①横浜港に永遠に錨をおろした氷川丸がまだ現役でシアトルまで旅をしていた時代…船室の中にある子供部屋の木馬で遊んだ記憶のある謙太郎だがシアトルでの記憶はない。恐らく渡航したのではなく、船内で遊ばせてもらった事があったのだろう。普段、家にいない父親の匂いと共にその光景が蘇る。激しく時代の変化が訪れ、戦争の足音が近づくまでは、お腹を空かせたこともなく、お菓子もおもちゃもあった。両親の顔は漠然と覚えている。写真でも残っていればよかったのだが、全ては一瞬のうちに焼失した。父がどんな人でどんな仕事をしていたのか理解できる歳ではなく、長期に渡り日本にはほとんどいない人だったという認識しかない。母親は強気な人だった。戦前の頃は、父様は父様は?と聞くと、父様は海の向こうでお仕事ですよ、あなたもお舟に乗って早くお父様の横に立てる人間になりなさい。と言われたものであった。戦争が始まり子供にとってはいきなりお菓子がなくなり食べるものも乏しくなり、わけがわからず不満に思い、どうして?と聞くと、海の向こうでお父様は囚われの身です、あなたは何でも我慢しなければなりません、早く大きくなって海の向こうのお父様を助けて差し上げる人間になりなさい。と言われた。これだけはしっかりと覚えている。 (続く)