*8話連続で更新しております。最新話の始めは「22:遺跡」になります。
ご注意ください。
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22:遺跡
プアムノ山のふもとまで、大型の観光馬車に乗ってやってきた。
多くの観光客が集うその神殿は岩を削って建造されたもので、柱や彫像は実に見事だ。
確か3000年も昔の神殿だと、パンフレットに記されていたが、そんな大昔にどのような技術を用いて立派な神殿を建造したというのか。
古い時代の産物に、僕はロマンを感じずには居られない質である。
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「凄いわねえ。沢山、魔獣が出てきてもおかしくないと思わない? 旦那様」
なるほど、ベルルはそう思うのか。
「この山には、金色のドラゴンが住んでいたって伝説があるくらいだから、魔獣が出てきても不思議では無いな」
「金色のドラゴン、居るかしら。ロクちゃんに似ているかしら。会ってみたいわ」
「ははは、もう居ないよ。大昔の事だ」
プアムノ神殿を、観光客の行列に沿って見て回る。
神聖な佇まいとは裏腹に、人が多く騒がしいのは少々残念だが、観光地なんてそういうものだ。
神殿の奥の間には、象徴的な金色のドラゴンの像があり、遥か昔、ここでこの像を崇め儀式などが催されていた様子を、現地のガイドが説明してくれていた。
「……長い長いドラゴンなのね。ロクちゃんとは少し違うみたい」
「蛇みたいだな」
ベルルと僕は顔を見合わせ驚く。
僕らはドラゴンと聞いて、ローク様の様な勇ましい姿を想像していたが、そこに佇んでいた像は、長い胴体に無数の手足がついていて、何とも蛇に近い姿をしていた。
その後いくつもの儀式の間、遺物の展示室などを見回り、僕らは再び陽のあたる外に出た。
遺跡群を抜けるとすぐ土産屋やカフェなどが建ち並んでいて、流石観光を主要産業とする国で、ぬかりないなと思ったり。
広い神殿を歩き回って少し疲れただろうと思い、僕もベルルと共にカフェへ入り、涼む事にした。
僕はいつも無糖のコーヒーだが、ベルルはカフェオレを注文した。彼女にしては珍しいチョイスだ。
「旦那様はいつもブラックコーヒーを飲むのね。お砂糖もミルクも入れないなんて、とても苦いでしょう?」
「……もう慣れたかな。眠気覚ましとしても、よく飲んでいたからな」
「……」
お砂糖とミルクたっぷりのカフェオレを飲むベルルは、僕のブラックコーヒーを見つめ、眉を寄せた。
苦いコーヒーに興味があるのか、それを飲む僕を不思議がっているのか。
「……ね、旦那様、私もブラックコーヒー、飲んでみても良い?」
「ん? 良いよ」
僕はブラックコーヒーのカップをベルルの方へ渡す。
彼女は自分のカフェオレの色と違うそれを、再びじっと見つめた後、カップに口を当て一口ゴクリと飲んだ。
案の定、すぐに顔を歪める。
「~~~っ」
「苦いかい? はは、面白い顔だなベルル」
ベルルはカップをテーブルに置いて、首を小さく振った。
やはり彼女には苦かったのか。
「苦いわ!」
「まあ、ブラックコーヒーだからね」
「旦那様、よく平然と飲めるわね。私はやっぱり、カフェオレの方が良いわ」
「そりゃあ僕は……大人だからね」
そう言ってクスっと笑うと、ベルルは少しムッとした。
「あ、旦那様。今、私の事子供だと思ったのでしょう?」
「……うん?」
とぼけてみせると、ベルルが「もう旦那様ったら酷いわ」と、腕をペシペシと叩いてくる。
僕は彼女が苦手としたブラックコーヒをちびちび飲みつつ、彼女の攻撃を笑って受け入れる。
「……おや、お二人とも来ていたんですね」
不意に声をかけられた。
顔を上げると、トラン・マリー号で出会った青年テオル・レンブラントと、その妹ペリーヌ・レンブラントが居るでは無いか。
彼らも観光でここへ訪れたんだろうか。変な所を見られたかもしれないと思い、僕は少々恥ずかしくなった。
「こ、こんにちはテオルさん。……あなた方も観光ですか?」
「ええ。ここは何度来ても、面白い場所ですから」
テオルさんは淡い金髪を揺らし、爽やかにニコリと笑い「グラシス夫人もご機嫌麗しく」と、ベルルにも挨拶をした。
何となく僕は、テオルさんに誰かの面影を見た訳だが、それが誰だか全く思い出せず、あまり考えない様にした。
さて、僕らをあまり良く思っていないだろうペリーヌは、相変わらずムスッとしていたが、真昼の暑さに少々疲れているようで、僕は空いている席を二人に勧めた。
「ペリー、僕らも何か飲もうか。何が良い? 買ってくるよ?」
「……ブラックコーヒーが良いわお兄様」
ペリーヌは気取ってそう言った。
テオルは「分かったよ」と言うと、少々申し訳無さそうに僕に尋ねた。
「すみませんグラシスさん、少しペリーヌを見て頂けませんか?」
「勿論、良いですよ」
僕が頷くと、ペリーヌはあからさまに嫌そうな顔をしたが、テオルさんに「ここで座って待っておいで」と諭され大人しくそうした。
テオルさんが居なくなり、ペリーヌだけがここに居るのは多少気まずいが、ベルルが勇敢にも彼女に声をかけた。
「凄いのね、ペリーヌちゃん。ブラックコーヒーを飲めるの?」
ベルルからしたら、自分より年下の彼女がブラックコーヒーを飲めるのは驚愕の事実だったのだろう。
「何よあなた。年上のくせにブラックコーヒーも飲めないの? 子供みたい」
しかしペリーヌに痛恨の一言を返された。
ベルルはガーンと、ショックを受けている。
ペリーヌはツンとした態度で、僕のブラックコーヒーのカップを眺めていた。随分暑そうにしていたから、僕はそれを彼女に差し出す。
「先に少し飲むかい? 飲みかけで悪いが……」
「……!」
僕が喋り終わらないうちに、彼女はカップをパッと手に取って、ごくごくと飲んだ。
ものすごく喉が渇いていたんだな……。
「ふう……ありがとうおじさん」
「おじさんか……」
まあ、こんな小さな子から見たら、僕なんておじさんだよな。
仕方が無いな。
ペリーヌはさっきまでのツンとした態度を少し和らげ、僕に語りかけた。
「ねえねえおじさん。おじさんたちは“夫婦”なの?」
「え? そうだけど……」
「何か変な夫婦ね。まるで、お父さんと子供みたい」
ペリーヌは悪びれも無くそう言って、長い金色のふわふわした髪をませた様子で払い、クスッと笑った。
ベルルは再びガーンガーンと、ショックを受けていた。
「さ、流石にそこまでは見えないだろう? だって、僕はこれでも26歳だし、彼女は17歳だよ?」
「え? そうなの? うっそー見えなーい。あなた17歳なの? きゃははは、ごめんなさい、14歳くらいかと思ってたわ」
「……あ……う」
ペリーヌの容赦ない言葉に、ベルル自身は何も言い返せず、がっくりと肩を落とす。
僕は慌ててしまった。ペリーヌはどこかベルルにキツく当たり、どうしたものかと思う。
年下にやられっぱなしのベルルもベルルだが、彼女は優しいから!!
「すみません、お待たせしました」
ちょうど良くテオルさんが現れた。
彼が戻ってきた事で、ペリーヌは大人しくなり、彼に手渡されたドリンクを飲む。
「ところで、グラシスさんはどこのホテルに?」
「え、ああ。僕らは、ホテル・セントラルプバハージに」
「セントラルプバハージですか。僕らと同じですね……」
「そうなんですか?」
「ええ。あのホテルはデザインが斬新で、とても気に入っています」
テオルさんがにこやかに言う。確かに、レッドバルト系列のホテルの売りと言えばそこかもしれない。
色々な国の旅を続けているテオルさんにも斬新と言われる伯爵のセンスは凄いな。
「所で、グラシスさん。神殿の中央にあった黄金のドラゴンの像を見ましたか?」
「ええ。とても綺麗で見事でした。先人たちの技術は凄いですね」
「そうですね。僕も毎回、そう思います」
テオルさんは自身のコーヒーを飲んだ。あれ、テオルさんはカフェオレなんだな。
「少し面白いお話なのですが、3000年前にここらに出現したドラゴンが、最近また帰ってきたという噂です」
「え……そうなんですか?」
またまた、と僕は笑ったが、テオルさんは意味深に、その青い瞳を細めた。
「このプアムノ山に居るんだそうですよ。何でも、眠り続けていると」
「……」
「黄金のドラゴンは、主の声でしか目を覚まさないらしいのです。しかしその主は……とっくの昔に亡くなってしまい、もう誰にも黄金のドラゴンを目覚めさせる事は出来ないとか」
「や、やけに……詳しいんですね」
彼の物言いはとても興味深かったが、あまりに知った様に言うので、不思議に思った。
「ははは、全て、旅の途中で聞いた事ですけどね?」
ただテオルさんは、最後にコロッと表情を和らげ、陽気に笑ってみせた。
「黄金のドラゴン……ここに居る……んですか?」
ベルルが珍しく質問した。テオルさんはベルルの方を向いて「気になりますかグラシス夫人」と。
流石に魔獣の事となると、ベルルも興味が湧く様だ。
「まあ、本当に居るなら、とっくに誰かが見つけていそうですけれどね。見つからないと言う事は、やはり噂なのかもしれませんね。ただ、信じているだけでロマンがあるでしょう?」
「テオルさんは、魔獣がお好きなんですか?」
「ふふ……そうですね。何度か遭遇しているうちに、憧れてしまったと言う所でしょうか」
「……なるほど」
旅人の、男のロマンと言う奴か。
彼にローク様やマルさん、サンドリアさんを見せたらどうなるかなと考えて、首を振った。
残念だが彼女たちを紹介する事は出来ないだろう。
僕らはその後、しばらく世間話をして、お互いの用事で別れた。
テオルさんはこの後、少し仕事があるようだった。何をしているのかは知らないけれど、ペリーヌが「早くホテルに帰ってきてねお兄様」と言っていたから。
「大丈夫かいベルル。子供の言う事だ、気にしてはいけないよ」
「……分かっているわ旦那様。私は平気よ。ただ、やっぱりあのような女の子から見ても、私はとても子供っぽいのねと思ったら、こう肩がガクってなっちゃって……」
僕はペリーヌにこてんぱんに言われてしまったベルルを気にした。
ホテルへ戻る馬車の後部座席に座っていた訳だが、ベルルはあからさまに肩を落としていた。
元々前向きな娘だから、このくらいで拗ねたりはしないが、やはり少しショックだったか。
何だか可哀想だと思い、彼女の頭を抱く様にして撫でてあげた。
「よしよしベルル。良いじゃないか、他人にどう見られようが……その、僕はそのままのベルルが好きなんだから……」
「……旦那様」
「それじゃ駄目かい?」
尋ねると、ベルルは頬を染め、僕にぴったりとくっついた。
「そんな事無いわ。旦那様に好きで居てもらえるなら、それだけで十分だもの」
彼女は僕の服を掴んで、僕を見上げた。
「でもそのうちブラックコーヒーを飲める様になるわ!」
「……」
「それが大人の条件だもの」
そう言う訳でもないと思うけど……
大人の女性でもブラックコーヒーを飲めない人は居るし……
と、無粋な事を言うのはやめておいた。ベルルが張り切っているのだからそれで良いのだ。
ホテルへ戻り、少し早めの夕食についた。
プバハージ島の伝統料理は、昨日王宮で嫌と言う程食べたが、正直料理に集中出来る状況でもなかったため、今日は存分に堪能したいと思っていた。
流石は海の都と言うだけあり、魚料理や貝料理が多く、また名物として蒸したカニ料理が出てきた。
「まあ……カニよ旦那様」
「そうだね。僕は前に別の国で、沢山御馳走になったことがあるんだけど、これがとても美味いんだ」
「こんなに硬そうなのに、食べられるの?」
「少しコツがいるけどね」
僕は、用意されたハサミを使い、カニの足を折ったりきったりして、中の身を取り出した。
ベルルは僕の作業を、口を丸くしてみていたが、次第に自分もしたくなったのか挑戦しようとした。
ところが足を折るだけで苦戦して、結局僕が身を取り出すと言う予想された結末に。
「うう……私って何でこんなに不器用なのかしら」
「仕方が無いよ、初めてだったんだから。僕だって、最初は全然出来なかった」
カニの硬い殻にはなかなか苦労させられたが、やはりその身を食べると実に美味く、口に運ぶのをやめられない。ベルルも食べた事の無い味に最初こそ慎重だったが、その美味さを確信したのか「美味しいわ美味しいわ」とはしゃぎながら食べていた。
昼間にペリーヌと言う少女の言葉にショックを受けていたベルルであったが、もうすっかり機嫌を良くして食事を楽しんでいた。