※下記のリンクの福音動画を作成しました。是非ご覧ください。これをご覧になった全ての方がイエス・キリストを信じて救われますように。
聴く聖書1日1章解説付チャンネル(YOUTUBE)では、基本的に毎日、聖書の1章分をマギー神学博士の解説付きで配信しています。最終的には全章配信予定です。
是非日頃の聖書の学びの糧に、日々の通読に、まだイエスキリストを信じていない方はキリスト信仰への導きとなるように、チャンネル登録して、ご視聴下さればと思います。
※ 下記のリンクより聴く聖書1日1章解説付チャンネルのチャンネル登録(YOUTUBE)ができます。
※以下本日の配信動画のみことばからの抜粋です。動画は御言葉の解説付です。是非解説もお聞きください。
〇御言葉
(マタイ26:36-39)「それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。『わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。』それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。そのとき、イエスは彼らに言われた。『わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。』それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。『わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。』」
〇解説
「この杯」とは、明らかに主の十字架であり、その中に入っているものはこの世界全体の罪です。死それ自体や十字架のとんでもない苦しみ以上の何かほかのものが、どうも私たちには理解できないようです。聖なる、悪意のない、罪人たちから切り離されたイエスさまが、私たちのために罪とされたのです。十字架の上で、人類の罪が主に負わされました。法医学上や学問上の方法ではなく、現実にです。私たちには、主に罪が負わされたときに主が感じた“恐怖”を想像することすらできません。主はご自分を父に委ねられました。主は父のみこころを行うために来られたのです。
〇あとがき
神の御子イエス・キリストは、罪深い人間の身代わりに、十字架で死なれ、死の力を打ち破ってご復活されたまことの神、救い主なる御方です。


