友だちとランチしました。
例の、健康診断で乳ガンが見つかった彼女も含めて5人で。
楽しかったんだけどさ。
久しぶりに会った彼女が、思っていた以上に元気そうで嬉しかったし、楽しかったんだけど……。
やっぱり、病気が病気なだけに、いろんなことに敏感になってて、すごくナイーヴになっててね、けして不謹慎な言葉だったとかではなく、今までなら流してくるれたなんてことない言葉に反応されて無言になっちゃってね。
もともといじられキャラだったから、けっこうみんなにツッこまれてた彼女だったのだけど、今はそういうのもツラいんだなぁ、とつきあいかたを少し改めないといけないと感じました……。
一緒にランチしてた別の友だちが、”言葉を上手に選べなくて空気悪くしてゴメン“ とその日の夜にメールがきてさ、そんなことないよ、と返したんだけど、実際難しいよなぁ、って思ったの。
”わたしの気持ちなんて、病気になってみなきゃわからないよ“ って言ったのは、本音だったんだろうけどさ。
アレを言われたら、こっちはなにも言えなくなってしまうじゃない。
アタシも ”あ、切り捨てられた“ って思った。
でも、しかたないよね。
それは、事実だもの。
これが現実だもの。
アタシは健康で、彼女は病気で。
わかるわけないじゃん。
ガン患者の気持ちなんて。
わかるわけない。
わかるほうが嘘だ。
今は、きっとどれだけ言葉を尽くしたところで、それが薄っぺらく聞こえてしまうのかもしれない。
でもね、あんな悲しい言葉を言わせてしまったことは謝るけれど、それを言われたほうもツラいんだと知ってほしいなぁ、と思ったり。
病気に限らず、相手のすべてなんてわかるわけないし、受け入れて……認めるなんて、相当な努力と忍耐が必要なことなんだから。
それでも、どこかで折り合いをつけてつき合うんだもの。
病気が病気なだけに、メンタル面で波があるのはしかたないよ。
でも、あんな言葉はもう吐かないでほしいな。
アレは、 ”あなたはいらない“ と言われたのも一緒だから。
アレは悲しい。
ツラいよ。
そして、アタシもわかるわけがないのだということを、認めてあげないといけない。
相手を思いやる気持ちは必要なことだけれど、理解することは不可能なんだということを認め、自分を許してあげないと、今度は自分自身を追いこんでしまいかねない。
アタシたちは、別々の人間で個人だ。
だからこそ、相手を敬い、尊重し、許すんだと思うの。
立場の違いで、関係が遠退くなんてことにならないように、彼女との関係を大事に大事にしていきたい。
彼女が、笑顔になる言葉を使える自分になりたい、と強く思ったのでした。
