*3話連続で更新しております。ご注意ください。
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20:前王
プバハージ王国のユハン前王は、その王座を退いた後、世界中を旅すると決めていたらしい。
このプバハージ島こそ、世界中から多くの人がやってくる訳だが、いっそう観光の島国として受け入れられるには、世界を知るべきだと思ったらしい。前王が世界で見つけていた品物や、アイディア、料理などは、多くこの国の観光業の発展に貢献しているらしい。
豪華客船トラン・マリー号に乗って、有り余る資産をお供に、多くの国を見て回ったそうだ。
しかし困った事に、彼は“海の魔毒”にかかりやすく、この症状を抑える薬が無ければ船に乗る事mizuno ld40
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が出来なかった。様々な国の薬を試したが、やはり一番良く効いたのはリーズオリアで手に入れた薬だったとか。
「しかしなあ……ここ最近のリーズオリアの薬は、どうも安っぽいと言うか。最初の効き目こそ良いが、いまいち長続きしないと言うか」
「……え?」
「前まではそんな事無かったんだが……」
王宮の一間で催された、僕らの為の宴の席で、食事中ユハン前王はそのようにぼやいた。
僕は思う所があり、訪ねる。
「いったい、どの商店からお求めで?」
「確か、ラゴッツ商店とか言ったかな。一番売れているものを買ったんだがな」
「……」
僕は瞳を細める。ラゴッツ商店の薬品は、全てヴェローナ家のものだ。確かに、今では最も売れているのはヴェローナ家の薬だろう。
ただ、ヴェローナ家の薬は最近僅かばかり悪い評判が立ち始めた。
僕は、その理由を良く知っている。
「プバハージ島は魔法薬などはあまり発展しておらず、ほとんどを他国からの輸入に頼っている。本当はリーズオリアから輸入したい所だが、ラゴッツ商店のものがあまり気に入らず、どうしようかと考えていた所、“海の魔毒の薬”をきらしていた事に気がつかなかった」
「それで、先日のトラン・マリー号での事があるのですね」
「その通りだ。すっかり忘れていたんだ。いや、部屋のトランクにはいくつかあったのだが自身の手持ちがきれてしまっていて……」
「……」
言い訳を始めるユハン前王。
僕はお酒をちびちびと飲みながら、その話を聞いていた。
ベルルはと言うと、宴の席にて豪華な異国の料理に舌鼓を打ちつつ、僕の顔を伺ったりしている。
僕はヴェローナ家の薬について考えていた。
グラシス家の秘術を商売に悪用した薬を。
「その点、お前さんが処方してくれた薬は実に質が良かった。効き目は速く、長持ちだし、その後の海の旅が快適だったよ」
「……それは、ありがたいお言葉です」
僕はお褒めの言葉を頂き、頭を下げた。
ベルルは僕が褒められ嬉しかったのか、パッと表情を明るくして前王に言う。
「前王様、旦那様のお薬って素晴らしいでしょう? 私も、眠れない時にお薬のお茶を入れてもらったり、魔力を安定させるお薬を調剤してもらったのよ。旦那様は何だって出来るの、魔法使いだもの」
「……ほっほっほ。奥方が旦那の力を信じて疑わないとは、良い関係では無いか。ああ、わしもお前さんの旦那の薬を気に入ったよ」
前王はベルルに対し、孫でも見る様に目尻を下げ、答える。
僕は少々照れくさく、頬をかく。ベルルは本気で言ってくれたのだろう。とても嬉しかったが、他国の前王の前で夫を堂々と褒めるとは……流石と言うか何と言うか。ベルルは満足げだ。
前王は「ごほん、さて」と、咳払いをして話の本筋を戻した。
「そこで、だ。リノフリードよ。……お前さんの所の薬をこの国に売る気は無いかね?」
「……へ?」
いきなり、商売の話を持って来られ、僕は驚き、酒を飲む手を止めた。
まさかそう言う話になるとは思っていなかったからだ。
「先ほど言った通り、この国の魔法薬は他国の輸入品に頼っている。プバハージ島は毎年多くの者が観光に来るが、良い薬が無い事が度々問題になってな。グラシス家は“日焼け止め薬”は作っておるかね?」
「え、ええ。我が家に伝わるものがありますが」
「それなら話は早い。日焼け止め薬も、良いものを探していてな。質に自信はあるかね?」
「そうですね。手持ちのものがあるので、お試しいただければと思います」
前王は頷き、僕とベルルを見た。
一日海で遊んだ僕らだが、夫婦揃って色白の僕らを。
「出来るなら、質の良い“日焼け止め薬”と“海の魔毒の薬”を、お前さんの所から買い受けたいと思っている。勿論、可能な分でかまわんが。……この二つの魔法薬は、この国では正直めちゃくちゃに売れるぞ……?」
「……」
舞い込んできた商談。この二つの商品なら我が家の設備と技術で十分量産可能なものだ。
リーズオリアではあまり売れる魔法薬では無いため、この二つの薬を主力商品にしている商店は少ない。
いや、でも僕にそんな大きな商売が出来るだろうか。
「わあああ、なんて素敵な事かしら! 旦那様のお薬が、海外で沢山の人を助けるのね!?」
しかし、ベルルの純粋な一言に、僕は心揺さぶられる。
彼女は僕の薬を商売の品として見ていない。僕の薬が、外国で沢山の人の役に立つ事を、信じて疑わないしとても嬉しがっている。
ベルルは瞳をキラキラさせ、身を乗り出し前王に語りかけていた。
「旦那様のお薬、きっと多くの人に愛されるお薬になるわ!」
「うんうん、そうだなあ。ほらリノフリードよ。奥方の方がよほど君を評価していると言うものだ」
「……そう、ですね」
僕は拳を握り、表情を引き締める。
ここで及び腰になれば、大きなチャンスを潰す事になる。何より僕はグラシス家の、歴代の魔術師たちが積上げて作ってきた魔法薬を信じている。
「分かりました。しかしグラシス家は今や小さな魔術一門に過ぎません。他国への販売や取り引きには、やはりどこかの商店を経由した方が良いかと思います。ただ……」
いまや、我が家の地位は落ちる所まで落ちている事を、多分この前王は知っているのだろう。
だけど、あえて話題に出した。
「ただ、グラシス家は昔色々とあり、リーズオリアの魔法薬を扱う商店とは縁遠い一門になってしまいました……。ですが、あてはあります」
「……ほお、あてとは?」
「レッドバルト商会です」
僕は、リーズオリアの貴族でもあり、大きなビジネスを展開する商会でもある一つの一族の名を挙げた。
レッドバルト家はリーズオリア国内に多くのホテルを持つ事は有名だが、他国にもその系列のホテルを他数持っている。勿論、リーズオリアの国民が多くやってくるここプバハージ王国にも。
僕とベルルの新婚旅行のプランだって、レッドバルト商会の案内に基づいたものだ。
「なるほど。確かにレッドバルト商会は我が国プバハージとも縁のある商会だ。旅行に必要な魔法薬である以上、観光業とは切っても切り離せないしな」
「ええ。多分あそこの会長は、この話に乗ってくれるのではと思いますよ」
レッドバルト家の当主であり、レッドバルト商会の会長である、オーギュスト・レッドバルト伯爵。
魔法薬とは関係ないホテル事業をしている商会だと思っていたが、観光と言う視点で見ると、“日焼け止め薬”や“海の魔毒の薬”などは旅のお供としてどうしても必需品だ。
きっと、話を聞いてくれるだろう。
「オリヴィアさんの所に、お手伝いしてもらうの?」
ベルルはそのように解釈した様だ。
「ああ。小難しい事はあっちに投げよう」
僕も調子に乗って、そのように断言。いやしかし、王都で商売するのと訳が違うので、販売は大手の商会に委託するのが一番良い。
僕の役目は、薬を作る事だ。
「旦那様、嬉しいわねえ。旦那様のお薬を沢山の人に使ってもらえるなんて、私とっても嬉しいわ!!」
「……ベルル」
ベルルはきっと、色々な事がよく分かっていないのだろうけど、僕の心の弾みように気がついたのか、顔を覗き込みそう言ってくれた。
「よし、これでわしも、心置きなくお前さんの“海の魔毒の薬”を持って、世界を旅する事ができるわい。買い占めよう」
「……もしかして、それが目的ですか?」
目の端をキラリと光らせる前王。
この人、本当に海の魔毒に弱いのに、どうして船で旅を続けるのだろうと不思議に思ったものだ。
その後、僕らの宴会は盛り上がり、僕もベルルも、ユハン前王も、大いに語り合った。
このように気持ちが高揚するのは、最近では二度目だと思った。妖精ゼリーを元に戻す薬を作り上げた時と、同じ。
側にはベルルが居て、僕の薬を絶対的に信じてくれている。
僕の成功を、誰より喜んでくれる。
こんな話が舞い込んできたのだって、僕とベルルが新婚旅行と言う個人的な楽しみでここにやってきたからだ。何事もご縁と言うが、ここ最近、僕はこういう縁に恵まれ、満たされている。
その日、浮かれて飲み過ぎたのもあるが、前王のご好意で王宮に泊まらせてもらう事になった。
せっかくホテルをとっていたが、こう言う事もあるのだろう。
「旦那様、大丈夫?」
「あ、ああ……」
夕方のベルルの様に、眠くてふらふらと千鳥足であったが、ベルルに連れられ寝室へ。
絹のベッドの心地よさを堪能する余裕も無く、僕は倒れ込んだ。
先ほどの宴会の間にも漂っていた香が、この客用寝室にも香る。
「よいしょ……よいしょ」
この国の伝統衣装の、何やら訳の分からない装飾を、ベルルが一つ一つ取ってくれた。
それが終わると、僕が寝転がった横で、彼女も一つ一つ、自分の装飾を取っているようだった。シャラシャラ、金属の擦れる音が心地よく、余計眠りに誘われた。
「ふう」
彼女の他愛も無い声が、僅かばかり聞こえてくる。
僕はすっかり目を閉じてしまっていたが、ベルルの動きが何となく分かる。
その後彼女はベッドを降りて、どこかへ向かった。
装飾品をテーブルに置きに行ったのだろうか。
しばらくしてパタパタと足音を鳴らし戻ってきて、ベッドの中に潜り込んだ。
「……旦那様」
小さな声で呟いて、僕の腕を取る。
身を小さくして、いつもの様に肩に頬を埋め、すうと息を吐いて柔らかいベッドに体を沈めた。
僕は少しばかり目を開き、そんなベルルを横目に力無く手を上げ、彼女の頭を抱いた。
眠たくて眠たくて仕方が無かったが、そのくらいの力はあったようだ。
「……ふふっ」
ベルルが小さく肩を震わせた。