撮って出しのノートリでお見苦しいが
先週末、撮られるのが苦手だという恋人を連れ出して、否連れ出して戴いて、秋晴れを歩いた。バンドで固定されたその足は、手を取られると覚束なくも歩くことが出来た。さくらの紅葉は見事に早く、絞りを解放すると紅緋と金赤に化ける。ファインダー越しのそのマスクは、何年たってもちくしょう男前なのだ。少々皺が増えたが笑顔が引き攣っているがいい被写体である。ピクチャーコントロールは、ポートレートよりヴィヴィッド。空が、更に髙くなる。空の青さに心が躍るように生まれついているのは、引き換えに孤独を知ったとしても幸せなことであると誰かが言っていた。朝は夜を引き摺っているくせに明るいことが重たいのだと、昔の私は思っていた。今の私は以前より少し、空の青さが好きになった。朝は相変わらず、好きにはなれない。2時間と少しのお散歩のあと、帰り道の下り坂ではもう膝が揺れる。背負う空はすっかり留紺にわたしはまだ、もう少しダメなひとでありたいと思う。