二話連続で投稿しております。ご注意ください。
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15:朱獣
僕とベルルはトラン・マリー号のトップデッキへ登った。
混乱する人々が多く、僕らはその人々の波に飲まれそうになったが、お互いしっかりくっ付いてデッキへ出る。
「……」
出た瞬間、息を飲んだ。
鮮やかな朱色の光を煌々と放つ巨大な魔獣が、こちらを覗く様にして伺っていた。
海の生物にダイアナ 靴
シューズ 通販
シューズ
詳しくないが、エイの様にも、ウミヘビの様にも見える。
頭の部分は平たく大きいが、細長い体が蛇の様にうねりをみせ、海中から頭を持ち上げている。
非常に大きな魔獣で、船の周りをグルグル泳ぎながら、何度となくトラン・マリー号を伺っていた。
「ローク様」
僕は宙に六角形を描き、とりあえずローク様を召喚。
まずはトカゲの姿で肩の上に現れた。
ローク様の鋭い瞳が、闇夜の中鮮やかな朱色を放つその魔獣を捕えた。
「……ミスティハート・ラキエル」
彼女がポツリと、目の前の魔獣の名を呟いた。
非常に驚いた様子だ。
「お知り合いですか?」
「知り合いも何も、あいつは旧魔王様の大魔獣の一人だ。……いや、今は……」
なぜか気になる所で、その先の言葉を紡ぐのを止め、ローク様はバッとそのトカゲの手足を開き海中へダイブ。
「ロ、ローク様ああああ!!」
なぜか海にポチャンしたローク様。
慌ててその荒れる波間をデッキから覗いたが、何やら黒い影が海中に見える。
波が大きく盛り上がり、客船が再び揺れた。
「だ、旦那様!」
「ベルル、僕にしっかり捕まっておくんだ」
ベルルが僕の腰にしっかり捕まり、僕は手すりにしがみつく。いつの間にかこちらに来ていたマルさんとサンドリアさんは、遠く海上に顔を出しているその大魔獣を仁王立ちで見つめていた。
バッシャアアアアア!!!
大きな波音が聞こえ、海中から大魔獣姿のローク様が飛び出して来た。
悪魔の様なドラゴンの出現に、船の上に居た人々はいっそう悲鳴を上げる。
「もう駄目だ」
「この船はここで沈められる」
「魔獣の餌食になるんだ」
「世界の終わりだ」
口々にそのような事を呟き、泣きわめくご婦人や何かを覚悟した様な船員たち。
すみません。
あの悪魔の様な大魔獣は、僕の魔獣なんです。驚かせてすみません。
確かに世界の終わりを感じさせる凶悪な面をしているドラゴンです。
ローク様が突如現れた事で、ミスティハートと言うエイ型の魔獣はなぜか頭を上下させ、ゆらゆら揺れた。
その動きが実に奇妙で、さらに船の上の人々を震えさせた。
まさに今ここで世紀の魔獣大決戦でもお目にかかれるのか、そんな空気が広がっていたが、ローク様はおぞましい鳴き声を上げ、ミスティハートの尾の中部分をくわえ、上空へと高く飛んで行った。
ずらずらと海から引き上げられるエイの大魔獣の尾が長く、それらが夜空の雲のずっと上まで昇って見えなくなるのには、しばらくかかった。
「……」
「……」
僕とベルルはぽかん。
「あの、いったい何があったんです、今。ローク様が朱色の魔獣をくわえて、空高く飛んで行ってしまいましたが」
僕は両隣で腕を組んで、その様子をじっと見つめていたマルさんとサンドリアさんに尋ねた。
二人はやれやれといった表情で、僕とベルルを見る。
「まあ、部屋に戻れば分かると思うわよ。ロークお姉様、もうお部屋に戻っているみたいだし」
「へ?」
マルさんが冷静にそう言うので、僕とベルルはいまだ混乱しているトップデッキから、僕らの客室へ向かう。
波はすでに穏やかで、何事も無かった様に静かな海に戻った。
部屋を開けると、すぐに異変に気づく。
ローク様が僕たちのベッドに腰掛け、足を組んでいる。彼女の周りをぷかぷか浮くのは、小さく赤く半透明な魚だった。ヒラヒラした尾がとても綺麗な。
「あ、あのローク様」
「おや小僧、戻って来たか……。ベルル様も驚かれただろう」
ローク様は至って平静で、僕らの後ろから戻って来たマルさんとサンドリアさんにも目配せする。
「ロクちゃん、その赤いお魚は?」
「ああ。こいつが、さっき海上に現れたバカでかい魔獣の、ミスティハート・ラキエルだ」
ベルルがローク様に尋ねると、ローク様が小魚のヒラヒラした尾ひれを掴む。
すると、ポンと音を立て小さな魚が人の形に変身した。
朱色の鮮やかな、薄い布を重ねた様な異国の着物がまず目に飛び込む。
裾の長い着物は、ミネさんやサンドリアさんの衣服に近い。
次に目に飛び込んで来たのは艶やかな朱色の髪だ。肩辺りで切りそろえた顔周りのまっすぐな髪。
しかし後ろにはもっと長い髪を一本に結っていて、その髪型は先ほどのエイの平たい頭と長い尾を思わせる。
奥ゆかしい女性の姿をしたその人は、着物の袖口を合わせてしくしく泣いていたが、突如号泣し始める。
「ああああああ、酷いですわ酷いですわロークノヴァ様。私はもう尻尾が引きちぎれるかと!!」
「ミスティ、お前があんな姿で客船の前に現れるからだ。しかも誤って尾を船体にぶつけおって。沈没したらどうしてくれるのだ、ベルル様もいらっしゃるのに」
「だって急いで泳いだんですもの。気がついたら、この姿のままお披露目という形に!! うああああああ……っ。私は何も悪くないわよおおっ」
ベッドの上でひれ伏して嘆く様子は惨めで、儚気な容姿からは想像もできない声で咽び泣く。流石のローク様も、このキンキンした鳴き声に顔を背け、眉を寄せていた。
何かまた変な奴が出て来たなと、僕は怯んだ。
「な、泣かないで……ミーちゃん」
ベルルが心配そうな顔をして、彼女の元に駆け寄る。さっそく呼びやすいあだ名を付けている。まあ、大魔獣たちの名前はなかなか長いから。
僕はどちらかと言うと涙で濡れまくっているベッドの方が気になった。
「べ、ベルル様……お久しぶりでございます本当にお美しく……お美しくなって……」
どこか鬼気迫る表情で、泣き疲れたのかハアハア言いながらベルルに縋るミスティハートさん。なんか色々面倒そうな人だな。
「あの、落ち着かれましたでしょうか」
僕は冷静に尋ねた。
ミスティさんは僕の方をハッと見て、少々崩れた着物を直し、手をついて深々と頭を下げる。
「お初にお目にかかります、ベルル様の旦那様。私はミスティハート・ラキエル。海を司る大魔獣でございます。旧魔王様の10の大魔獣に数えられておりましたが、今は新しい魔王様の元で務めております。ミスティと御呼び下さい」
「は、はあ……ミスティさん……。え、新しい魔王の?」
「そうでございます。私、本日は現魔王様の使いで、こちらに参ったのです」
彼女はさっきまでの混乱の様子は既になく、落ち着いた上品な物言いで僕に告げた。
僕は前から気になっていた事がある。
旧魔王の10の大魔獣が分散している事は、色々な経験上知っているが、現魔王に仕える大魔獣と言うのはいったいどういう流れでそうなったんだろうか、と。
旧魔王を討伐したメンバーの中に居た魔術師を、そのまま新しい魔王に据えたという事は聞いた事があるが、今の魔王に仕える大魔獣はそれで良かったんだろうか。何も問題は無かったんだろうか。
確か、二匹の大魔獣が、今の魔王に仕えているらしい。
「現魔王様は、それはそれは頑張っておられます。旧魔王様亡き後、全てを一身に押し付けられ。……確かに魔術師としては優れたお方でしたが、もともと魔王を担う程の器ではないのです」
「……」
「大魔獣もたった二匹しか残らず、現魔王様の魔力では、日々ゲートを管理するだけでもお辛いだけ。すでにお体はボロボロで、それでも耐えておられるのです」
ミスティさんは現魔王の事を、それなりに慕っているようだった。
僕のイメージでは、無理矢理二匹を契約下におさめたものだと思っていたけれど、そうでは無い様だ。
「元々、大魔獣はどんな理由で魔王が変わろうと、次の魔王に従うものだという認識はある」
サンドリアさんが僕の疑問を、表情なんかで読み取ったのか、説明を付け加えてくれた。
それならそれで疑問点は多い。やはり水面下で、僕の知らない事は沢山ありそうだ。
旧魔王と現魔王の間で、何かコンタクトがあったんだろうか。
「こちらをお受け取りください、グラシス様」
ミスティさんは僕に小箱を渡した。
装飾の美しい立派な箱だが、どうにも空きそうにない。
「現魔王から、僕に?」
「そうでございます。箱には魔法がかけられていて、今は開ける事ができません」
「中に何が?」
「私には何も教えられておりません。これを、グラシス様とベルル様にお渡しする様命じられただけですので」
「……?」
ミスティさんは少しばかり困った様に微笑み、頭を下げた。
色々と意味の分からない事が多いが、とりあえずこの箱を持っていろと言う事だな。
ベルルは美しい箱の装飾を撫でて「綺麗ねえ」と呟いていた。
「現魔王様は、以前のセントラル・リーズでの事件を、自分の責任だとおっしゃっておりました。ゲートの管理が行き届かなかったから、魔界の者に隙を見つけられ、こじ開けられてしまったと」
「……そうだったのですか」
「……」
ミスティさんはまだ何か言いた気だったけれど、スッと顔を下ろす。
「グラシス様、どうぞベルル様をよろしくお願い致します」
ただそれだけを言って、彼女は再び深く頭を下げた。
その後、ミスティさんはすぐ海に帰っていった。
自分が居ない間の、現魔王様のお体が心配なのだそうだ。
「あの方には私が居ないと駄目なのです……っ」
「……」
そんな事をしきりにぶつぶつ言いながら、彼女はエイの大魔獣の姿を海中に潜らせ、長い尾を引いて夜の闇に消えた。
「……現魔王か」
「旦那様?」
「ベルルは、今の魔王に会った事があるのか?」
「……」
彼女は少し考えた後、首を振った。
「全然、覚えていないわ。だってお父様のお顔も覚えていないのよ」
「そうだね。ごめん」
「どうして謝るの?」
ベルルは色々な事が不思議な様で、僕にその大きな青い瞳を向け、僕の腕をギュッと掴んだ。
ローク様やサンドリアさん、マルさんは僕とベルルの事など気にせず、人気の無いデッキの端の方で海を眺めていた。方向はミスティさんの帰って行った、東の海。
僕はベルルの頭を撫で、頬に触れた。
穏やかな夜の海の真ん中で、運行する船の動音と波の音を聞きながら、ぽっかりと浮かぶ月夜を背景に、僕はそっとベルルにキスをした。
彼女にあまり、深い事を考えさせたくなかった。
いつもとは違う場所だったからか、ベルルは火照った頬をして、目を潤ませ僕を見上げていた。
「さあ、部屋へ戻ろうかベルル。すっかり夜更けだ。明日も船の上だから、夜更かしして寝坊してもかまわないけれど、もっと楽しみたい事もあるだろう?」
「え、ええ」
ベルルはコクンと頷いて、僕の服の端を掴んで、しきりに弄った。
そのまま僕らの客室までちょこちょこついて来たから可笑しい。
こう言う仕草をするのは、だいたい僕に甘えたい時だ。
今夜もまた、僕はベルルの可愛らしさを前に、自問自答を繰り返すのだろう。