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07:雛



まるで雛鳥の様だった。

ディカが我が家にやってきて、一週間。
ベルルについて回るその姿は、まさにそれだ。いや、雛ドラゴンだろうか。
ベルルもディカが居ることで、少しお姉さんぶりたいのか、しっかりした素振りを見せていた。

その光景は実に微笑ましく、サフラナも僕に何度となく言う。

「お子様ができたら、あの様なのでしょうねえ。奥様は思っていたよりずっと面倒見が良い様で……」

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定期的に僕を横目で見ながら。
いや、僕だってディカとベルルの様子を見ていたら、娘と妻の姿というものを想像してしまって、なかなか良いものだなと思っている訳だが。



「ディカ、私の旦那様よ。とっても大事な人」

「……」

ベルルが僕をディカに紹介する。と言うのも、一週間経ってもディカはなかなか僕の事を認識しないからだ。
本当にベルルにしか興味が無く、ベルルの言う事しか聞かなかった。

しかし彼女が僕を紹介する事で、ディカはマジマジと僕を見上げる。

「……や、やあ」

はにかんだ笑顔になった。
ディカは妙な表情になって、再びベルルの方を向いて彼女の反応を求めている。

「旦那様よ、ディカ。私と、結婚した方。私の夫よ」

ベルルが僕に寄ってきて、いつものように僕の腕にくっついた。
そして、「好き好き~」と言って擦り寄ってくる。
あはは、可愛い奴め。僕は条件反射で彼女の頭を撫でた。

「……」

ディカは僕とベルルの様子を見て、ひとりでに頷くと、僕の足にしがみついて、ベルルの様にすりすり。

顔を上げ、僕の表情を伺ってきた。
なんと愛らしい……。

「旦那様、ディカちゃんの頭、撫でてあげて?」

僕が戸惑っていたので、ベルルがそう促してくれた。
僕はディカの頭を撫でてみる。ベルルの頭を撫でるのは躊躇ないくせに、ディカが未知なる生物過ぎて扱いが分からないと言うことがあり、緊張した。同じ子供でも、ペリーヌの時は、そうでも無かったのにな。

ディカは僕に頭を撫でられると、目を瞑って口を丸くした。
つやつやした金色の細い髪が、指の間を流れてとても綺麗だ。

「うふふ、ディカちゃん、喜んでいるわよ」

「……ベルル、君はディカの気持ちがわかるのかい?」

「何となく、表情を見ていれば分かるわよ。……旦那様の手が大きくって、頭を撫でられるのが気持ちいいのよ」

「……」

そういうものなのかな。
ディカは無言で、表情もほとんど変わらない子なので、僕には良く分からない。




しかし、この事があってから、ディカは僕を意識の中に入れてくれる様になった。
相変わらずベルルにべったりであるが、例えば摘んだ7本の花のうち5本をベルルにあげるとしたら、2本は僕にくれる、みたいな感じで。

僕が書斎で書類をまとめていたら、音も無く机の隣にやってきて、僕が何をしているのか気にしたり。
ベルルと僕がこっそりいちゃついていたら、いつの間にかじっとそれを見ていたり。

ディカは音も無く僕らを観察している。
彼女にとって、僕はどんな評価なんだろうか。




「……おや、ディカ、どうしたんだい?」

廊下の真ん中で、ディカがぺたんとしゃがみ込んで何かを見ていた。
何だろうと覗き込むと、あの黒い顔の妖精たちが居る。

「あ……こんな所まで来て、珍しいな」

ディカが僕の顔を見上げた。
僕は彼女の頭をポンポンと撫で、その黒い妖精たちを掬い取る様にして手のひらに載せた。

「きっと君を探していて、迷ったんだろう。中庭に連れていかないと行けないな。ディカ、行こうか」

もう片方の手をディカにさし出すと、ディカは少しだけその手を見て、ためらいがちに僕の指を握った。
ディカの手は小さくて、指を握るので精一杯だったのだ。



「まあ、ディカちゃん旦那様の所に居たの? ……ふふ、まるで親子の様ね」

ディカを探していたベルルが、僕らを見つけた。
僕の手に引かれるディカを見て、くすくす笑っていたのだ。

「でも、少し妬けちゃうわ。だって私の場所が無いんですもの……」

僕の両手は塞がっていて、ベルルがしゅんと悲しそうな顔をした。
あああ、どうしようか。
この妖精たちのせいで、と黒い顔の妖精を鬱陶しそうに見たが、妖精たちは僕の手のひらの上でまったりくつろいでいる。

するとディカが、ベルルにもう片方の手を伸ばした。
ベルルは「まあ」と明るい声をあげ、嬉しそうにその手を取る。

幼い姿のディカを真ん中に、僕たちは中庭に向かった。



僕の手に乗る妖精たちを中庭に帰し、最近成長の著しい植物たちを見上げる。
ちょっと育ちが良いと言うレベルでは無く、中庭はすでにかなり大規模な植物園と化していた。

ディカが突然、握っていた僕の指を引っ張った。

「ん? どうしたんだい?」

「……」

彼女は無言のまま、自分が繋いでいた僕とベルルの手を、お互い握らせた。

「……?」

謎の行動だ。
ディカによって手を繋がれた僕とベルルは顔を見合わせる。
ディカはどこか満足げだ。

「あ、そうだわ旦那様。せっかくだもの、お昼は中庭で、みんなを呼んで食べましょうよ。私、サフラナにランチボックスを頼んでみるわ!」

「なら、林まで行っても良いんじゃ無いか? その方が魔獣たちも気楽だろう?」

「それもそうね! ちょっと、待っていてちょうだい」

ベルルはパタパタと、中庭を出て行った。

彼女の提案で、僕らはピクニックに行く事になったのだ。
ピクニックと言っても、側の林であるが。そう言えばディカはまだ、このグラシスの館の敷地内から出た事が無いな。

「ディカ、今から外に行こう。林で、お昼を食べるんだよ。ディカは好きな食べものはあるかい?」

「……」

ディカは良く分からないと言う様な、曖昧な表情をしていた。
確かに、ディカは出されたものなら何でも食べるし、美味しいとも不味いとも言わない。それらを示す表情もしない。
味覚が無いのかな、とも思ったけど、どうなんだろう……。

「よいしょ」

僕はディカを抱えてみた。
彼女は少し驚いていたけど、すぐにぺたっと僕にくっついて、高い所から地上を見下ろす。

「やっぱり軽いな、子供は」

片手で抱える事が出来るくらい、ディカは軽かった。
ベルルも軽いけど、当然体の大きさが全然違うので、こうはいかない。

ディカは僕の肩にちょこんと手を置いて、心なしか楽しそうに、足をぶらぶらとさせた。







今日はとても涼しい日だった。
季節的にはまだ夏の3月ではあるが、時にこう言った涼しい日があったりする。

過ごしやすい日差しのもとで、僕らは大きなランチボックスを持って林の泉の側までやってきた。

柔らかい草の上に布を広げ、その上に座り込む。
マルさんやサンドリアさんも自ずと出てきた。子犬姿と子鹿姿だ。
ローク様もいつの間にか僕の肩に乗っている。

ただ、3匹ともどこかムッとしていた。

「もう、ベルル様も旦那様も、ディカにばかり構って、私たちとは全然遊んでくれないんだもの……」

子犬姿のマルさんのしょぼーんとした姿が、あまりに寂しがりの犬らしい。たらんと地面に垂れたしっぽが切な気だ。
逆にサンドリアさんはピーピー鳴いて「ベルル様がディカに取られた!」と騒いでいる。

ちらり、とローク様の方を見ると、ローク様は変わらない態度である様に思えたが、僕からそっぽ向いた様子で顔を合わせてくれない。

要するに拗ねているんだな。

「まあ、皆ごめんなさい!」

ベルルはそういうのに敏感なので、ワッと涙目になって、マルさんとサンドリアさんを抱き締める。
大魔獣は主が一番。それは、僕だって良く知っている事だ。
ここ最近、ディカにかまってばかりで、他の大魔獣たちを放っておいてしまったのも事実。

「……あの、ローク様」

「……」

ローク様はツーンとしていた。
彼女は特に、ディカとはそれなりに渡り合える大魔獣であるからして、僕に蔑ろにされたのはそこそこプライドが傷つく事だっただろうか。それとも、取るに足らない事だっただろうか。

肩に乗ったトカゲをそっと手のひらに載せて、ローク様の様子を伺う。
彼女はちょろちょろと反対側を向いて、相変わらず僕からそっぽ向く態度をとった。

「あの、怒ってます?」

「……なぜだ。なぜ私が怒らないといけない?」

「そ、そうですよね」

「だいたいお前は、私の下僕なのに私よりディカばかりかまって、ここ一週間まともに名前も呼びやしない。……私の下僕なのに」

「すみません、ローク様」

黒いトカゲの背中を撫で、僕は懺悔し続けた。
僕とベルルがいちゃいちゃして大魔獣たちをそっちのけにする事と、別の大魔獣にかまって、契約した大魔獣をそっちのけにするのでは、訳が全然違うらしい。彼女たちがムッとするのも無理からぬ話だ。

ローク様は怒っているのに、僕は失礼ながら少し嬉しく思っていた。
やはり一応、ローク様は僕の事を契約者と認めてくれているらしい。上下関係はまあ、置いとくにしても。

ディカはそんな様子をまた観察して、ランチボックスの中のジャムサンドを手に取り、かじっていた。

「さあ、みんなでお昼にしましょう。たくさん、サンドウィッチを作ってもらったのよ」

ベルルが手をパンと叩いて、皆でランチを楽しみましょうと、合図をした。
ディカは次から次にジャムサンドを食べている。もしかして、ジャムが好きなのかな……?

「おいしいかい、ディカ」

尋ねてみると、ディカは目をパチパチとさせて、コクンと頷いた。
口の端に苺のジャムが付いていたので、ハンカチで拭う。

賑やかなピクニックだった。誰もいない林の中で、大魔獣たちは自由に飲み食いして、遊ぶ。
ここにも一つの家族の形があるのかな、と、僕は心地よい関係を見つめてみた。
ベルルがいそいそと寄ってきて、ピトッと僕にくっつく。

ここ最近はディカが居たから、僕に甘える事を我慢していたベルルだ。
まだまだ子供でいたい彼女と、大人になりたい彼女の葛藤が、その表情から垣間見え、僕はどちらのベルルも可愛いと思って、ぎゅっと肩を抱き頭を撫でたのだった。