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*8話連続で更新しております。最新話の始めは「22:遺跡」になります。
ご注意ください。
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27:黄金


海で遊び疲れ、夕方にホテルに戻ったら、ベルルがこんな事を言い出した。

「ねえ旦那様、私もそのディカちゃんを見てみたいわ」

「……え」

「だって、お父様の大魔獣だったのでしょう? 旦那様、見たのでしょう?」

「いや、でも……寝ていたよ。完全に岩の様だったよ」

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金色だった?」

「いや、岩の様な色だったよ」

いきなり彼女がこんな事を言い出したので、ローク様も、マルさんもサンドリアさんも驚いてしまう始末。
しかしベルルは頑固だった。

「でも私、せっかくこの島に来たんだもの。ディカちゃんに挨拶をしておきたいわ」

「……ベルル」

明日の夕方には、この島を出る。
色々とあったハネムーンは、終わってしまう。

ベルルはどうしても最後に、ディカ・アウラムを見ておきたいようだった。








昨晩と同じ様に、夜にホテルを出て、マルさんの背に乗せてもらった。
マルさんは風の様に夜を駆け、山を登っていく。
流石にノーゴンさんの時よりはスリルがあるが、ベルルは楽しそうにキャッキャと笑い喜んでいた。

山頂の神殿は、再び僕らの前に現れた。
この神殿を虚像の神殿と聞いた。見える者しか、見えないのだと。

その前に立つと、ベルルはほうと見上げ、なぜか側に咲いていた花を一輪摘む。そして、呼ばれる様にゆっくりと神殿へ足を踏み入れた。
僕はそんな彼女の隣に立ち、彼女の赴くままについて行く。

ベルルはその入り組んだ神殿の何もかもを知らないのに、まるで知っているかの様に通路を歩き、やはり例の大広間に辿り着いた。

「……」

そして、大広間の真ん中で眠る、岩の様な長いドラゴンを見つけるのだ。

「よく、分かったねベルル」

「あのね旦那様……声がしたの。見て?」

ベルルが足下を指差す。そこには無数の妖精が居た。何だかリーズオリアの妖精とは容姿が違って見える。皆顔が黒いので、気がつかなかったが、この神殿には多く妖精たちが住んでいた様だ。

「あれが、ディカちゃんなのね?」

ベルルは恐れる事も無く、眠るディカ・アウラムの所まで寄っていった。
マルさんとサンドリアさんも、驚いている。

「本当にディカだ。こんな所に居やがったのか」

「……旧魔王様が亡くなって、すぐに姿を消したものね」

二人とも、ベルルの後をついて行く。かつての仲間との再会は、やはり特別な事なんだろう。
ベルルはその大きな鼻を撫でた。

「こんばんはディカちゃん。でもきっと、はじめましてじゃ無いのよね」

ピクリとも動かないディカ。それでもベルルは続ける。

「私はベルルよ。ベルルロット。今では、旦那様の奥様なの。ふふ、私の事、知っている?」

何の反応もないのに、喋り続けるベルルの姿が、僕としては可愛らしかったが、神妙な面持ちでそれを見つめる大魔獣様方の漏れ出る圧力が凄い。

ベルルがそこに居ることで、妖精たちが集っていた。

「ねえ、旦那様もこっちに来て?」

なぜか僕を呼ぶベルル。
僕は彼女の言う通りにした。

「こちらが私の旦那様よ? 素敵でしょう?」

「……」

とりあえず、意味も無くにっこり。
何をやっているんだろう僕は、と思わなくも無いが、ベルルが愉快そうなのでそれで良い。

「ディカちゃんは知らないと思うけれど、私、魔法を少し使える様になったのよ? 見てみる?」

ベルルは摘んだ花の花びらを一枚手のひらに載せ、僕に花を手渡した。

「まずは、浮遊の魔法ね」

「べ、ベルル? ここで魔法を使うのかい? しかも浮遊の魔法?」

てっきり、妖精のおやつを作るのかと思ったら、浮遊の魔法を使ってみるらしい。僕は嫌な予感が少しばかりしたので、頬に冷や汗を流す。

「だって旦那様、最近覚えた魔法じゃないと」

「そ、そうかい?」

「そうよ」

ベルルはちゃんと持って来ていた杖を取り出し、手のひらの花びらの上に、覚えたばかりの魔法式を書いた。

「さあ、浮いてちょうだい」

ベルルがグッと魔力を集中させたのが、空気の張り具合で分かった。
そしてその瞬間、思う。

魔力がでかすぎると。

「……」

「……」

花びらはびくともしなかったけれど、斜め右前方の飾り柱がゴキッと音を立てて折れ、持ち上がっていた。
何て事だろう。僕とベルルは青ざめる。

「あわわわわ、どうしましょう旦那様」

「とりあえず、魔力を落ち着けるんだ。わわわ、ワッペンを……」

僕は慌てて魔法を強制的に停止させるワッペンを探したが、まさかここでそのワッペンを使う事になるとは思わなかったので、持って来ていない事に気がつく。

「わああああああっ」

持ち上がった柱は、一度高く宙に浮かぶと、フッと力が抜けた様に落下してきた。
多分ベルルが魔力を押さえようとして、極端に力を抜いてしまったのだろう。

「危ない!!」

マルさんが白狼の姿になって、僕ら二人をくわえ柱の落下から救ってくれた。
しかし柱は、まんまとディカ・アウラムの頭に直撃する。

もくもくと砂埃が舞い上がり、僕らは一時目を閉じていたが、閉じた瞼の向こうから光を感じ取る。何か大きなものが動く音がした。

「……」

目を開くと、今度はあまりの目映さに再び目を閉じそうになった。
黄金の毛並み、黄金の皮膚、黄金の瞳を持ったドラゴンが前足を立て起き上がっていたのだ。

「……ディカ・アウラム」

流石のローク様も目を見開き、その姿を確かめていた。
そのドラゴンの輝きはキラキラと鱗粉の様に舞い散って、僕らを魅了するのだ。

「ディカちゃん、起きたのね!!」

ベルルはワッと笑顔になって、ディカ・アウラムに近寄った。

「ベルルっ、危ないよ!!」

「そんな事無いわよ旦那様。だって、妖精たちがみんなディカちゃんに集まっているんだもの」

僕の心配をよそに、ベルルはディカに近寄り、その美しいドラゴンを見上げた。

「ディカちゃん、なんて綺麗な姿かしら。ねえ、私の事知っている?」

「……」

ディカは低く唸っていたが、ベルルにその鼻を近づける。
ベルルの髪が鼻息で揺れていたが、ベルルはディカの鼻を撫でクスクス笑っていた。

「ベルル様、少しお下がりください。ディカが飛ぶ様です」

ローク様がベルルの肩を引いて、少し下がらせた。
すると彼女の言った通り、ディカは一度腰を低くして、頭を上げ真上に飛び立っていった。その時の突風に飛ばされそうになったが、魔獣姿になったマルさんに支えられ、何とか踏みとどまる。ベルルはローク様に守られていた。

ガラスの割れる様な音と共に、ディカがこの神殿を飛び出ていった。
それは空間の割れる音でもある。黄金のドラゴンが作り上げていた虚像の神殿が、今壊されたのだ。

ガラガラと崩れ落ちていく神殿。
僕はベルルを引き寄せ目を閉じたが、再び目を開くとそこは静かな何も無い山頂。草が所々生え、木々が周囲を囲う広場だった。

「……わあ」

晴れた真夜中の空を見上げると、黄金に輝く細長いドラゴンが、まるで揺らめく帯の様に天を駆けている。遥か昔もこんな風に、この島の空を駆けていたなら、運良く見る事が出来た者が神だと信じたくなるのは無理も無さそうだ。

やがてその金色の帯は、高く高く舞い上がり、似た色の月に解け見えなくなってしまった。

「あの、行ってしまいましたが良いんでしょうか?」

「……仕方が無い。とは言え、目覚めたのならそれだけでも十分意味があると言うものだ」

「……?」

「ディカは、ベルル様の魔力に旧魔王様の匂いを感じ、目を覚ましたのだろう。……ちょっと、無理矢理だった気もするがな」

ローク様はベルルに向かってウインクした。
ベルルはもじもじとして「ごめんなさい」と言う。

「まさか、柱が持ち上がるとは思わなかったの」

「帰ったら……また少し魔法を練習しようか」

「ええ、旦那様!!」

ベルルの頭を撫でると、ベルルは僕の腰に抱きついて、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
なんだかんだ言って魔法が失敗した訳ではないし、ディカも目を覚まして空を飛ぶ美しい姿を見る事が出来た。

いまだに舞い落ちてくる、金色の鱗粉の様なものが、ベルルの笑顔を余計に輝かしく見せてくれるものだ。
大変な事もあったが、最後にこんなに綺麗なものが見れて、良かった。

「また、ディカちゃんに会えるかしら」

「……いつかまた、ベルル様の前に現れるだろう。ディカは、あなたの魔力で目を覚ましたのだから」

ローク様の言う事に、ベルルはコクンと頷いた。

「あのドラゴンは、魔界へ戻ったのでしょうか?」

「いや、それは無いだろう。ゲートが開いた気配もないからな」

「……」

魔界を救うにはディカ・アウラムの力が必要だと、ローク様は言っていた。
あの金色のドラゴンがどこへ向かって行ったのかは分からないが、もし再び会える時があるなら、その心の内を少しでも知りたいものだ。