを感じながら、散弾銃の安全装置を外してキャンピングカー居住区側の扉へと向かう。まだベッドの上にいるカノンには付いてこないように手で制しておいた。
付いてこようと身を起こしかけていた所なので、不満そうに小さく鼻を鳴らしたが、決して鳴きはしない。青年が音を立てるのを好まないことを良く理解している、賢い良い犬だ。
鍵を外して慎重に、かつ静かにに外開きの扉を少しだけ開き、さっと身を外に躍らせた。出ると同時に扉を後ろ手で閉め、散弾銃の銃口で周囲をなぞるように眺めた。
…………何も居ない。また、近くで動く物も無い。極めて静かな物だった。
小さく口の中でクリア、と自分に言い聞かせるように呟いて、青年は散弾銃を油断無く腰だめに構えて足を進めた。
向かうのはキャンピングカーの後部。そこにも死体が二つ転がっている。昨夜始末した連中の内の二つだ。外見……むしろ服装に見覚えがある。顔などは判別が付かないほどボロボロになっているので正直それで見分けられる程の記憶力は青年には無かった。
頭部に散弾銃を向けながら、足先で仰向けで倒れる死体の足先を突いた。動かない…………。
もう一体も同じように突く、やはり動かない。当然のことであるが、青年は深いため息をついて散弾銃を下ろした。
死体は顔面から何から腐敗し、酷い臭いを放っている。腹腔が破れて消化系が零れ、その合間で何かが蠢いているのが見えた。恐らく蠅が産み落としていった蛆だろう。
ふと、死体を眺めながら、青年はゲームとは違う物だなと思った。
生物災害の名を冠する某有名ゲームでも彼等のような存在が出てきたが、あれの外見はこれと比べると幾分か綺麗だ。
人間に限らないことだが、生物の死体が腐乱すると徐々に肉が液状化して膨れ上がる。その度合いは環境に依るが、彼等もその例に漏れず、僅かに肉体を膨らませていた。
明らかに死んで腐敗しているのに、昨夜のように動いて此方に向かってくる……正に、ジョージ・A・ロメロ監督が創造したスクリーンの怪物、ゾンビそのものだ。
没個性的な怪物の筆頭であり、その源流はブゥードゥー教の懲罰的呪術にまで遡る。今やヴァンパイアやライカンスロープと並ぶ有名怪物だが、それらは空想の産物だった。
そう、“だった”のだ。
今までは空想の産物であり、決して物理的な干渉力を持って人間に害をもたらしはしなかった。しかし、それはあくまでかつての話である。
青年は死体を跨いでキャンピングカーの背後へと廻る。そこには発電機が備えられていた。燃料のメモリを確認し、十分にガソリンが入っていることを確認すると、青年は電源を入れてから、紐を引っ張ってスターターを起動した。
数度素早くスターターの紐を引っ張ると、発電機が目覚めたように震えて電気が作り出され始める。しっかりと発電している事を示すように赤い発光ダイオードの光が発電機に灯った。
青年は他のキャンピングカーの事は分からないが、このキャンピングカーはタープを張ってバーベキューをやっている時、外にも電気を供給できるように独立した発電機が付いており、それが居住区画の発電も担うようになっている。一々外に電源を付けに行かないと行けないのが面倒くさいが、エンジンを掛けるのも同じくらい面倒だ。
エンジンを付けても居室に電気は供給されるが、発電機よりもずっとガソリンを食うし、バッテリーの寿命も縮むので停車したままエンジンをかけ続けるのは色々とよろしくない。青年としては面倒くさくても外に出る方が、長期的には損失が少ないのでそうしていた。
しかし、電源だけなら天窓から天井に出て、身を乗り出して押せるが、スターターは流石に引っ張れないので表に出ないとならない。
それに、電源が付いた時の音も馬鹿にならないし、継続して低い音を立て続けるので青年はあまり発電機を使いたくなかった。
発電機が起動したのを確認すると、青年は素早く車内に引き返した。
扉に鍵をかけ、キッチンのコンロのスイッチを入れると小さな電子音を立てて、小さな明かりが灯った。電気が供給されたのでIHのコンロが稼働し始めたのだ。
ケトルの湯が沸くのにさして時間は掛からなかった。ケトルの口に付けられていた笛が小さな音を立て始めると、青年は手早くコンロの電源を切った。
湯が沸いたのを確認すると、青年はシンクの上に伏せて並べていたカップの一つを手に取り、紅茶のティーパックを一つ放り込んでから湯を注ぐ。湯気を上げる無色の液体に緋色が滲み出し、安っぽいが優しい紅茶の香りが溢れ始める。
「カノン、朝食にしよう」
カップを片手にローテーブルに向かいつつ言うと、カノンが身を素早くベッドから床に降ろす。青年はカップを置くと、同じくシンクに洗って伏せて置いてあった犬用の皿を取った。
そして、木箱の近くに置いてあった、また別の段ボールに手を突っ込んで、一つの缶詰を取り出した。
笑顔で笑っているデフォルメされた犬の絵が印字されたドッグフードの缶詰だ。何処ででも手に入る物だが、珍しくタブを引き上げて開封する缶詰ではなかった。
缶詰を片手で弄びながら、青年は手近にあったナイフを取る。
掌に収まる小型の折りたたみのナイフ。様々なツールが柄に内蔵されている、俗に言うサバイバルナイフであった。十徳ナイフとも言い、多様なツールを有するので一つあれば様々な局面に対応出来るので非常に便利なのだが、下手に持ち歩けば官憲から職務質問を受けかねない片刃であるのに諸刃の道具である。
その中から缶切りを引きずり出し、手早く缶詰を開いた。
少し鼻につく生臭いドッグフードの臭いに青年は顔をしかめた。味は殆ど無いと聞くが、何故にこれほど生臭いのであろうか。
臭いに耐えながらドッグフードを手早く皿に開けてやり、じっと座って此方を見ているカノンの足下にそっと置く。
だが、カノンはそれに手を付けようとはせず、ただ、澄んだ瞳で青年を見上げて見つめている。蒼と金の二食のコントラストが美しいな、と思いつつ青年はカノンに背を向けてソファーに向かいつつ、ただ許可の言葉を呟いた。
許しを受けて静かにカノンが皿に顔を埋めて食事を始めたのを眺めながら、青年は静かに紅茶を啜りつつ、ソファー脇の段ボールに手を伸ばして中の物を一つ探った。
オリーブグリーンの袋。黒い印字が施されているそれは、自衛隊の携帯糧食であった。乾パンなどが入った簡易食であり、手軽な朝食には丁度良いだろう。
乾パンを取り出してオレンジスプレッドを塗りたくりながら淡々と口にねじ込んでいく。酷くぱさついているそれを咀嚼し、口が渇いてくると紅茶を流し込んで誤魔化す。何とも味家の無い朝食は手早く済まされた。
ふと見やれば、カノンも既に朝食を終えて、嘗めて整えたように綺麗な皿を前にして静かに座っていた。行儀の良い犬だ。
青年もゴミや乾パンの滓を袋に落として片付けを済ませ、キッチンの近くに置いてあったゴミ箱に放り込み、皿を軽く洗った。
さて、食器を洗うので水を使ったが、このキャンピングカーには水道なんてものは当然繋がっていない。
キッチンの水道から出る水は車に供えられたタンクから供給されているので有限だが、量だけは沢山あった。
貯水タンクの水はバスユニットと共有なのだが、カタログスペック上はシャワーにしても三〇分は連続で浴びられるので、無駄遣いしなければ相当の日数は保つ。
それだけでなく、キャンピングカーの内部に山ほど置かれた段ボールや箱の中には水を収めた物も沢山有り、飲料水が直ぐに枯渇すると言う事は無い。
人間が生存するに当たって、最も重要な物は水だ。環境に依るが、人間は水さえ有れば絶食したとしても一月は保つらしい。だが、水が無ければ三日と保たずに死ぬ。それを知っているから、青年は水に関しては他の物より多く積み込んでいた。
多くの水を集め、補給できる時はタンクに補給し、雨が降れば水を溜める。例え無補給であろうともある程度は何とかなる物だ。
青年は洗ったカップや皿をタオルの上に伏せて置き、同じくキッチン台の上に置いてあった保温ポットの中に湯を注いでおく。これで今日一日分の湯は確保できるだろう。
電気を使わない魔法瓶と同じ構造の保温ポットの蓋を閉じた時、不意にカノンが自分のズボンの裾を引っ張った。
ふと見下ろすと、ズボンの裾を軽く噛んで、此方をどことなく険しい表情で見上げていた。
青年は何かと問うことは無い。目線が合うとカノンはぱっと裾を離し、足下に座り込む。その頭を軽く撫でてやりながらも、青年の目は運転席へと向いていた。
再び立てかけてあった散弾銃を手に取り、ベッドサイドに置いてあったM360-SAKURAを引っ掴んで運転席に向かう。
いつの間にか、また、あの枝をへし折る音が聞こえてきていた。
青年は舌打ちをして背後を見た。キャンピングカーの後部、バスユニットへ続く扉。正確には、位置的にはその向こう側にある発電機をだ。
心底面倒臭そうに舌打ち一つした後、青年は梯子を下ろして再び天井へと昇った。
相変わらず空は嫌味なまでに蒼くて清々しく澄み渡り、空気は身を切るように冷えている。絵になる冬空の景色ではあるが、悠長に眺めている暇なぞ有りはしない。キャンピングカーを囲むように枝を踏み折る音が増え続けていた。
「思ったより多いな……。流石に長くつけ過ぎたか」
忌々しげな視線は斃れている亡骸達に向けられていた。
何処までも静かな森の中に響き渡るのは発電機が低く震える音だけ。それに答えるようにして、森の中を何かが近づいてくる音がひっそりと発電機が立てる音に紛れて聞こえて来る。
音は全方位から響き、距離もまちまちだった。正確な距離は分からないが、さして遠くはあるまい。
今のうちにと、キャンピングカーの後部へとタンクなどを跨ぎながら向かい、細い鉄パイプを強引に溶接して新造した柵へ片手で捕まり、下へ大きく身を乗り出す。
右手を精一杯伸ばすと、何とか発電機のスイッチに手が届いたので電源を切った。発電機は数度大きく震えた後で完全に静かになる。電源を切った直後なので、運動の余熱が残っているが気にしている暇は無い。
だが、もう遅かった。青年が身を再び屋上に戻そうとした時、木々の合間に頭が大きく揺れながら此方に向かってくる人影が見えた。
奴らだ…………。
身を屈める際に置いた散弾銃を取り上げ、指で安全装置を弾いて外す。既にポンピングは済ませているのでチャンバーに弾薬は装填されている。後はトリガーを引き絞るだけで、鋼に秘められた暴力が発動する。
急ぎもせず、慌てもせず、青年は静かに視線を巡らせながら待った。音が尽きても人影は消えず、不確かな足取りで此方にゆっくりとだが、確実に近づいてくるのが見える。
数分もすると、ぼんやりした人影では無く、完全にその姿が見えるような距離にまで奴らは到達していた。
昨夜と同じく不確かな足取りで森の中を進み、時折木の幹や木の根にぶつかったり、足を取られて倒れるが、のろのろと起き上がって此方への足は止めない。愚直なまでに一直線に奴らは向かってくる。
外も中も腐り果てた人間……いや、元人間達。その外見は先ほどゾンビと例えたが、あまりにも陳腐な形容であろうとも、それ以外の何と表現できようか。
怨嗟の呻きを上げながら此方へ更新してくる亡者の群れを既に一〇メートルの距離に眺めながら、青年は肩付けに散弾銃を構えた。
狙いはキャンピングカーの天井、その中央に立つ自分から見て左側、片腕が殆どもげているスーツを纏った死体だ。
本来なら、この距離で散弾銃は弾丸が拡散して対人での威力には期待出来ない。面での攻撃に優れ、小粒の鉛玉が無数に突き刺されば普通の人間ならば痛みで歩みを止めるだろうが……あれらにその効果は期待するべきではない。
だが、青年は散弾銃のサイトを覗き込んで狙いを付け、迷い無く引き金を絞った。
炸裂音が響き、僅かに銃口が跳ね上がる。
そして、体感では即座に、実際には零コンマ数秒の後に前を歩いて居た男の喉に近い位置の胸部が弾け飛び、頭がもげた。
まるで冗談の様に首が、肉と砕けた脊索を伴ってごろりと、抜け落ちるように脱落し、黒く濁って腐った血が飛び散って地面を黒く染め上げる。
青年が放ったのは、ただの散弾では無い。
親指の先ほどの鉛玉が一つだけ詰まった大粒のスラッグ弾だった。本来なら壁越しに誰かを撃ったり、装甲を貫通させたり、熊のような巨大な生物を撃つことを目的に作られた弾丸である。
その威力は凄まじく、着弾点がまるで挽肉のようになり、衝撃が伝播して周辺の肉が見事に刮げていた。
当然であろう、本来人間のように脆弱な目標を破壊するために用いる弾では無いのだ。それが単なる腐れた蛋白質とカルシウム、そして水分の複合体にぶつければ割れた水風船のように弾けるのは目に見えていた。
完全に無力化出来た事は確認するまでも無く明らかだ。青年は手早く散弾銃をポンプして先端が破けた薬莢を排出し、次弾を装填した。
次は先ほど撃った奴の隣に居る女に狙いを付ける。四肢は揃っているが、腐汁と血で汚れた平服の内で、表皮の腐敗が進んで全身が太っているかのように張り詰めていた。
狙いを付け、引き金を絞る。再び轟音が響いたが、今度は狙いが甘かったか。そもそも長距離を狙う銃と弾では無いのだが、風の悪戯か、手の震えかで弾丸は右肩に着弾した。
腐汁が弾け、肉片と骨片が宙を舞い、右腕が数度回転しながら何処かへ飛んでいく。スラッグ弾の衝撃は凄まじく、人間に蹴られた程度は済まない。驚くような勢いで女が転んだが……まだ藻掻くように動いている。
連中は頭を潰さないと止まらない、頭の中で思いながらポンプして再装填、しかし次の目標は変える。腕が無ければ起き上がるのに時間が掛かるので殆ど無害だ。
もう一発撃ち、小学生くらいと思しき死体の胸を砕いた。頭がころりと支えを失ったように転げ、惰性で足が数回ばたついた後で完全に止まった。
そこから先はもう、作業のような物だった。
弾が切れると装填し、ポンプしてチャンバーに送り込み引き金を絞る。ただ、淡々と高所から愚直に向かってくる死体の胸を砕いて頭を吹き飛ばす。
数分もして、大きすぎる銃声に耳が麻痺し始めた頃にはポケットのにねじ込んでいた弾も尽き、青年はM360に持ち替えて射撃を続けていた。
スラッグ弾よりもずっと小さくちっぽけな38スペシャルの銃声が等間隔で響いては、薬莢が天窓から下に放り込まれる甲高い音に続く。既にキャンピングカーの周囲に転がる死体は新たに四〇以上が加わろうとしていた。
手はリコイルを受け続けて震え、肩付けに構えていた散弾銃の火薬滓で頬が黒く染まっている。肩も、幾度もリコイルを受けて痺れを得ていた。あまり連続して撃つ物では無いなと思いつつ、それでも青年はトリガーを絞り続ける。
スラッグ弾で胸を砕き、38スペシャルで頭の中身をぶちまけさせる。その作業は微風で、昨夜と違って明るい今からすると技術的には楽な物だった。
結局、奴らの一体たりとも青年にたどり着くこと無く、その腐れた体を砕かれ、汚れた液体を撒き散らしながら血に斃れ伏した…………。
もう、動く物は無い。銃声を聞き続けて聴覚は殆ど麻痺して耳鳴りがするが、青年は辺りを見回すとため息をついた。一応の所驚異は排除出来ただろう。
足下を見ると無数の薬莢が転がっている。ショットシェルのプラスチック薬莢で、弾丸を射出して破れ、熱で変形し変色しているのでもう使えない。
ショットシェルは威力が高いが、殆どがプラスチック薬莢で、他の銃の真鍮薬莢と比べて再利用が出来ないのが惜しいなと思いつつ、足下に転がる空薬莢を蹴り腹って下へと落とす。
銃声がやんでも、耳の痺れは中々取れてくれない。じぃんと、何時までも響くような耳鳴りが延々と残っている。耳当てでも都合した方が良いのかもしれないが、万一の時に音が聞き取れないのは困る。
いや、こうなっては同じか、と青年はため息を付きながら床に置いていた散弾銃を拾い上げ、痺れた肩を回しながら居住区へと戻る。
中では銃声に反応しながらも、無駄に吠えず我慢していたカノンが青年の帰りを待つかのように、梯子の下に鎮座していた。
火薬滓でうっすら汚れ、火薬の臭いが染みた手で青年はカノンを撫でるが、彼女は嫌がる素振りも無く目を細めて小さく喉を鳴らした。
「カノン、そろそろ移動するか。ここにも連中が寄ってきている」
自分の提案に具体的な答えなど帰って来よう筈がないと分かっていても、青年はカノンに語りかけ、カノンは何も言わずに青年の目を美しい二色の瞳で見上げる。
静かで、言葉を交わさずとも、二人の間で意思の疎通は出来ていた。
「よし、行こう……次は暖かいところが良いな。とりあえず……南にでも戻ってみるか。一度大阪の様子を見て起きたい」
言いつつ、青年は使い終えた散弾銃を木箱に立てかけ、運転席へと向かう。
座席に深く腰を下ろしてシートベルトを締め、刺しっぱなしにしていたキーへと手を伸ばす。ガソリンメーターに目をやると、殆ど満タンだ。これなら大阪まで無補給とまでは行かないが、そこそこの距離を走れるだろう。
キーを回そうとすると、カノンがさっとやってきて、助手席に腰を降ろした。そのまま広い座席に寝そべり、コンパクトに体を丸める。自分の前足を枕のようにして顎の下に敷いている姿は何とも愛らしい。
ふっと、皮肉の緊張をほどいて青年は車のキーを回した。数度機嫌悪そうにエンジンが唸った後、発動機がしっかり回り炉に火が入った。
そろそろバッテリーやら何やらを変えて、簡単に整備した方がいいだろうか。そう考えながら青年は車を発進させた。下で、小枝以外の何か硬い物をタイヤが踏み砕く軽い音が幾つも響くが、気にせずアクセルを踏み込み続ける。
「……せめて安らかに、とは口が裂けても言えんか」
青年は小さく呟きながら車を発進させた。下から硬い何かをタイヤがへし折る乾いた音と、湿った何かを潰す気味の悪い音が幾度も響いた。
キャンピングカーがぎりぎり通れる小道へと向かい、そろそろシーズンが近づきながらも、今後決して誰も訪れぬであろうスキー場を後にする。
そこに残されたのは、弾丸にて打ち砕かれた死体のみ……決して、黙して語る事の無い、いずれは風化して消える彼等のみだった………………。
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お楽しみいただければ幸いです。もしもよろしければ感想などお待ちしております。