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09:魔黒結晶

「ちょ、ちょっと……待ってください。ベルルの記憶を返すというのは……その、今すぐの事なのですか?」

「……」

僕の質問の意味を、アリアリアさんはすぐに理解したらしい。
ベルルがそれを、恐れているのだと言うのは、見ただけで分かる事だった。

「勿論、ベルル様に心の準備ができてからで良い。しかし、そのうち必ず、向き合わなければならない。ベルル様に記憶が戻っても、支えてくれる存在が居るかどうか、と言うのが記憶をコーチ キーリング
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返す一つの条件じゃ。ベルル様の旦那様……わしが試すのは、お前の方だと言う事を、忘れるんじゃないぞ」

「……」

アリアリアさんは僕の額に指を添えた。

「それと、もう一つ。これは“現魔王”からの言づてになる」

「……現魔王からの?」

「ああ。リノフリード・グラシス、お前に依頼じゃ」

アリアリアさんはハタハタとその羽を羽ばたかせ、真剣な顔をしていた。


「単刀直入に言おう。今、現魔王は病にかかっている」

「……病?」

「ああ、“銀河病”という、厄介な病じゃ」

僕はその病の名を聞いて、眉を動かした。
それは以前、スペリウスから聞いた病の名だ。魔界に蔓延した、不治の病。
ベルルの兄であるテオルさんが、妖精ゼリーを作り出していたのも、この“銀河病”を治す為だった。

「このままでは、現魔王の命もそう長くないだろう。しかし、そうなると次の魔王が必要になる。じゃが、今すぐ代わりの魔王になれる程の器を持つものが、この世界に何人居る。現魔王は分かっている。代わりが見つかるまで、死ぬ訳にはいかないと言うのを。血反吐を吐きながらも、ゲートの管理を行っているのじゃ」

「……それは」

なんと過酷な事だろうか。
他人事の話では無い。現魔王が居なくなって困るのは、この世界にとっても、魔界にとっても、同様である。

「テオル様が度々東の最果てにやってきては、病に伏せた現魔王に“妖精ゼリー”を捧げようとしたが、現魔王はそれを拒否した。魔王が妖精ゼリーを使う訳にはいかない。それは、魔王として絶対に触れてはいけないもの。そもそも現魔王は銀河病にかかっていてもいなくとも、魔王の器となる存在では無く、“繋ぎ”として即位した魔王じゃ……そろそろ限界が来る事は分かっておった」

「……」

ミスティさんが、前に現魔王の事を酷く心配していた様子を思い出す。
あれは彼女が単にそう言う性格と言うだけでなく、本当に、大変な状況にあったのだ。

「現魔王は、次期魔王にふさわしい力を持つのは、テオル様だと考えている。テオル様は魔界で育ったが、魔界の中枢からはすでに離別している身じゃからな。……しかし、テオル様は世界の理を破った者。そもそもテオル様自身が魔王に即位する事をお認めにならない。……自分にはその権利は無いと言っている」

「……お兄様」

ベルルがポツリと呟いた。
僕は“銀河病”という病を、どこか別の世界のもののように思っていたが、現魔王がその病にかかったと聞いて、それは決して遠くの脅威ではない事を知る。

「現魔王は、一つテオル様と賭けをした。妖精ゼリーの代わりになるもの……そう、銀河病から魔界の住人を救うものを見つける事が出来れば、テオル様にその座を引き継いでもらう、と」

「……代わり?」

「ああ。テオル様自身が、最も望むものじゃ。彼はこの賭けを飲んだよ」

僕はその賭けを飲んだテオルさんに、彼の本心の様なものを感じた。
彼だって“妖精ゼリー”を好んで作り出していた訳では無いのだろう。
以前、彼の大魔獣であるスペリウスが泣きながら「他に方法があるなら教えて欲しい」と叫んだ時の事を思い出す。表情は切実だった。

「……東の最果ての“魔王”と言えば聞こえも良いが、魔王なんて結局は、世界の均衡を保つ生け贄の様なものじゃ。歴代の魔王を見てきても、寿命を延ばされ孤独の中で生きるその姿は、痛ましいばかりじゃった。それに耐えうる魔力、精神力、意志の強さを持つものとなれば、現魔王様がテオル様にと言うのも、無理からぬ話じゃ。何より、旧魔王様と妖精女王の子供じゃからな」

アリアリアさんは膨大な記憶の中の、魔王というものを遠く見つめている様だった。
その役目がいかに過酷なものなのか、僕だって想像出来ない訳ではない。

「現魔王は、テオル様との賭けの通り、妖精ゼリーの代わりになるものを探す事にした。要するに、“銀河病”を治すものじゃ。……現魔王は“魔法薬”で、銀河病の特効薬を作る事が出来ないか、と考えている」

「……魔法薬で?」

「ああ。以前、妖精ゼリーを元に戻す薬を、お前が開発したと言う話は東の最果てにも伝わってきている。現魔王は考えた。きっとその薬は、ベルル様が側に居る状況だから、開発出来たのでは、と」

「ええ。その通りです」

僕は迷う事無く頷いた。
どんなに優秀な魔術師であっても、ベルルが居なければ決して開発は出来なかった薬に間違いない。

「現魔王は、お前とベルル様に一つ、希望を見いだした。魔法薬を扱うお前と、ベルル様の妖精女王としての力があれば、あるいは妖精ゼリーに変わる“魔法薬”を作り出す事が出来るのではないか、と。銀河病の特効薬、じゃな」

「……まさか、そんな」

僕は思わず首を振った。

「む、無茶です。ただの魔法薬に、妖精ゼリーに変わる奇跡など、起こせる訳がありません」

魔法薬は万能では無い。
ただの風邪を、一瞬で治すことすら出来ないのに。

「ほお……無茶だと言ってしまうか?」

アリアリア様の、僕を試す様な口調に、ローク様が口を挟んだ。

「待ってくれアリアリア様。ベルル様とこの男には、魔界の事情に触れさせないと言うのが、元々の約束だったはずだぞ!!」

その瞳は赤くとも鋭く、冷たい。僕は二人の大魔獣の睨み合いに、冷や汗を流す。

「別に、魔界に行けと言っているのでは無い。銀河病に対する効果のある薬の開発を、一魔術師に依頼しているだけだ。成功すれば、東の最果ての国が買い付ける。悪い話では無いと思うが」

「そうは言っても……困難な事だっ」

「……まあ、お前が頑に二人をこの件から引き離したい気持ちも分かるがな。今まで、誰もが挑み敗北した病だ」

アリアリアさんはローク様の言い分に一定の理解を示したが、その視線はじっと僕に向けられ、僕を責め立てる様だった。何とも言いがたい圧力を感じる。

「だ、旦那様……」

ベルルが僕の手を握ってくれた。
彼女自身、戸惑う事も多かったろうに、きっと僕の動揺を感じ取ったのだ。

「ああ、大丈夫だベルル。……だけど……やはり、そう簡単にお引き受けする事は……難しい。大きな責任が伴います。僕の様なただの王宮魔術師には、荷が重すぎて……」

「分かっておるのじゃ。無茶は言わない。ただ、少し考えてみてはくれんか……?」

アリアリアさんは僕の周りをひらりと舞って、困った様に微笑んだ。
小さな女の子の姿をしているが、流石は大魔獣のお局様。とてつもない存在感と、プレッシャーだった。








その日の間、僕はずっと頭の中にある葛藤と戦う事になる。
どうすれば良い、どうするのが一番なんだ、と。

なぜかうちに居る大魔獣は、今五匹。
ベルルが彼女たちと戯れている間、僕は書斎にこもって、机の上に以前テオルさんに貰った“鍵”や、ミネさんに託されたキュービック・ガーデンの成り損ないの収められた“小瓶”を置いて、ただ見つめていた。
訳の分からないものが、いくつか僕の元に集まっているんだな、と。

「……小僧」

ローク様が音も無く、僕の隣に立っていた。
その瞳はいつもの高圧的なものではなく、どこか静かで落ち着いている。

「ローク様……僕は、この依頼を引き受けるべきでしょうか。いや、でも、未知なる病の薬など……」

「……」

僕が曖昧な態度で居ることを、いつものように叱って欲しかったが、ローク様はそうしなかった。
僕の胸の中心に手を持っていき、首から下がっているキュービック・ガーデンを取る。

キュービック・ガーデンを見つめる瞳に普段の力強さは無く、悲し気な色をしている。

「お前に一つ、教えてやろう……」

「……?」

「銀河病とは、地中に埋まった魔獣の死骸から溢れた穢れが原因の病だ。それは、少なくとも魔界の古から存在していた呪いとも言われた病だが、ここ100年で地上に漏れ出る穢れは膨大に増え、その患者も桁違いに増えた。それは、何故だか分かるか?」

「い、いえ……」

「魔人たちが、大地を掘り返したからだ。お前たちだって、“魔法結晶”の鉱山を掘るだろう? それと同じで、魔界には大魔獣の死骸が蓄積して出来る“魔黒結晶”というものがある」

「もしかして、あの黒い箱に使われていた成分ですか?」

僕は以前ヴェクトーラ旧モル鉱山の内部にあった工場で、四角い黒い箱が積上げられている光景を見た。それは、本来不可能な妖精の捕獲を可能としていた、魔界の産物だった。

「ここ100年程の魔法産業革命は、人間界も魔界も似た様なもの。“結晶”を利用した魔法開発だ。ただ魔界の場合、魔獣が魔黒結晶になる手前の状態が、非常に危険なものであったことを知らずに、大地を掘り返し結晶を採取し続けていた。一度掘返し、湧き出てきた魔獣たちの“穢れ”は、魔界の住人ごときに対処出来るものではない。そう……魔獣とは妖精と違って、非常に穢らわしい存在なのだ」

「……ローク様、そんな……」

自らを穢らわしい存在と言い放ったローク様に、僕は何も言う事は出来ず、ただただ、複雑な表情をするばかり。

「しかしそれ故に、魔獣はとても人に近い場所で生きる事が出来る。感情を持ち、性格もそれぞれだ。契約する相手が居れば、妖精よりよほど親密に心を通わせる事ができる。人より長生きだが、死がある。そう……魔獣の方が、まだ人に似ているのだよ」

彼女はふっと微笑んだ。
それは確かに、その通りだ。魔獣と妖精は似ている立場に居る存在だが、その性質はまるで違う。妖精は言葉を話す訳でもないし、妖精の申し子は別にしろ、基本的に人と関わらない様にして生きている。何より違うのは死の概念が無い所だ。

一方魔獣は違う。それぞれの性格、見た目の違い、好き嫌いがあり、主を認識し、お互いの条件のもと契約に応じ、力を貸してくれる。心を通わせ、会話出来る。死があり、それ故に“穢れ”がある。
大魔獣に限っては、人に化けるからと言う訳では無く、その思考や生き方が、どこか人らしいのだ。

「とは言え、行き過ぎた魔黒結晶の採取が、魔界の大地を穢した事は事実。銀河病は蔓延し、魔界の住人はコーチ キーリング
コーチ カバン
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対処法を見いだせずに居る。……もし、“銀河病”に対する魔法薬を奇跡的に作る事が出来れば、それは画期的な事だ。魔界のみならず、人間界も、東の最果ての国も、妖精も魔獣も救う事になる」

「……」

「小僧。私はお前に、ベルル様を幸せにするだけで良いと言った。それは、今でも変わらず思っている事だ。だけどもし、ベルル様とお前が出会った事に、何かしら意味があるならば……と、考えずにも居られないのだよ」

ローク様はキュービック・ガーデンから手を離し、椅子に座る僕を見下ろし、肩にその手を置いた。

「魔界を救おうなどと、壮大な事は考えなくても良い。ただ、お前の研究者としての好奇心の及ぶ範囲で、少しだけ、この件の魔法薬を考えてみてくれ。何度失敗してもかまわない。必要な事があれば私たちが手を貸そう。……魔獣と妖精、両方と深く関わったお前にしか見えて来ない突破口は、あるかもしれないよ」

「ローク様……」

ローク様はふっと微笑んだ。
僕はその優しさに、酷く心打たれたのだ。
彼女は普段、大きな態度で僕を下僕呼ばわりするけれど、本当は誰より偉大で、誰より優しい大魔獣だ。
常に、僕とベルルの事を考えている。

「分かりました……はい、分かりました、ローク様……」

僕は額に手を当て、了解した。
ローク様は、僕に魔界を救わなくていいと、その重りを取り払い、その上で僕に頼んだのだ。

僕はとんでもない事を了解したと言うのに、どこかすっきりとした心地だった。