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お待たせしました

そこまでグロくはないと思います
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青年と狙撃銃と閃光手榴弾

 狭い部屋があった。僅かばかりの生活用品と、無数の木箱が埋め尽くす洋室だ。

 そこで、一人の青年が頭を拭っていた。体からは湯気が立ち上り、皮脂や血液から滲んだ油で妙な光を放っていた頭髪は本来の黒い輝きを取り戻している。

 真新しいふわふわとした手触りのバスタオルで水気を丁寧にぬぐい去り、これまた新しい下着の包装を破って着込む。まるで生まれ変わったかのような清々しさであった。

 青年は服を着込むと人心地着いたのか、小さく吐息してから手近にあったスポーツドリンクのキャップを捻った。汗を流して水分不足の上、糖分が不足がちな体には染みるようである。

 髪を湿らせた青年の近くには、バスタオルを広げた上に体毛のボリュームを増したカノンが鎮座していた。青年を救う為に返り血を浴びたので、同じくシャワーを浴びたのだ。

 青年は数日分の垢と、濡れタオルだけで拭いきれなかった血と臓物の悪臭を。カノンはしとどに濡れるほど浴びた血液を落とす為に。

 とはいえ、カノンは犬である。それも、本来は豪雪地帯で生きているシベリアンハスキーだ。被毛には豊かな油分が含まれており、よく水気を弾くし、他の毛より短い毛、アンダーコー腕時計 casio
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トによって体温の喪失も防止出来る。そこまで神経質にしないでも、普通にグルーミングするだけでも血は落ちただろう。

 だが、敢えてシャワーを浴びさせたのは、青年からの謝意を表していた。放っておいても落ちただろうが、それでは気持ち悪いだろうし、血の臭いは残る。貴重な水を使ったとしても、カノンに報いたいと思ったのだ。

 シャワーユニットの水は循環して使えるのだが、水タンクの水を浪費することには違いは無く、循環しても一定の汚れが溜まると汚水タンクに移される。故に、多用はできないのだが、それでも使ってやるだけのことをカノンはしてくれた。

 受けた恩には報いるのは当然のことであろう。ギブアンドテイクの関係とはいえ、最低限の義理とでも呼ぶべきものは守るべきだ。生命そのものに価値を感じられない青年には、それはある種絶対の価値観とも言えた。

 ドライヤーでしっかりと体を乾かしてもらったカノンは非常に満足そうだ。それに、暫くはまともな食事を摂っていなかっただろうから、青年は備蓄物資から特別単価の高いドックフードを食べさせてやったのだ。やはり味が違うらしく、食いつきが良かった。

 それ故にご機嫌なカノンを眺めつつ、青年は自分の髪は自然乾燥で良いかと思いながらタオルを巻き付けた。後は何度かタオルを入れ替えれば直ぐに乾くだろう。

 居住まいを整え、清潔な状態になった青年は木箱を一つ開けて、その中身を取り上げる。缶ジュース程度の大きさの金属の筒だが、それには大ぶりなレバーと、それを本体に固定するピンが付けられていた。

 手榴弾だ。それも、破片手榴弾ではなくフラッシュバンと呼ばれる対人非致死性武器である。

 これは炸裂すると、瞼を貫通して目を焼くほど強い光を発し、高音域の特殊な音を大音響で発して人間の平衡感覚を狂わせる。目が見えず、まともに歩けなくなった人間は最早戦力とは言えず、捕縛は容易となる。つまり、殺さないで相手を無力化出来るのだ。

 とはいえ、大抵は強行突入の際に先行して放り投げ、無力化した相手を撃ち殺すというイメージが強いだろうが。映画やFPSのゲームでは、得てしてそのような使い方をされることが多い。

 四個ほど棚に並べ、他にも似たような形状の管を取り出す。ただ、書かれている字や模様がフラッシュバンとことなるそれは、また別の対人兵器、破片手榴弾だ。

 此方は普段の死体掃除でもごく希に用いる、爆圧で中に収めた鉄片をばらまき、人体を切り刻む対人兵器である。

 映画では派手な視覚効果を伴う小道具だが、その実際は半径数mを鋼の嵐で引き裂く無惨な兵器だ。僅か数cmの鉄片が体に突き刺さるだけでも人間は容易く命を落とす。

 炸裂すれば絶対的な暴威を振りまく兵器を同じ数だけ閃光手榴弾の側に並べた。

 普段は使わない武装であるが、青年は今回は遠慮するつもりなど無かった。このまま姿をくらませた方が賢いのだろうが、未だ応報は終わっていない。彼等は自分を殺すつもりできたのだ、ならば、それは一方的であってはならない。

 青年は、彼等を只の一人たりとも生かしておいてやるつもりなど無かった。

 世の中には何をされても笑顔で耐え抜き、剰え逆の頬を差し出す者も居るそうだが、青年はそこまで人間ができていない。

 その上、今のご時世でそんなことをしている人間は鴨でしかなく、利用された後で殺されるだけだ。

 一体どうして、そのような理不尽が許容されようか。

 禍根は根から断たねばならぬのだ。そうしなければ、何処で響いてくるか分かった物では無い。現代社会では殺人は法度であるので望ましくないが、末法の世となった今では殺してしまうのが一番後腐れが無い。

 それに、後に響くのはこのような世の中だからとも言える。執拗につけ回してきて、復讐なんぞ企てられては溜まったものではない。

 多くの道路が来るまで埋まっている今、このデカブツが通れる道は少ないので、その気になれば追跡も不可能では無い。

 表情は平素と同じく無表情に保たれているものの、その内心は殺意で塗り固められていた。例え女であろうが幼かろうが、情けを掛ける余地はありはしない。

 ただ生きる、それを目標として生きているのだ。ならば、慈悲もなければ許容もしない。そうしなければ、生きてなどいけないのだから。

 手榴弾を用意し、そして予備の拳銃を取り出す。M92Fは奪われてしまったので、使うのは別の拳銃だ。SIG社の自動拳銃、自衛隊向けに調達されたP220を木箱の中から取り出した。

 M92Fに比べると随分と小柄で痩せた銃だ。それも当然だろう、西洋人に比べると小柄な日本人でも取り回しやすいような設計になっている銃なのだから。

 マガジンはシングルカラムで装填数は少ないが、その分グリップが痩せていて握りやすい。銃を安定して撃とうと思えば、片手で握って親指と中指の先がちゃんと触れている必要がある。

 だが、弾を多くマガジンに飲み込ませる為のダブルカラム構造ではグリップが太くなるので、それが難しいのだ。M92Fは、そのダブルカラムマガジンを使っているので、小柄な青年が保持するのには一苦労だ。

 しかし、このP220はグリップも痩せていて、全体的に一回り以上小柄なので取り回しは非常に良い。むしろ、使うならば此方の方が向いていると言えた。

 それでも敢えて青年がM92Fを使っていたのは、単に装填数の問題である。押し寄せる死体を前にして悠長にマグチェンジする暇は無い。M92Fはマガジンが太いせいでグリップも太いが、その装填数はP220の倍近い。ならば、大勢を相手しなければならない状態では、その方が都合がよいのである。

 それこそ、相手の口臭を嗅げるようなインファイトでは精密性など問題にはならない。二mという短距離の何処に必要だというのか。手からすっぽ抜けさえしなければそれでよい。

 が、流石に対人戦ともなるとそうはいかない。これは自衛隊員の死体から失敬した予備扱いの銃だが、精度は良いし握りやすい。銃を持った相手と撃ち合いに発展する可能性があれば、此方の方が使うに適している。

 マガジン四本に9mm弾をねじ込み、タクティカルベストに収める。他に持っていく装備は、この間使った狙撃銃とナイフだけでいい。そもそも青年には相手の反撃を受けるほどのインファイトで戦う気などないのだから。

 拳銃と狙撃銃、各種弾丸に手榴弾を四個ずつ。他には刃渡り一五cmほどのナイフを身につけると青年はタオルを抜き取って立ち上がった。

 髪はまだ湿気ているがいいだろう。流石に寒そうだが直に乾く。むしろ、頭が冷えている方が帰って良さそうだ。散々焦ったり頭に血が上ったりで悪手をやらかしてきたのだから。

 青年は狙撃銃の槓桿を引き、チェンバーに7.62mm弾がしっかり収まっていることを確認してから押し出す。この狙撃銃、槓桿は自動で戻らないので押してやらねばならないのだ。

 ゼロイングというスコープの調整は一応済ませているのだが、風などで誤差が生じることもあるので、精密性を極限まで求めるのならば現地での試射と調整も必要になるだろう。

 だが、地球の自転やら丸み、距離による風の影響などは、弾が飛翔する距離が長いと影響が強まるものだ。それこそ、数十メートルの距離であれば、長大な銃身が与える強烈な回転による直進性の方が幾らか勝る。

 別に青年は映画の題材にまでなるような長距離狙撃をやらかすつもりは更々無いので、然程神経質に気にする必要はない。

 狙撃銃の扱いや、スコープの調整には若干の覚えはあれども、狙撃手としての教育は受けていない。それに、1km以上離れての狙撃なんぞ殆ど行われないのが実情だ。

 正確に弾を叩き込もうと思えば、現実的に弾を当てられるのは五〇から二〇〇ちょっとが限界というところだろう。だが、普通の人間相手や、ましてや死体ともなるとそれで十分過ぎる程なのだ。

 銃を扱う訓練を十分に受けた専門職だとしても、一〇〇mも離れると小銃で狙うのは少し面倒だと聞く。そうなると、スコープもサイトも何も無い小銃やら散弾銃で武装している一般人ならば、最早驚異とはなり得ない。弾は撃てば届くかもしれないが、狙って当てられる距離ではないのだ。

 青年は偏執的なまでに準備を調え、策を考える。近くに居れば高所から狩り殺し、もしも拠点に戻っていたのならば手榴弾なりフラッシュバンなりを投げ込んで始末する。そこには相手が反撃してくる余地など全く無い。

 殺し合いはしない。自分が殺される可能性があるのならば、それはやらない方が良い。やる時は相手がどう足掻いても逆転できず、ただ一方的に此方から殺せる時と、どうしても博打を避けられない時だけにすべきなのだ。

 青年はリスクを極力避けてきたから生きてこられたのだ。それを本人が理解しているからこそ、徹底的にやるだけだ。今まで通り、これからも。

 銃は安全装置を解除すれば即座に打てる状態にして、青年はスリングで狙撃銃を担いだ。硬質プラスチックの本体と鋼の構造物の複合体は、普段なら重くて鬱陶しいのだが、今はその重みが何より頼もしく感じられた。

 「行くぞカノン」

 返事を待たずに青年はキャンピングカーの扉を開く。別に聞かなくとも分かっているし、言わずとも伝わるだろうから彼女も声を上げることはない。

 一人と一匹は、静かに車庫を後にした。

 狩りへと趣く為に…………。










 無数の放置車両が犇めく幹線道路の真ん中で二人の人間が死んでいた。一人は体に弾を受け、もう一人は何か鋭利なものに喉頸を無惨に引き裂かれて。

 流れ出た血液が周囲を鮮血で染め上げ、噎せ返るような血の臭いが充満している。そこに混ざる僅かな腐臭と、銃創から毀れ出た臓液と汚物の悪臭。何よりも耐えがたい臭いであると同時に、死体共を寄せ付ける危険な臭いであった。

 その場に死体を観察する数人の男達が居た。いや、観察するというよりは殆ど呆然と眺めていると形容した方がそれらしい。

 五人の男達は手に武器を携えているが、その内火器を有しているのは僅か一人だ。それも、握られているのはあまり状態の良くないニューナンブである。その他の面々は金属バットや鉄パイプを改造したパイクなど、死体を排除するのに適した装備を持っている。

 拳銃を持った男が、銃を手放すことなく、その手で顔を覆った。

 もう一昨日から数えてどれだけの仲間が死んだだろうか。最初に二人、次に二人、そして今二人。もう六人だ。それも、一人はクロスボウの扱いに長けた、男達の中では戦闘能力の高い者だし、もう一人も決してそれに劣る男ではなかった。

 それが、銃声を聞いて自分達が駆けつけるまでの十数分の間に容易く殺されてしまった。周囲に他の血が飛び散っておらず、下手人の姿がないというのに転々と続く血痕がないということは相手に手傷を追わせられなかったということだろう。

 より最悪なことに、武器まで奪われている。クロスボウに拳銃、どちらも貴重な物資だ。滅多に手に入らず、換えも無い。これを失うのは手痛いと表現することすら生ぬるい損失である。

 もしも戻ったならば、彼等の首魁である男は烈火の如く怒るだろう。よもやここまでの装備を用意しながら、手負いの男一人を殺すことが適わなかったのだ。憤りに任せて撃ち殺されるかもしれない。

 自分達は一体どうすれば……。

 そう考えた時、不意に背中を押されたような気がした。軽く、何かを報せる時に押されるような感覚であった。

 はて、何事であろうかと拳銃を携えた男は振り返る。仲間が何か見つけたのであろうか。

 いや、男は振り向けなかった。体ごと振り向こうとしたが、何故か思った通りに体が動かない。

 気がつくと、自分は地に膝を突いていた。体に力が入らず、急激に体温が失われていくようで寒かった。ふと体を見下ろすと、胸の辺りが真っ赤に染まっている。

 これは、何だろうか?

 そう思った瞬間、男の思考は心臓が破壊されたことによる失血で完全に途絶えた…………。









 甲高い金属音が響き渡る。それはむき出しのコンクリートへ火薬滓や薬室内を満たしたガスで曇った薬莢が落ちる音だ。

 青年は四階建ての雑居ビル、その屋上にて狙撃銃を縁にバイポットで保持しながら構えていた。淡々と槓桿を引き、次弾を装填する。ボルトアクションライフルは、この動作を一々要するのが手間なのだが、その精密性と弾道直進性は他の銃の比ではない。

 まずは一人。内心にて呟きながら、未だ何が起こったのか測り兼ねている男達の一人にポイントする。狙うのは胴体の真ん中だ。これならば、少々的を外れても何処かに当たる。

 そして、狙撃銃が弾丸に持たせる破壊力ならば、例え重要臓器に当たらなくとも十分に致命傷たり得る。威力の大きさ故、何処かに着弾した際、体に伝わる衝撃波だけで心臓が止まることがあるほどだ。無理に頭を狙うことはない。

 青年の隣でカノンが伏せながら待っている。今回の敵は火器を持って居るので非常に危険であるが故にカノンが活躍するのは偵察のみだ。一対一ならば相手が拳銃で武装していてもカノンならば難なく斃せるだろうが、流石に複数人だと話が違う。

 とはいえ、それでも偵察と警戒は重要だ。もしも後ろから誰かが忍び寄ってもカノンが直ぐに報せてくれる。狙撃に際して自分への攻撃を警戒するのはとても重要なことだ。

 これが1km以上の長距離狙撃ならば格好も着くのだがな、と思いつつ、青年は幹線道路から直線距離で僅かに一〇〇mほどしか離れていない雑居ビルの屋上で、へし折れた人差し指の代わりに中指で狙撃銃の引き金を引いた。

 銃声が寒空に轟き、赤い華がスコープの向こうで咲いた。弾丸は一瞬で宙を突き進み、狙いを過つこと無く胸へと突き刺さる。恐らく即死だろう。

 流石に二回も銃声が響き渡り、二人も死ねば相手も自分達が狙われている事に気付く。彼等は蜘蛛の子を散らすように車の影へと身を隠し始める。

 だが、それも素人の動きだ。青年は冬の乾燥した風で乾いた唇を舌先で擽って潤しながら狙撃銃の槓桿を再びコッキングし、次弾を装填した。

 本来狙撃手から隠れるのであれば、その場で伏せるか遮蔽物に隠れるしかない。確かに彼等は遮蔽物に隠れては居るのだが、それは狙撃手の場所を確認しないで咄嗟に隠れたに過ぎない。一人は見当違いの方向を警戒しており、青年へと無防備な背中を向けていた。

 本来ならば、撃ち殺された仲間の倒れ方や、弾丸が突き刺さった場所を見て狙撃手の居場所をある程度把握するべきである。しかし、それは訓練された軍人であるからこそ為せる反応なのだ。

 彼等は多少殺しと暴力に慣れていようとも単なる一般人に過ぎない。死体相手の闘争には経験があれども、弾丸飛び交う鉄火場に身を置いたことは無いはずだ。そんな人間が命の危険に晒されながら適切な行動など取れようはずも無い。

 青年は迷い無く、隠れて狙撃の恐怖に怯えている男に弾丸を叩き込んだ。ただ、今度は胴体ではなく、左の太股にだ。

 肉が避け、血が飛散し、絶叫が木霊する。男は太股を押さえながら身悶えし、助けを求めて叫びを上げる。いいぞ、もっと喚けと思いながら青年は次弾を籠めた。

 これは狙いを外したのではない。敢えて足を撃ったのだ。

 場合によっては手足に着弾しても衝撃波が血管を逆流して心臓を止めることもあるが、男は比較的大柄だった。絶対にとまではいかないが、太股ならば耐えるだろうと青年は思ったのである。

 そして、敢えて足を狙ったのには思惑があったらだ。狙撃手の定石である、何とも悪魔的な思惑が。

 助けを呼ぶ仲間の声に耐えかねて、車の影に隠れて居た男が一人身を乗り出し、彼を自分の方へと引き寄せようと手を伸ばす。

 味方の為に身を挺すのは賞賛されて然るべき行為だが、その結果として隠れて居た上体の多くが遮蔽物から出てしまう。どれほど英雄的な行為であろうとも、現状においては短慮と無謀に過ぎない。

 青年は仲間を救わんとした勇敢な男の腹に弾丸を叩き込む。少しだけ狙いが逸れて、胸に当てるはずだった弾が外れたのだが、許容範囲内だろう。放っておいても直に死ぬ。

 二つになった叫びを聞きながら、次弾を装填した。後一人……。

 青年が狙ったのは、負傷者を助けに遮蔽物から身を出した相手を狙撃するという、狙撃手が大多数を相手取る際の常套手段であった。狙撃の恐怖で釘付けにすると同時に、負傷者という餌で他の敵を釣る。そうすることによって負傷者が更に増え、足止め出来る時間は増える。

 任務が足止めであれば、可能な限りそれを継続すればいいし、威力偵察ならば、その場から逃げ出しても良い。狙撃手とは単に遠距離から敵を撃つ卑劣漢ではないのだ。冷徹にして思考の冴える、優秀な斥候、それが本物の狙撃手である。

 自分は、そんな彼等に比べるとお粗末というに過ぎるだろうがと思いつつも、青年は油断無く最後の一人が出てくるのを待った。今回は足止めが目的ではなく、負傷者を助けに来た敵を釣るのが目的なのだ。

 だが、一分近く待ち続けても、狙撃に恐れをなしたのか一向に出てくる気配は無い。隠れてやり過ごそうとしているのか、それとも他の車の影に隠れて逃げようと機をうかがっているのか……。

 面倒だなと思いつつも、そんな相手を釣る方法が無い訳ではない。持久戦をやるのも馬鹿らしいので、青年は引き金を絞った。太股を撃って倒した男、その逆の太股に狙いを付けて。

 弱まりつつあった叫びが勢いを取り戻して跳ね上がる。再び血が跳ねるが、出血の具合からして太い血管は切れていないようだ。

 腹を撃った男は、一分の待機時間で既に事切れている。若干勿体ないことをしたかと考えつつ、青年は様子を伺う。

 相手が出てこない場合は餌を更に痛めつけてやればいい。そうすれば、獲物は更に助けを求め、求められた相手も助けたくなる。若しくは、目を覆いたくなるような凄惨な仕打ちに怯えて逃げ出すか、動けなくなる。全く、上手いことを考え出すものだ。

 そういえば、これも漫画で読んだネタであっただろうかと考える。やはり、サブカルチャーも馬鹿にしたものではない。かつて好んだタイトルを思い浮かべながら次弾を装填し、構えた状態でバイポットのおかげでフリーになっている左手で弾倉を交換した。

 青年が期待しているのは、相手がその場で固まらないことだけだ。持久戦は避けたいし、近くに寄って拳銃を使うのも面倒だし、折角高所に位置取った意味が無くなる。別に蛮勇を示しても、臆病風に吹かれても良い。その場で硬直だけはしないでくれ。

 その祈りは直ぐに聞き届けられた。隠れて居た男が、腰を抜かしたのか這いずりながら他の車の影へと移動し始めたのだ。

 本人は全力で這っているつもりなのだろうが、それは距離による対比を含めても象の歩みだ。状態的に見て亀の方が相応しかろうかと思いつつ、青年は露わになっている脇腹に狙いを付けた。

 少し狙える面積が少ないので不安が残るが、当てられなくもない。レティクルに横っ腹を重ねて、当たれと願いながら弾丸を送り出した……が、それは風の悪戯か、僅かにそれて男の直ぐ手前、コンクリートに突き刺さるに留まった。

 舌打ちが毀れる。風と距離、そして無風を想定して行ったゼロイングのせいで弾道がズレたようだ。弾道直進性が高かろうと、外れる時は外れてしまう。落ち着いて弾痕を観察し、どれだけ逸れたのかを確認し、数度ツマミをクリックしてレティクルの位置を再調整した。

 本来ならば同じ箇所を三回撃って、その三回の誤差を平均して調整するのだが、如何せん悠長にやっている暇は無い。今までの経験に頼って感覚でゼロイングを終える。

 時間にしては数秒だが、車の影に隠れるには十分な時間だ。それに、一瞬だがレティクルの数値を確認する為に相手から意識を外してしまっている。逃げられたか?

 焦れる気持ちを抑えながら次弾を装填してスコープを覗き込むと……その場に男は留まっていた。

 横ばいになっていた状態から体を起こし、弾丸が食い込んだ地面を驚愕の表情で見つめている。ふと、本当にびっくりしたり恐怖を覚えた時、人は叫ぶことも動くことも出来なくなると何かで読んだのを思い出した。

 なる程なる程、こういうことなのか。襲撃者からすると、非常に都合の良い習性ではないかと感じつつ、安堵して青年は男の額にポイントを合わせた。

 命中するかの不安はあるが、散々怖がらせたようだし、最後は一撃で終わらせてやろう。額を射貫かれれば、何があったなど分からないままに死ねる筈だ。

 まぁ、当たればの話だが。

 引き金が絞られ、銃声が冷え冷えとした青空の下に響き渡り、コンクリートと車の表面が血と淡いピンクの極彩色に塗りつぶされた…………。










 「帰ってきませんね」

 何処か怯えの混ざった声を聞いて、右手の指を幾らか欠いた、人相の悪いそり込みの男が怒号を上げた。

 はっきりしない発音の怒声は、殆ど無意味な獣の叫びとして口から吐き出され、それだけでは怒りと憤りが収まらないのか、手近にあったテーブルを蹴り倒す。

 けたたましい音と共に一本足のテーブルが倒れて天板が割れ、上に置かれていたマグカップが数個砕けて中身を床に零していく。

 左手には引き金に指が掛かったM92Fを保持しており、体の動きと共に振り回されているで何とも危険であった。ちょっとした弾みで、持ち主と同じように暴発しかねない。

 時計を見れば時刻は一一時を少し回った頃だった。寒空の中で勢いを欠いた太陽が冷え冷えと輝いている。

 彼等は拠点としている病院の一室、元々は6人部屋の病室だった場所の机を撤去した溜まり場に集まっていた。全員が集まっていないと危険なので、という名目で彼等の頭目が集めたのだ。

 だが、それは建前であり、実際は自分の預かり知らぬ所で謀を進められることを嫌って集められた、ということを彼等は薄々ながら察していた。

 実際、彼も分かっているのだろう。自分の指が失われ、散弾銃も機構部が壊れて一丁損失した。それによって求心力が薄まり、武器が面制圧出来るものでなくなったことによる恐怖政治の効力が弱体化したことを。

 今はまだ、習慣の延長して嫌々命令を聞いているだろうが、近々自分は王座から転落するだろうことも。暴力と恐怖を以てコミュニティを率いてきたのだ、それらが取り払われた場合、どうなるかは火を見るより明らかであった。

 恐らく、あの青年はもう捕まらないだろう。だが、放置することは彼の矜持を更に傷つけることに繋がり、その上、仲間を殺されたにも関わらず何もしなければ、仲間に見限られるのも速まるはずだ。

 だから、捕まらないと分かっていても追わざるを得なかった。虎の子の拳銃や、クロスボウの扱いに長けた射手。兎角持てる限りの装備と人員を駆り出した。今の所拠点に残された戦力は僅か六人の男と、四人の女、そして小間使いの子供が二人だけだった。

 武器も、殆どが死体を掃除するための鈍器だ。まともな銃器は、彼が管理しているM92Fと89式小銃くらいのものである。

 勿論、青年から奪い取った装備だ。しかし、その高性能な火器が、危うい彼の立場をギリギリの所で補強している。これが無ければ、彼は既に私刑に処されて生きたまま死体の昼食にされていただろう。今まで彼がしてきたことと同じように。

 誰だって暴力を振るわれるのは嫌いだ。例え自分が振るうのは好きであっても、不本意に振るわれるのは好きな訳が無い。余程の奇特な人間を覗けば、それは不可逆のことなのだ。例え悪足掻きであっても、そうなるまでの時間を引き延ばしたいと思うのは人間心理として当然のことであろう。

 体中を嫌な汗が伝っていた。周りのメンバーが此方を見る目が痛い。何でだ、何だってこんなことに。考えても答えなど出る筈も無く、ただ握りしめたM92Fのグリップだけが小さな軋みを上げる。

 その怒りのはけ口は既に失われている。さっきは暴発して机を蹴倒してしまったが、もうやらない方が良いだろう。変に仲間に矛先を向けたら逆襲されかねない。最早顔色を伺うべきなのは向こうでは無く自分なのだ。

 今まで落ち着いて座っていた玉座は、その重みだけを声高に主張する、腐った演台の上に据えられた処刑装置と化していた。遅かれ速かれ、玉座は脆くなった演台を踏み抜いて奈落へと転落していくことだろう。

 自棄を起こしたように歯ぎしりしつつ、脳内であの青年を幾度となく八つ裂きにした。結局、悪いのは全てアレなのだ。アレがやってきてから全部駄目になった。

 たったの三日、捕まえてからたったの三日で全部が狂った。何故自分は痛めつけてやろうだとか、隠した物を見つけ出してやろうなどと考えてしまったのだ。あの場ですっぱり殺していれば後腐れもなく、今でも玉座に気分良く座っていられたというのに……。

 だが、彼はそうしなかった。賢い策を取らないで、今まで通り与しやすい子ネズミを嬲るつもりで捕まえてしまった。

 その結果が今の有様だ。アレは無害なネズミなどではなく、小さいながらも牙に致命的な毒を隠したネズミだったのだ。

 傷口から病は入り込み、コミュニティという名の猫は致死の病魔に冒された。頭を失い、体が統制を失うという致命の病に。

 どれだけ考えても、ここから状況を覆す方法は思い浮かばなかった。だが、逃げ出すということも彼には容認できなかった。

 自分は支配者だったはずだ。有象無象を束ね、望んだ時に暴力を振るい、思うがままに犯す。誰にも否定されることのない支配者だったのだ。

 そんな男に勘違いしたプライドが芽生えるのは珍しいことではない。ちっぽけでどうでもいいプライドであっても、当人にとっては自己の世界を確立する為の重要な要素だ。それを捨てて、こそこそと物資をくすねて夜逃げするなど、どうして出来ようか。

 出来る訳が無い。そのプライドは自己の世界を保持する精神的支柱、いわば屋台骨だ。最も重要な柱を引き抜かれた建物がどうなるかと言うと、崩れ去るのだ。例え外側が頑丈であろうとも、中央が座っていない限り立ち続けることは出来ない。

 認められるはずが無かった。現状も、逃げることも、支配者としての自分が容認できなかった。いや、しなかったという方が正しいのやもしれない。

 暴君は今にも腐れ落ちようとしている玉座の上で、最後の気勢を張り続けている。せめて、せめて後もう少しでもと醜く足掻きながら。

 だが、それにも終わりが訪れた。突然部屋の扉が僅かに開かれたかと思うと、何かが転がり込んできたのだ。

 甲高い音を立てながら転がるそれに、全員の視線が集中した。僅かな時間の中で、彼等はそれを見て空き缶か何かかと認識した。

 そして、どうして空き缶なんかが、という疑問を覚える前にそれが炸裂する。まるで部屋の真ん中に新しい太陽が産まれたような激しい閃光と音響であった。

 閃光は直視した彼等の瞳を焼き潰し、内一人は失明するほどのダメージを目に負っている。耳鳴りを何千倍にも拡大したかのような音響は脳を揺さぶらせ、正常な思考と平衡感覚を完全に奪い去る。最早誰にも、自分が立っているのか倒れているのか、目を開いているのか閉じているのかすら分からなかった。

 何が起こったんだと首魁の男は見えぬ視界と纏まらぬ思考の中で何とか理解しようと必死に頭を動かした。されども縺れた思考の下に行われる努力は空回りして何も得られない。

 殆ど役立たずとなった感覚器が察知したのは、脳髄をかき回す巨大な耳鳴りに紛れて聞こえてくる数回の乾いた音だけであった。

 まるで脳みそをかき回されているような感覚に思わず嘔吐する。適当にねじ込んだ食事が反吐となって口から毀れ、床を汚した。

 無様に床に転がって反吐に塗れた彼が曲がりなりに何かを認識出来る程度の視界を取り戻したのは一分近く後のことであった。

 そして……光の影響で白んだ視界に最後に見たのは、此方に拳銃を突きつけて佇む表情の無い一人の青年であった…………。










 青年は死体が幾つも転がる部屋の真ん中で、全く何の感慨も無さそうに左手でP220を保持して立っていた。背中にはスコープにキャップを嵌められた狙撃銃を担いでいる。

 成された事は実に単純だ。襲撃する為に準備万端で敵の拠点にやって来てみれば、見張りは全く居らず、敵は一カ所に固まっている。恐らく、青年がとっくに逃げたと思い、襲撃を警戒するよりも反乱を起こされないよう一カ所に人員を集めたのだろう。

 念入りに用意したのに少しだけ肩透かしだと感じたが、労せずして敵を一網打尽に出来るのだから文句は無い。

 青年はこれ幸いと誰憚る事無く足音を殺して病院に侵入し、部屋に閃光手榴弾を投入。彼等の戦力を削いでから悠々と部屋に張り込み、一人一発ずつ頭に9mmパラベラムをダブルタップで叩き込んで西瓜弾のように割ってやる。

 今回は弾を無駄にしない為、態々暴れている物の背中や腹を踏みつけて動きを止めてから頭に弾丸をねじ込んだ。その為に少々手間取ったし、返り血も浴びてしまった。左頬に浴びた血糊が重力に惹かれて垂れ、青年は水滴は皮膚の上を滑るむず痒さをかき消す為に舌先で口の端を拭う。

 手近に居た人間を順番に殺していったのだが、別に狙った訳でも無く首魁が最後に残り、その時に丁度弾が尽きた。薬莢を排出する為に後退したスライドがそのまま固定され、弾切れを報せる。

 P220の装填数は然程多くないので、ダブルタップで叩き込むと、予めチェンバーに一発籠めた後でフル装填のマガジンを詰めても一回で掃除しきれなかったのだ。

 リリースボタンを押して空になったマガジンを取り出し、9mm弾が規則正しく詰められた予備のマガジンを装填してやる。スライドが後退して中を覗かせた薬室にしっかりとマガジンが収まっている事を確認し、スライドストップを降ろす。

 弾が切れて後退したスライドが前進し、機構に弾丸が噛み合った。これで何時でも撃つ事が出来る。

 左手のみで保持するゆったりとしたスタンスでP220を構え、反吐に塗れながら転がっている首魁であろう男の頭にポイントする。彼は動いていないので動体を踏みつける面倒は無かった。

 チェンバーに弾丸は込められ、ハンマーは雷管を叩く時を今か今かと待ちわびるが如く持ち上げられていた。そして自分の指先も我慢できぬ、いや、する気などないというようにトリガーガードから離され、トリガーに移っている。

 ほんの数kgの加重が加えられるだけで撃鉄が雷管を叩き、弾丸を撃ち出すだろう。

 だから、そうした。

 引き金が絞り着られる瞬間、首魁の男が此方を見たような気がした。まぁ、些末な事だ。

 乾いた打音の如き銃声が一つ響き渡り、鈍い音と共に頭部が床にぶつかった。額の中央に小さな銃創を作り、表情は驚愕のままに保たれている。

 違うのは、弾丸が頭蓋を突き抜けて後頭部から飛び出す瞬間に、その身に秘めた破壊の暴虐をあらん限りに示した傷跡だ。頭部と対比すると剰りに小さな弾丸は、彼の後頭部を子供の握り拳ほどに抉り抜いていた。

 撒き散らされた脳漿と血糊。死体から未だ毀れ続ける血液のせいで、部屋は血の海と化していた。足の踏み場も無く、ソールが血に浸っている。

 青年は部屋の中に転がる面々が完全に息絶えており、頭部の破壊により死体として蘇る可能性も無くなったことを確認すると、男の傍らに転がっていたM92Fを拾い上げ、近くに立てかけてあった89式小銃を手に取る。

 目立った損傷は無く、血糊が僅かにかかった程度だ。流石に専門家ではないのでフレームの歪みなどを伺うことは出来ないが、見た限り動作には支障は来していないだろう。

 奪われた物は取り返し、理不尽に対する応報は済んだ。相手は暴力という理不尽に死という最上級の理不尽を以てして応報された。これ以上の罰は必要なかろう。

 死体として蘇ることもなく、後は朽ちていくだけ。これだけで十分だ。死体を辱めても当人は既に関知する所ではなく、それで得られる利点など無い。ならば、そんな体力の浪費をする意味などありはしない。

 青年は特に何の感慨も抱くことはなく、死体に背を向けた。

 血に浸ったソールが廊下に複雑なパターンの足跡を残す。彼は拳銃を仕舞いながら、やることは多いなと考えた。

 まず、此処には使える物が沢山あるだろう。報復は済んでいるが、物資は死人には無用の長物だ。埃を被せて放置するのも勿体ない、回収しなければならない。

 元病院だろうから医薬品は豊富にあっただろうし、彼等が近隣の家々や商店から略奪したであろう物資達も蓄えているはずだ。それら全てを選別し、必要な物を運び出すのには苦労するだろう。

 それと、療養が必要だ。指は未だに引き連れるような痛みと熱を持ち、矢傷の周辺も熱を伴った痛みを伝えてくる。僅かにであるが、意識が定まっていない所から、今晩にでも熱が出るだろう。そうなれば暫くはキャンピングカーで大人しく寝ていなければならない。

 割に合うだけの物があればいいのだが。そう思いつつ、青年は表で待っているカノンを呼び寄せる為に指を咥え、甲高い口笛を響かせた…………。 

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 どうも私です。遅くなってすみません。間が空くのも何だか恒例のようになっていていやだなぁ……如何せん忙しくて。

 何分試験前であることと、引き継ぎのせいで中々筆をとることができません。ゲームも最早積み過ぎて訳の分からない事になっているし……去年の四月に発売されたゲームを漸く遊ぶというのもおかしな話だ。

 感想への返信や更正、ちょっと修正したい場所をいじくったりは中々できそうにありません。試験が終わったらちょっとマシになるのかもしれませんが。次は……やっぱり未定です。申し訳無い。

 更新が遅くて誠に申し訳ありませんが、今暫しお付き合い下さい。感想は大変励みになっております。感想や誤字・脱字のご指摘などお待ちしております。