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ついに、といいますか、ようやく、最終章に入ります。
でも、この章も長くなるかもしれません。
気長にお読みください~。
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第二部 7.王の帰郷-1

 三月に入って一週間以上が過ぎ、雨は何度か降ったが、雪は一度も降っていない。大地を覆い隠していた雪を雨が数日間をかけて押し流すと、常緑の生垣と土色だけの寂しい庭園風景が窓の外に広がった。カミーユは久しぶりに再会した大地を見て喜んでいたが、それもほんの一時のことで、すぐに、雪が恋しいと不平を言い出した。カミーユにとって、雪にまみれて皆で遊んだことは、かなり楽しかった記憶として残っているらしい。
 今年は冬が明けるのが早そうだ、と農夫たちがこぼしているという。ジェニーはヴィレールの気候に馴染みがないため、彼らのような実感がわかない。暖房に守られた屋内にいると、外の寒さには鈍感だ。チーズ作りやパンを焼くことに縁のなくなった今では、わずかな気温の変化で四苦八苦することもなく、ジェニーは季節の移り変わりを敏感に感じ取れる機会がほとんどなくなっている。

 女主人を失くした王城がどんな営みをしているか、ジェニーはあえて気にしないようにしているが、この一ヶ月、王には来客や閣議が多く、普段にもまして忙しかったようだ。だが、王は忙しい時間を縫ってジェニーを訪ね、二人はそれまでと変わらぬ頻度で会っている。
 王妃が流布した“先王妃の呪い”によって、次の王妃候補をめぐる争いが国内の貴族間で始まろうとしているようだが、王とジェニーの関係はそれまでと変わりないか、むしろ、良くなっていた。王はジェニーに、春が来たら生まれる予定となっている子馬の一頭を与える、と約束した。王は、ジェニー自らが子馬の世話をするという申し出には色よい返事はしなかったが、管理の行き届いた“王の森”であれば、ジェニー単独でも自由に出かけてよい、と言い、ジェニーを歓喜させた。
 だが、その一方で、ユーゴとジェニーの関係は次第に悪化していた。ジェニーはほぼ毎週、近衛に所属するベバック ブランド
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アール家の者から、ユーゴより預かったという、ベアール本家が数々の家から受領した贈り物の目録を渡されていた。王は他国と縁組する必要がある、とのジェニーの考えを、ユーゴはまるっきり無視しているのだ。
 ジェニーが「賄賂を渡すのも受けるのもやめてもらいたい」とユーゴに頼むと、ジェニーを次期王妃にと大臣たちに接近し、口添えを働きかけている彼は、「一族の繁栄に貢献しないつもりか」と強く反発する。そして、かつてジェニーの父親が身元の知らない間者の女と結ばれるために家を捨て、ベアール家に大きな迷惑をかけた件を持ち出し、今度は娘のジェニーがその埋め合わせをする番だ、と熱心に説くのだ。ユーゴはジェニーに一歩も譲ることはなく、二人の溝は深まる一方だった。


 カミーユの機嫌がひどく悪く、乳母たちの手をてこずらせていたのは、今にも雨が降り出しそうな、真っ暗な空模様の日の朝だった。毎朝、ジェニーは食事の前に娘の顔を見ることにしているが、ジェニーが子ども室に向かう廊下の途中ですら、カミーユの大きな泣き声は聞こえてきた。
「どうしたの?」
 カミーユは乳母の手を振り払おうと暴れていたが、ジェニーの顔を一目見ると、乳母のドレスの裾にもぐりこむようにして母親から身を隠そうとした。
「ね、ママに顔を見せてくれないの?」
 ジェニーがカミーユに近づくと、カミーユは遊びの邪魔をされたくないときに必ず見せる、拳をつくった手を突き出して、ジェニーを牽制した。
「困った子ね。どうしたの? 何があったの?」
 ジェニーに反抗するように背を向ける、カミーユの小さな体。
 世話係の女がジェニーに歩み寄ってきた。
「昨夜は何度もお目覚めになって、よくお眠りになれなかったのです。きっと、こんな天気のせいですわ。小さな子は天候に敏感ですもの」
 そういえば、カミーユの不機嫌が長く続くのは雨降りの日であることが多い。
「そうね、今日はこれから天気が崩れそうだわ」
 カミーユは乳母のドレスにまとわりつき、ときどきしゃくり上げながら、つたない調子で乳母に何かを訴えている。それを見て、世話係の女は、雨が降る日の朝は王も私どもを困らせたものですよ、と昔を懐かしがって、ジェニーに言った。
「王があんなふうにぐずる姿なんて、とても想像できないわ」
「ええ、今のお姿からはそうでしょう。でも、あんな時期もあって――それはもう愛らしいお子様でした」
 ジェニーの前で彼女は目を細め、カミーユを見つめて優しく微笑む。
「本当にどこからどこまでも……王によく似ていらっしゃること。王もきっと、それは自覚なさっておいでですわね。ただ、ご自身の血を分けたお嬢様にどう接すればよいのか、どう声を掛けたらよいのか……王は戸惑われているだけなのでしょう。でもジェニー様? いつか必ず、それほど遠くない未来に、王はカミーユ様に打ち解けてくださると思いますわ」
 王がカミーユは弟ケインの娘だと疑っているとはつゆ知らず、カミーユを抱き上げようともしない王を知っている彼女は、ジェニーを力づけるようにそう話す。
 王は今のところ、ジェニーがケインと通じたという過去を誤解だと考える気はないらしい。いや、ジェニーの不貞を信じるというより、ケインが王のものであるジェニーに手を出さないはずがない、と固く信じているようだ。ジェニーは自分とケインの名誉のため、カミーユのために、王の誤解をどうにかして覆したかったが、今のところは毎回失敗している。
 王とケインの過去を知り、向き合い、誤解を今度こそ正さなければ。
 決意もあらたに、ジェニーは真相を知らない世話係の女に笑い、ありがとう、と応えた。彼女は目尻を下げて笑い返し、ジェニーの手を力強く握る。


 ジェニーが朝食を済ませた頃、今ではすっかり顔なじみとなったベアール家の一員、ジェニーより数歳年上の男が訪ねてきた。ユーゴと同じような青い瞳を持ち、色は違うが明るい茶色のうねるような髪を持っている。はきはきとしゃべる口調が初々しく、新しい青い制服がまだ板についていない、近衛の新人だ。彼が大事そうに胸に抱いている手紙は、ユーゴが彼に託した、贈り物という名の賄賂が記載されている目録だろう。
「いらないから、そのまま持って帰って」
 目録を受け取らなかったからといって、ユーゴが既に受け取った贈り物の存在は消えないが、ジェニーは自分の姿勢を示すため、その若い近衛に強く言った。
「それは私が困ります。どうか、受け取ってください」
「あなたが困ることはないわ。私の気持ちはユーゴ様ももう知ってるのよ。あなたは、私への取次ぎも拒否されたって言えばいいの」
 男はジェニーの指示を聞くべきか、判断に迷っているようだった。困惑する彼の様子を見て、ジェニーは、彼にこんな役目をさせるユーゴに腹が立った。
「待って。ユーゴ様には私から断りの手紙を書くわ。申し訳ないけど、それを目録と一緒に彼に渡してもらえる?」
 男がほっとしたように顔をゆるませた。

 ジェニーが部屋に一度引き上げ、ユーゴ宛の手紙をしたためるまで、十五分とかからなかったはずだ。ジェニーが手紙を持って階下に下りていくと、使いの男が待つ部屋の前で、召使女が待っていた。
「ジェニー様、つい今しがた、ライアン様がおみえになりましたわ!」
 時間は少し早いが、彼が剣の指導に来るのは予定どおりだ。雨が降っていなければ、久しぶりに屋外で練習できる。
「わかったわ。ライアン様は中でお待ちなの?」
「はい」
 ジェニーが部屋に入ると、男二人がジェニーに勢いよく振り返った。ライアンは怒ったように硬い表情で、彼の前に立つ近衛の男は、恐怖で凝り固まったような顔をしている。無愛想なライアンが笑顔を浮かべないのはいつもどおりだが、それにしても、彼は不機嫌そうだった。
「お待たせしました」
 ジェニーは二人に向けて、なるべく明るい声で言った。ライアンが軽く会釈をした。
「ごめんなさい、ライアン様。手紙を書いていたので、まだ準備をしていなくて――もう少しだけ待ってもらえますか?」
 ライアンはジェニーが持つ手紙にちらりと鋭い視線を向けた。
「私が予定より早く来ただけだ。私は適当に時間をつぶすゆえ、仕度をしてくれ」
「はい」
 ジェニーが手紙を持って男に近づくと、彼はようやく表情をやわらげた。上官であるライアンと二人きりで部屋にいた時間が、彼にはかなり重荷だったようだ。ライアンはユーゴのように気さくではなく、用事でもない限り、ライアンの方から相手に話しかけることはまれだ。
 ジェニーは男の手に、書きあげたばかりのユーゴ宛の手紙を押し付けた。
「この手紙をユーゴ様に持っていって。それも一緒に返してね」
 男は目録を見て困惑していたが、ジェニーは手紙を彼の手に落とした。
「あなたは何も気にしなくていいの。必ず渡して」
 ジェニーが念を押すように男を見上げたとき、不意に、ジェニーは背後からライアンに呼ばれた。ジェニーが振り返ると、ライアンはそっけない口調でジェニーに尋ねた。
「ジェニー殿、見たところ、そちらのベアール家からの手紙は封が切れていないようだが、内容を確認する必要はないのか?」
 ライアンの指が示すのは、ベアール家がどこの家から何をいくつもらったのかが箇条書きで書かれている目録だ。ほかの一切の説明は省かれているため、それが何を意味するのかは一見して分からないだろうが、ライアンやサンジェルマンであれば、大概の予想はつくだろう。政治事情に疎いジェニーではあるが、それを彼らに見られたら、ユーゴの立場が危うくなることぐらいは想像がつく。
「内容はわかってるから、見る必要はないんです」
 ライアンはジェニーの返答に満足したようではなく、男の手にある手紙から冷え冷えとした視線をそらさなかった。だがジェニーは、ライアンにそれ以上の説明はせず、そわそわとしてこの場を去りたがっている男に向き直った。
「もう行って。お祖父様にくれぐれもお体をお大事に、って伝えてね。来月のお披露目会には出席するからそのときに会いましょうって、ユーゴ様にもそう伝えて」
 ジェニーが微笑みかけると、彼はつられて同じように微笑み返した。が、ジェニーの頭越しにライアンを見たのか、彼は笑みを慌てて振り切って、威厳を保とうとでもするように顎を上げた。


 飾り気のまったくない、単純な作りの少年用の乗馬服に着替え、髪をきりりと結う。ただ束ねただけの髪は練習中に揺れて邪魔になるため、きっちりと一つにまとめておく。その結った髪さえなければ、ジェニーが剣の練習に挑む姿は、大人の身体に変化する前の思春期の少年だ。
 ジェニーは、部屋の隅にたてかけられている剣に目をやった。剣は二本ある。
 闘技大会の事件で暗殺犯を仕留めた褒美にと、ジェニーは専用の剣を一本もらっていた。鞘は一部金色だが、重くなるので黄金はあまり使われていない。刃は、ジェニーの身長にあわせて通常の大人が使用する剣よりも短く、軽さを出すために細めで薄い。とはいえ、殺傷能力は充分に備えている。
 その隣に置かれた剣は、長さはもう一本とほぼ同じだ。鈍い銀色の鞘は地味に見えるが、近くでよく見ると、全体的に精巧な彫りが施されている。柄に近い部分には、ヴィレール人の誰もが一度は見かけたことのある、王家の紋章が刻まれている。それは、ライアン経由で渡された、王が少年時に使っていたという剣だ。ジェニーが別途もらった剣と比べると、ずいぶんと重量がある。
 ジェニーは王の剣を初めて見たとき、どことなく見覚えのある気がしたのだが、庶民にすぎないジェニーが一国の王子が所有する剣を見る機会など、あったはずもない。もし彼と過去のどこかで出会っていたなら、男にしては美しすぎる彼の顔をジェニーは忘れはしないだろう。
 身支度が全て整うと、ジェニーは部屋を出る前にもう一度だけ、二本の剣を見た。ライアンはジェニーに王の剣をくれたが、本物の剣で指導をつけることはない。ジェニーも本物の剣を使う機会が来ることを、心の底では望んでいない。望んではいないが――。
「まあ、とうとう雨が降ってきてしまいましたわね」
 召使女が部屋の窓の外を眺め、残念そうな声を出す。窓の外は濃い灰色に変わっていた。
「これでは外に出られませんわね……。残念ですわ」
 ジェニーは二本の剣から目をそむけ、部屋を出た。廊下をたどり、階段にさしかかると、窓にあたる雨音が耳に入ってきた。大降りではなさそうだが、風が出てきたらしい。
 自分の足が踏む、下に続く階段を見ていると、ジェニーは闘技大会の日のことを思い出した。会場の熱気、階段状の観客席、ユーゴの陽気な笑い声、黒髪の男が隣の女の肩をなでる手。その同じ手が次の瞬間にジェニーを襲い、ジェニーは、短剣で男に反撃するしかなかった。
 そのときの選択を、今は後悔していない。けれども、いつか再び我が身の危険が迫ったとき、今度は、本物の剣を取らざるをえないのだろう。ジェニーは漠然とそう思っていた。
 王は敵に屈しそうになったジェニーの心を助け起こしてはくれるが、敵から身を救うのはジェニー自身しかいない。その瞬間のために、ジェニーはいつでも剣を手に取れるようにと、二本の剣を部屋の目に見える場所に出しているのだ。

 ジェニーが戻った部屋にライアンはいなかった。ライアンの相手をしてくれているはずだったアリエルの姿もない。
 ライアンは、カミーユのいる子ども室にいた。室内は静かで、扉の脇に立っていたアリエルがジェニーに微笑み、無言でカミーユの寝台の方を指し示した。寝台横にはライアンが立っており、ジェニーに気づくと、気まずそうに目を伏せた。彼の腕の中には、カミーユが彼の肩にしがみつくような体勢でうとうとしている。
 ジェニーが忍び足でアリエルの隣に向かうと、アリエルがジェニーに顔を寄せて囁いた。
「もう少しで眠ってくださいますわ」
 ライアンが世話係の女に頼まれ、体をゆっくりと揺すりだす。その行為が彼の意思ではないとライアンは渋面で主張しつつ、カミーユにときどき向ける眼差しは微笑んでいる。ライアンがカミーユを気にして俯くたび、彼の白く明るい髪も揺れる。
 ライアンがカミーユを抱く光景を見つめていると、ジェニーの胸はきつく締め上げられる。ライアンの姿は、王がカミーユを娘として認め、あやしているように見える。
 あれが王で、カミーユをあんなふうに見つめてくれたら、どんなに幸せだろう。
 ほどなく、白く柔らかな服に包まれたカミーユの手が、ライアンの腕にぶらりと垂れた。
「……よかった。眠ってくださったようですね」
 アリエルの囁きに、ジェニーは我にかえる。
「あの子、昨夜はあまり眠れなかったようだから、少し長いお昼寝になるかもしれないわ」
 ジェニーたちの視線の先で、ライアンは規則的に左右に体を揺らしていた。
 少しして、ライアンがカミーユを乳母の手に渡した。彼はあくまで事務的な表情を保っているが、この室内にいる全員が、彼がカミーユをとても気に入っているのだと知っている。
 ジェニーに振り向いたライアンは、怪訝そうに眉をしかめてみせた。
「顔色がすぐれぬようだが、気分でも悪いのか?」
「いいえ」
 ジェニーは、さっき思い出して、今もまだ拭えない血の感触を頭の隅に追いやり、ライアンに答えた。
「それより、どうもありがとう。あの子、今朝は寝不足でずっとぐずっていて、ライアン様のおかげでやっと眠ってくれたんです」
 礼には及ばない、とライアンはわざとらしく咳払いをした。頬と鼻がほんのりと赤くなり、それが照れ隠しなのは明らかだ。ライアンが、寝台の中で寝息をたてるカミーユに振り返った。
「あの子は本当に、ライアン様が大好きなのね」
 ジェニーが言うと、ライアンは眉を少しひそめ、扉を指さした。「彼女が起きる。我々はもう外に出よう」
 アリエルが少女のような微笑みを手で隠した。つい数週間前にジェニーが聞いた、ライアンは王の小さな娘を自分好みの女性に育てようとしている、という不名誉な噂は、彼のこんな言動から生まれたに違いない。

 子ども室から一歩外へ出ただけで、外の雨音が聞こえた。玄関かどこかの窓が開放されているらしい。どうやら、小雨から本降りになりつつあるようだ。
「寒くなったようだ」
 ライアンがジェニーをちらりと見た。顔色が悪い、と口にするのかと思ったが、ライアンはジェニーを見て、苦笑いをした。
「子どもというのは顔が変わるものだな。貴殿に似てきた」
 特に口のあたりはそっくりだ、とライアンは王と同じことを言う。
「娘が私に似てるって言われたことは、あまりないんです」
「王の方に似ている部分が多いのは確かだ。だが、貴殿にも似ている」
 それからライアンは廊下の先を見据えた。その先の玄関から、執事が下男に窓を閉めるように指示する声が流れてくる。大きな足音が廊下にも響くと、ライアンが眼差しを鋭く変えた。
「ジェニー殿」
「はい」
 ライアンの視線は真正面に向けられたままだ。
「……貴殿は、後宮に入らぬのか?」
「――後宮に?」
 ジェニーが足を止めても、ライアンは正面を向いて歩き続ける。
「どうして私が? ライアン様、後宮は王妃様のために空けておくものでしょう。今は王妃様がいなくても、またいつか、どなたかが住むことになるはずです」
 ライアンは顔をしかめ、歩みを止めた。
「前王妃の一件があって、貴族たちはこぞって、次期王妃は国内から輩出すべきだと騒いでいる。恒例の春の宴では、妃候補の若い娘たちが王の前に勢ぞろいすることになるだろう。私の家も然り、となれば、王のご寵愛を受ける貴殿をかかえるベアール家も黙ってはいまい。貴殿は、王妃になる気がないのか?」
「でも、王妃とは個人が希望してなれるものですか?」
 ジェニーが問うと、ライアンはジェニーを見つめ、小さく首を横に振った。予想どおりの答えに、ジェニーは笑う。
「ライアン様、ベアール家が国内でどんな位置にいるのか、私は残念ながら知りません。でもきっと、ライアン様の家のように、もっと王家に貢献できる家があるんじゃないかと思います。ただ、私は、王妃となるのなら、国内ではなくて国外の、ヴィレールが恩恵を受けられる他国の王女を選ぶべきだと思っているんです。王も同じ考えのはずです。敵国の干渉を最初からはねつけることのできる、力のある国と縁組した方が絶対にいい」
 ライアンが何かを言い返そうとして口をつぐみ、アリエルを見た。アリエルは胸の前で祈るように手を組み、ジェニーをじっと見つめている。
「……だが、それではユーゴ殿は納得しまい」
「国の繁栄に繋がる縁組を祝福できないのなら、私は彼に何も言うことはありません」
 ライアンはまた黙った。ジェニーの言葉の意味を反芻しているようだ。
「大体、私が王妃となって、この国にどんな利をもたらすんでしょう?」
 ジェニーは自分を卑下しているわけではない。単純に、ヴィレールという国にとってのジェニーの価値を考えれば、他国の王女やもっと良家の娘の方が勝っている、と言いたいだけだ。
 ジェニーの視線に出合い、ライアンが仏頂面となって、口を開く。
「少なくとも――そうだな、衣装や装飾品代は浮くだろう。遊興費もかからなそうだ。輿入れの持参金は期待できぬとしても、それ以上に財政面の負担が軽減されるだろう」
 ライアンがジェニーに好意的な発言をするとは、ジェニーは思ってもみなかった。
 ジェニーの驚きに気づき、ライアンは小さく肩をすくめる。
「妻の浪費がもとで財政が破綻した家は、いくらでもある。浪費家でないというのは良い条件だ」
 ライアンはアリエルを見て、硬い表情をわずかに解いた。
「だが、何物にも代えがたいのは、ジェニー殿が王妃となれば、ヴィレールの王が幸福になれることだ。近頃の王は常に安定していて、常に王らしい自信に満ち溢れている。私が生きてきたこの半生で――王があそこまでお幸せそうなのは、私は今までに見たことがない」
 ライアンの思いがけない言葉にジェニーは感動で胸が震えたが、ジェニーの信念までは揺るがない。
 ヴィレールを守るために王がとるべき道は、他国との提携だ。
 ジェニーがふとアリエルを見ると、ジェニーとライアンから顔をそむけるようにして、アリエルが静かに一筋の涙を流していた。

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お読みいただき、ありがとうございました。
完結は(一応)4月末を予定しています。
それまで体調崩さないように祈っててくださーい。