とは言っても、薄々気付いてはいたんだ。

ドーム公演のラスト。

彼女は最後の曲を踊り終えた後、少し間を開け感謝の言葉を口にした。

“ 有難うございました。”

温かくて、何かが解けたような、泣きそうな、そんな表情だった。

「やりきったね」

隣に座りモニターの中にいる彼女をそっと見守っていた上村莉菜はそう涙ながらに言った。

しかし、私にはあの瞬間が恐ろしくて仕方なかった。

思わず息が止まる。

待って、行かないで、と力の限りに叫びたくなるほどに。


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その後の打ち上げでも彼女はいつも通りのように、見えた。

最高な、これからも記憶に残り続ける素敵な公演になったね、とメンバー達と楽しそうに笑い合っていた。

ただ、私にはそんな彼女がどうしようもなく儚く映った。

消えてしまいそうだった。

無理のし過ぎだろうか、車椅子に座り後輩達と談笑する友梨奈。

私は彼女に近づき、唐突に頭を撫でる。

脈略も突拍子も無い意味不明な私の行動にも、彼女は何でもないかのように「理佐、どうしたの?」と柔らかく笑う。

「…おつかれ」

突発的な行動だった為に次に取るべき行動を考えていなかった私は、彼女の口に自分の分のケーキを放り込む。

んふふと幸せそうに口元を抑え微笑む彼女に心がぐちゃぐちゃになる。

どうしようもないくらい愛おしかった。

「理佐、写真撮ろ」

おぜの声でフッと我に返る。

「あ、うん」

おぜに手を引かれ、彼女からどんどん遠ざかる。

そんな私を見つめる彼女も、また消えてしまいそうだった。



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おぜは可愛い。

とっても良い子だし、面倒見も良い。おぜの周りにはいつもたくさんのメンバーが居る。

「おぜさぁん。写真撮りましょ」

ほら、またひとり後輩がおぜきの取り合いに参戦し始めた。

っと、友梨奈どこ行ったんだろ……

「おぜ、私食べ物取ってくる」

「あ、分かった」

後輩達との記念撮影に大忙しなのにも関わらず、私との時間を作ろうと奮闘していたおぜに一言かけ、席を離れた。

「あ」

友梨奈を探すのに、そんなに時間はかからなかった。

彼女は疲れきっているのか、部屋の隅でうつらうつらと船を漕いでいた。

真っ赤に腫れた膝が痛々しい。

近くにあった膝掛けをそっと掛け、彼女の揺れる頬に触れるとひやりと冷たかった。

だいぶ痩せたようで、私の大好きな丸い頬がシュッとシャープになっていた。

緊張したんだろうな。ご飯、ちゃんと食べられたのだろうか。

時間も時間だし、このまま彼女を部屋に送り届けてしまおうか。

「よいしょ、と」

車椅子のストッパーを外し、彼女と共にいそいそと部屋を後にしようとした時だった。

「…理佐?」

おぜの声だ。後ろから心配したような彼女の声で引き止められる。

「おぜ、どうしたの?」

「もう帰るの?」

「ん?あぁ、平手疲れてるから先ホテル戻る」

「そ…っか。てち頑張ってたもんね…おつかれ」

「おつかれ、ありがとね」

そう、頑張ってた。

私が危機感を感じるほどに、彼女は今回の公演に文字通り命を削るようにパフォーマンスしていた。

そして気づかずにはいられなかった。

彼女には、あまり時間が残されていないことに。


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屋上にいた。

ハッとしてあの子を探す。

「あ、」

屋上のフェンスを乗り越え、その先に立つ人影。彼女だ。

「理佐」

私に気づいたのか、友梨奈はこちらを振り返る。

それと同時に彼女の身体が不安定に揺れた。

「危ないから、こっちおいで。ね?」

そんな私の言葉にブルブルと激しく首を振る彼女に、今までの心配全てが形になったかのような絶望がのし掛かる。

「…やっぱり、行っちゃうの?」

「気付いてたんだ」

「…気付いては、いたけど。本当にこうなるとは思わなかった」

「ばいばい」

そう言って彼女は小さく頭を傾けた。

随分と伸びた髪の毛先が、弧を描くように彼女の肩の上で小さく踊る。

そして友梨奈の身体がゆらりと外側に傾く。

「友梨奈っ!」

ダメダメダメダメ彼女が居てくれなきゃ、何も始まらない。どこにも進めない。

私は無我夢中で彼女のいるところまで走る。ただただ走った。


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「っっ、待って!」

自らの声の声量に驚いて目を開く。

隣を見ると怪訝な表情を浮かべる友梨奈が居た。

「夢、か……」

良かった。彼女が居る。

とんでもない悪夢だったと狼狽る私に、友梨奈はそっと毛布をかけ直してくれた。

「大丈、夫?」

そう言いながら、友梨奈は身体を起こしベッドに腰掛けた。

「…ごめん、変な夢見ちゃった。友梨奈も起きてたの?トイレ?」

しかし返事の代わりに私から顔を背けた彼女から聞こえてきたのは小さく鼻を啜る音。

「てち、泣い、てるの?」

「え?」

「なんかあった?」

「散歩、行こうかなって」

そう言って彼女は私の手を振り解こうとする。

鼻を赤くした彼女はあきらかに嘘をついていた。

嘘なんて、ろくについたことないくせにこんな時ばっかり。

「お願い。ずっとここにいて」

私は思わず彼女を抱きしめた。

しかし返事が無い。なぜ?なぜ私の前から消えようとするの?

頭の中にはハテナだけが次々と発生する。

が、問い質す勇気は少しも出なかった。

友梨奈は私に身体を委ねるように全身の力を脱力させているようだった。

抱き甲斐もなく、もぬけの殻のよう。

「なんで、」

私の問いかけも虚しく、ただ換気扇の音だけが虚しく室内に木霊する。



それから数日後、欅から0番が消えた。